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My Dear Villain  作者: 遠野


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35.星月夜に誓う


「サイス、お待たせ」

「本当にね」



 幼馴染は相変わらずの憎まれ口で私を迎えた。


 変わりない様子になんだかひどく安心し、いつの間にか詰めていた息をゆっくりと吐き出す。



「……へえ」

「どうかした?」

「いや? ドレスのデザインが変わるだけで雰囲気も変わるもんだと思っただけさ。正直見違えたよ」

「ね。私もそう思った」



 珍しい賛辞に内心驚きつつも、いつも通りを装って言葉を返した。

 これから夜会が始まろうと言うのに、変に反応して拗ねられては困る。



「なんで本人が他人事なんだよ」



 こちらの返答にサイスは失笑を見せた。


 まあ、そりゃあ、イザベラとララのおかげだからじゃないかな。なんて、素直に今日までの経緯を話すと、やっぱりねとサイスはまた笑う。

 ……やっぱりってなんだ。失礼なヤツだな。


 それにしても、と改めてドレスを見下ろす。


 イザベラとララの見立ては本当にすごい。

 装いひとつでここまでサイスから反応を引き出せてしまうなんて、ある種の才能なんじゃないかとすら思う。


 それこそ、イザベラなんかは卒業後の進路を愛妾ではなく、どこかの家の侍女にさせた方がよほど良い気がする。

 能力的には十分だと思ったし、何より、私の身支度を手伝ってくれる彼女はとても楽しそうにしていた。

 結局は本人の選択次第だが、そちらの方が良い人生を送れると思う。



「そういえば、サイスもなんだか今日はしっかりしてる?」

「……まあね」



 気になったことを訊いてみると、そっけないながらも肯定が返された。

 ふい、と視線を逸らされたのは、気まずさか、気恥しさからか。


 頬をゆるめれば険を含んだ視線を感じたので、素知らぬ顔で元に戻しておく。

 まったく、頬をゆるめたと言っても微々たる変化だっただろうに。少しのことにもサイスはめざとすぎる。



「かっこいいよ」



 そう言ったのは本心だった。

 もちろん、誤魔化したい気持ちがなかったわけではないが。下手なお世辞はかえってサイスの気分を損ねるだけと知っている以上、口に出すのは自然と素直な感想で統一される。


 でも、サイス相手にかっこいい、という褒め言葉を使うのはこれが初めてだったように思う。

 なんとなく気恥しいような、むずむずとした感覚。


 サイスも照れたりしてないかな、と思ったのだが──



「そういう君も可愛いよ」



 聞こえた返答に思わず耳を疑った。


 ……可愛い? サイスが?

 あのサイスが可愛いって言った?


 甘ったるい台詞(セリフ)とサイスがどう頑張っても結びつかず、理解が追いつかない。


 しかも、それだけじゃない。表情も妙だった。

 サイスの代名詞とも言える嫌味っぽさや陰険さが極限まで薄れ、やわらかくもあたたかい笑みが浮かび上がったのだ。


 視覚情報も聴覚情報も頼りにならず、思考は混乱を極める一方。

 だから。



「今、なんて言った?」

「なんでもない」

「いやそれは」

「なんでもない」

「だけど」

「ああもう、なんでもないって言ってるだろ!」



 何を血迷ったか、直接本人に確認を取ってしまった。


 おかげでサイスは頑なになるし、その頑なな対応がかえって現実味を持たせるしで、少し頭がくらくらする。



「ほら、とっとと行くぞ」

「あ、うん」



 ぶっきらぼうで、わずかに苛立ちを含んだ声。

 それでもわたしを置いて行くことはなく、サイスは当たり前のように手を差し伸べてくれた。


 本来であれば卑賤の生まれにあたる人モドキが、こうして貴族の人間の真似事をするのは、いつまで経っても不思議だなと思う。

 身なりを整えればそれっぽく見えるし、教わったマナーを実践すれば、誰も卑賤の生まれとも人間モドキとも思わないのだから。


 差し出された手に、そっと自分のものを重ねる。

 私よりもひと回りは大きくて、骨ばって、剣を握る硬い手だ。


 ぎゅっと握られた手は少しだけ熱くて、かすかな震えをともなっている。


 ちら、とサイスの顔をうかがうと、淡く頬が色づいているようにも見えた。



「何?」

「ううん、なんでも」



 首を振り、サイスの手を握り返す。


 胸の奥でとくり、と小さな音が聞こえた気がした。




   ☩




「やっぱり視線がすごかったね」

「そりゃそうさ。君、自分がどれだけ騒ぎ起こしたと思ってるわけ?」

「むしろ私は巻き込まれた側では?」



 納得いかない、と言い返せば、だろうねとサイスは笑った。


 薄々察していたことだが、やはり、ホールに足を踏み入れた私たちへの注目は酷かった。


 毛先から爪先まで、一片の隙もなく視線が絡みつく感覚。

 いくら私たちが気にしないようにと思っても限界はあるもので、結局、こうして中庭までサイスと抜け出して来てしまった。



「でも、確かにあの注目は私のせいかもしれない。ごめん」

「……別に。わかってて君を誘ったのは僕だし」



 私が騒動に巻き込まれた側と言っても、当事者であることに変わりはない。

 となるとやはり、あれだけ注目されたのは私が原因と考えるのが妥当か。


 素直に迷惑をかけてしまったことを謝ると、……サイスなりの慰めなのだろうか?

 それらしい言葉を返され、なんだかむずむずする。


 待ち合わせの時の甘ったるい台詞といい、今の慰めといい、今日のサイスはいささか──否、かなり妙だ。

 らしくない、とも言える。

 詳細は検討がつかないが、何かあったのは間違いなさそうだ。


 問題があるとすれば、本人に訊いても答えてもらえない可能性が高いこと。

 上手く誘導ができればあるいは、といったところか……。



「あのさぁ、ケイト」

「?」

「君、今日は楽しめた?」



 不意な問いかけで一瞬、答えに詰まる。


 らしくない疑問。

 らしくない声音。

 らしくない表情。


 本当に今日はどうしたのだろう。

 姿かたちはちゃんとサイスなのに、中身だけ少し違うかのような、そんな違和感があって。



「うん、楽しかった」



 これは本当。


 学院に入学してから、夜会を楽しいと思ったことはなかった。

 元婚約者のあの人の愚行はもちろん、元々ああいった場が好きではないこともあって、とにかく面倒で仕方なかった。


 こっそりサイスと話すことと、軽食で提供される甘いものだけが楽しみだったと言ってもいい。



「楽しかったよ」



 けれど今日はサイスが一緒だったから。

 こそこそせずに話したり、二人で軽食を楽しんだり、ダンスを踊ってみたり。

 まさかサイスのエスコートで踊ることになるなんて思ってもみなかったけれど、なんでもそつなくこなす才能はダンスにもちゃんと発揮されていた。


 気の置けないサイスだからこそ、こちらも変に緊張することなく楽しめたのだと思う。



「そう」

「サイスも楽しめた?」

「まあね。……君が独り身だったし」



 返ってきた肯定にほっとして、思わず破顔する。


 けれど、ぼそりと付け足された言葉は上手く聞き取れなかった。


 だからサイスに聞き返そうとして、……できずに終わった。



求婚(プロポーズ)のことだけど」


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