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My Dear Villain  作者: 遠野


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33.星月夜に誓う


 思考の迷路に嵌って出口が見つからないまま、日々は飛ぶように過ぎ去っていった。


 サイスとの約束の日は着実に近づいていく。


 どれほど悩んでも答えが出ず、湧き上がる焦燥。

 視野が狭まり、日常的に上の空になっていたことは否めないだろう。


 そんな私とは対照的に、ララとイザベラはどこかうきうきしているような気がした。

 当日はどんなドレスを着ますか、髪型は、アクセサリーはと尋ねてきたのだ。


 どうしてあんなに気にしてきたのだろう。

 困惑しつつ答えたものの、二人に誘導されるかたちで、最終的には当初の予定とは別なドレスを着ることになった。


 二人曰く、そんな地味なドレスじゃ駄目だとか、色味が良くない云々。

 いや、養母がみつくろってくれたドレスだし、二人が言うほど地味でも色味が悪くもないはずだなのが。



(うーん?)



 まあ、やけに気合いの入った二人が勧めてくるなら、たぶんそちらにするのがいいのだろう。


 別段、ドレスに対してこだわりがあるわけでもない。

 今までに夜会で着たことのないドレスの中から適当に、なおかつ差し支えなさそうなものを選んでいただけだから。






 当日の身支度は本人の強い希望により、イザベラに手伝ってもらうことになった。


 淑女学科の卒業生の中には侍女として働く者もいるらしく、授業の中で侍女の仕事を一通り教わっているそうだ。

 とびきり綺麗にしてみせるから楽しみにしていて欲しい、とイザベラは笑っていた。だが。



「本当にいいの?」



 丁寧に私の髪を梳くイザベラに、鏡越しに問いかける。


 夜会前の準備の時間を他人に費やすということは、自分の準備の時間を潰すことと同義だ。

 ほとんど準備が終わった今更訊くのもどうかと思うが、ここまでの手際を見る限り、イザベラなら今から準備を始めても夜会に十分間に合う気がしている。


 私はもう髪型を整えるだけで終わりだし、それくらいなら自分でもできるようにソレール家で教わってきた。

 だからイザベラに自分の準備に戻ってもいいのだと、あるいは、本当にこのままでいいのかと尋ねてみた。



「はい。もちろんです」

「まだ間に合うのに?」

「私にとっては、夜会に参加することよりも、ケイト様のお手伝いをさせていただくことの方が大切ですから」



 ちっとも未練はないというように、イザベラが穏やかな微笑みを浮かべる。



「それに、私もちゃんとけじめをつけないといけませんから」

「けじめ?」

「前回の夜会で私とマイク様は大きな混乱を招きました。加えて、私たちの関係がケイト様の婚約解消における原初の原因でもあります。であれば、もう夜会に出席しない、というのが今の私にできる最大の反省であり、けじめだと思うのです」



 イザベラは手を動かしながら、そうつけ加えた。

 なるほど確かに、そうして反省を行動で見せるのは重要だろう。


 お茶会をする前のララのように、イザベラに対して良い感情を持っていない人間がまだ学院にはいるかもしれない。

 そういった輩から身を守り、同時に反省の意を見せて溜飲を下げさせる意味でも夜会の欠席はとても有効だと思う。


 ──けれどそれでは、イザベラにとっての不利益が大きすぎる気がした。


 夜会とは出会いの場である。

 そして、この学院における出会いとは、何も男女の関係だけでなく卒業後の進路に関わることもあるのだ。

 男爵家の末子であり、妾腹の子でもあるイザベラにとっては特に大切なものだろう。


 イザベラが私の婚約者だった男と浮気に及んだのは事実。

 だが、彼女が私のためにあの男との関係を続け、働いてくれたのもまた事実だ。


 何より、前回の夜会での婚約破棄騒動に至っては馬鹿が暴走しただけに過ぎない。

 私が彼女から(こうむ)った不利益と、彼女が残り二回の夜会を欠席することで被る不利益では、あまりにも釣り合いが取れないのだ。


 イザベラが差し出す対価があまりにも重すぎる。

 ……どうにかできないものだろうか。



「──あっ」

「? どうかされましたか?」

「どうかした、というか、いいことを思いついた感じかな」



 そして、この考えには、他ならぬイザベラの協力が必要だ。



「イザベラ。卒業記念パーティには参加して欲しい」

「えっ?」

「私が口添えしたとか、私が誘ったとか、どうにか周りは黙らせるようにするし、パートナーも探しておく。だからどうか、私のためにパーティに参加して欲しい」

「……ケイト様のために?」

「うん」



 イザベラが参加してくれれば、私の利益になる。


 私の要求を飲んでくれれば、イザベラも利益を得られる。



「だから、考えてみてくれると嬉しい」

「……いえ。考える必要はございません。だって、それがケイト様の望みだと言うのなら、私の返事は決まっています」

「そっか。ありがとう」

「とんでもございません! お礼を申し上げるべきなのは私の方です。本当に、ケイト様にはご迷惑をおかけしてばかりで……何か私にも、お返しできることがあれば良いのですが」



 そこまで恩を感じる必要はないし、お礼を言われるようなことでもないと思うのだが。

 まあ、イザベラがそうしたいと思っているのなら、私が止められることでもないだろう。


 感謝の気持ちは素直に受け取っておくとして……お返し、か。



「じゃあ、訊いてもいい?」

「私にお答えできることであれば、なんなりと」

「幸せになる、ってどういうことだと思う?」

「……い、いきなり哲学的なご質問ですね」

 

 たじろぎつつも、イザベラは真面目に考えてくれたようだ。


 しばらく黙り込んだと思えば、おもむろに口を開く。



「究極的なことを言えば、やはり人それぞれだなのだと思います。けれど、恐らく──ケイト様の求める答えはそういうものではなくて、もっと世間一般的な答え、ですよね?」

「うん、そう」

「となると、そうですね……食べるに困らない暮らしや、絢爛豪華な華やかな暮らし。あとは、そう、愛する人と想いを通わせて、変わらぬ愛と共に相手に添い遂げること……でしょうか」



 ううん、難しい。と、イザベラが困った顔になる。



「ケイト様はどうしてこんな質問を?」

「……、……私の幸せってなんだろう。と思って」



 私の幸せを祈ってくれる人がいるのに、肝心の私は、自分の幸せがどんなものかわからない。


 漠然と浮かぶものはあるけれど、それは『私が』どうこうというより、『私以外の誰かが』主体となったもの。

 そしてそれは、私に求められている幸せとは、たぶんかたちの違う幸せだ。



「それは、もしかして……サイス様の求婚(プロポーズ)が……」

「まあ、そうだね。サイスと添い遂げることが幸せなら好きにしろ、と言われてる」

「……」



 イザベラは口をつぐんだ。

 しかし、その様子は、気まずくて口を閉じたというより、物思いにふけっているように見える。


 邪魔をしないよう静かにしていれば、ややあってイザベラは話し始めた。


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