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My Dear Villain  作者: 遠野


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38.幾久しく、君と


「イザベラ、準備は大丈夫? 行ける?」

「は、はいっ。大丈夫です、行けますっ」



 学院で催される年四回の夜会。

 その第四回目は卒業式の夜、卒業生への送別会を兼ねて執り行われるのが慣例だ。

 それは今年も例外ではなく、私たちは準備していたのだが。



(激しく心配だ……)



 がちがちに緊張するイザベラを見ていると、見ているこちらがハラハラしてくる。

 それでも身支度はきちんとできているので、大丈夫だとは思……いたい。思えないかもしれない。



「イザベラ、落ち着いて」

「はひ……」

「大丈夫だから。シンクは怖くないよ、サイスと違って」

「うう……」



 かすかに震えるイザベラの背中をぽんぽんと叩いて、ゆっくりさすってみる。


 かつてソレール家に迎えられたばかりの頃、錯乱した私に養母がやってくれたことの再現だ。

 ……とはいえ、私に効いたからと言って、彼女にも効くとは限らないけれど。






 学院の夜会は内部の人間のみで執り行われるのが原則だが、今日──四回目の夜会だけは、生徒の関係者という制限内に限って外部の人間を招くことができる。


 院外の婚約者や家族との思い出作りをする、というのが表向きの理由で、本当の目的は生徒の家格を示すこと。

 同時に家同士の繋がりを見せ、対立する派閥を牽制する意味合いも含まれているんだとか。

 貴族って面倒臭いな、と何度目かの同じ感想を抱く。


 とにかく、この制度を上手く利用して夜会にシンクを招き、イザベラのエスコートを任せたのだが、肝心のイザベラが何故かひどく緊張している。


 大丈夫、シンクは怖くない。

 この一時間だけで一体何回言い聞かせたことだろう?

 今日の夜会を彼女が笑顔で過ごすことが肝要だというのに、このままでは無理そうな予感しかしない。


 この場にララがいればイザベラを一喝して落ち着かせる、なんて可能性もあったが、生憎と今回彼女は私たちと別行動だ。

 なんたって、今日の夜会には義弟が──婚約者のユーリくんが参加する。

 彼のために自分を磨きあげるのだと息巻くララを、思惑に巻き込む気にはなれなかった。






 ちら、と時計を一瞥すれば、針はとっくに待ち合わせの時間を過ぎていた。

 イザベラを落ち着かせるために遅れる、と伝令魔法で二人には知らせてあるが、そうは言っても限界があろうというもの。



「……もう行く」

「えっ!?」



 心外だ、とでも言いたげな声が上がった。


 ……私がサイスとシンクを差し置き、イザベラに付き合っただけマシだと思って欲しい。



「これ以上トロトロしてたら、開始時間に遅れる」



 私が最も優先するのは昔から変わらず、あの子たちである。


 それをどうにか融通し、他人を優先する──言うだけなら簡単だが、私にとっては相当な苦痛だった。

 融通するだけでもかなり無理をしているのに、二人に我慢を強いている。そう考えるだけで、今にも気が狂いそうだ。


 イザベラには既に就職先の斡旋がされているので、正直、私が気にかける理由なんて意趣返し以外に何も残っていない。

 そして、あの子たちのためなら、私は私の意趣返しなんてどうでもいいと思えてしまう。

 であれば、イザベラを放置して二人の元へ向かうことになんの躊躇いがあるだろう?


 彼女のパートナー役を買って出てくれたシンクには申し訳ないと思う。

 とはいえ、当のシンクは『面白そうだから』という理由だけで了承してくれたので、ほかに面白いと思えることがあれば……否、今日の夜会で提供される食事があれば、いつでもどこでもはらぺこなシンクは気にしないだろう。



「い、行きます! 私も行きますから、置いていかないでください!」



 追い縋るように、イザベラが私の腕を掴む。

 肌に爪が食い込むその勢いに、不快感を込めてじろりと視線を向けた。



「……もう待ったは聞かないから」

「ううう、わかってます……」



 わずかに力は緩んだものの、腕は掴まれたまま。

 できれば離して欲しいところだが、今はその時間も惜しい。さっさと二人の元に向かおう。

 たとえイザベラを引きずることになっても。








「あ、やっと来た!」

「遅い」



 シンクはぴょんぴょん跳ねて笑顔で、サイスは腕を組みムスッとした表情で私たちを迎えた。

 それぞれがそれぞれに、私の罪悪感をちくちくと刺激してくるのは流石だと思う。

 二人はばっちり、どうすれば私に効くかを熟知している。


 やっぱり私がイザベラを優先したことが気に入らないんだろう。

 自分たちが私の一番であるという自覚があるだけに、尚更。



「待たせてごめん」

「お、お待たせいたしました……っ!」



 謝罪を述べた途端、サイスの棘を含んだ視線がイザベラに向けられる。



「本当、いいご身分だよね。誰のお陰で夜会に出席できるのかも忘れて迷惑をかけた挙句、婚約者の前にそんな状態で現れるなんてさ」

「あっ……も、申し訳ありません」



 サイスが見咎めたのは、私の腕を掴んで離さず、ぴったりくっつくイザベラだった。

 早速サイスが口撃で威圧すると、イザベラはおずおずと私の腕を離して距離をとる。


 窮屈さからようやっと解放され、そっと息をついた。


 すると今度は、人懐っこい笑顔でシンクがイザベラに近づいていく。



「はじめまして! 君がイザベラ・フロレンスだよね? ぼくはシンク。今日はよろしくね!」

「は、はい。よろしくお願いします」



 にっこり笑うシンクにイザベラは拍子抜けした様子だった。

 肩に入っていた余計な力が抜け、呆けたように頭を下げる。


 ちらちらと私に視線を向けてくるのは、たぶん、シンクの性別を気にしてのことだろう。

 身なりはきちんと男性の正装だが、顔は男とも女とも取れる。身体つきもイザベラと負けず劣らず小柄で、女性にしては低く、男性にしては高い声。

 シンクと初対面の人がイザベラのように混乱するのは、もはやお約束の反応と言っても過言ではない。



「イザベラ」

「はい」

「シンクの性別はシンクだから」

「あ、はい……。……え?」



 訳がわからないのは重々理解しているが、私からはそれしか言えない。

 なにせ、本人の申告の通り言っただけなので。



「じゃ、行こう!」



 イザベラはシンクに、私はサイスにエスコートされ、夜会の会場に向かって歩き出した。


 任せておいて、と邪気混じりの笑みで耳打ちしてきたシンクにイザベラを頼むことにし、私たちは数歩遅れて着いていく。



「何する気だと思う?」

「さあね。僕としては、上手くアイツを惹き付けてくれればそれでいい」



 素っ気ない返事におや? と思った。

 先ほどイザベラをあれだけキツく睨んでいたから、もう少し険や悪意のある言葉が返って来るものと考えていたのだが。


 サイスも大人げを学んだのかな、なんて感心して。



「しっかり惹き付けた上で、今日の終わりに手酷く袖にしてくれたら面白いんだけどさ」



 やっぱり訂正しよう。

 サイスは何も変わっていなかった。



「本当にごめんね」

「遅れたことは怒ってない。連絡くれたし」

「そうなんだ?」

「僕らじゃなくてアレを優先したのが許せないだけさ」

「うん、ごめんなさい。こんなの、もうこれきりだから」

「当然だろ。……ほらケイト、見ろよ」

「何を?」



 面白いものを見た、とでも言うように嗤うサイスが示したのは、前を歩くシンクたちだ。


 ……イザベラがどこか泣きそうな、それでいて心の底から喜んでいるような、不思議な笑顔を浮かべている。


 何があったんだろう。

 訳知り顔のサイスに視線で問いかけると、あっさり教えてくれた。



「シンクがアルビノのことを教えてやったのさ」

「……ああ、なるほど」



 イザベラにとって、恐らく何よりも疎ましいもの。

 劣等感の象徴である白髪と赤い瞳。

 それはアルビノという遺伝子疾患の現れであり、唯一無二ではない。

 せいぜい『珍しい』程度のものである。


 皇国では遺伝子(その手)の話を知る人がほぼ皆無なことと、物珍しさから忌避されてきたようだが、知ってしまえば大したことではない……と思う。


 本人からすれば、そう簡単な話ではないのかもしれない。

 けれど、遺伝子をいじられて唯一無二の色彩を持って生まれた私たちからすれば、所詮それだけのこと。


 イザベラと同じ色を持って生まれる人間は少ないが、決してゼロではないのだ。



「落ちたな」

「わかるんだ?」

「まあね。ケイトより僕の方が、その手の感情の機微はわかると思うよ」



 まあ、なんにせよと。

 サイスは愉しげに唇を歪めた。



「マイク・ハミルトンに嫌がらせするには、最高の展開になったんじゃないか?」


明日は朝、晩と2回投稿予定です。

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