30.エンドロールのその前に
何か問題が起こった時、すべてが平和に丸くおさまる、というわけには中々いかないものだ。
例に漏れず私の婚約破棄騒動に関しても同様であり、ひとつだけ、いまだに小さくも大きな問題が残っていた。
ずばりそれは、イザベラとララの確執──否、この言い方では少し語弊があるか。
正確には、ララからイザベラに対しての強い嫌悪感である。
ララにとって、イザベラはずっと気に食わない存在だった。
涼しい顔をして婚約者のいる男を籠絡し、あまつさえ婚約破棄にまで至らせた悪魔のような女。
それがララの中でイザベラの印象として固定されており、私と同じくマイク・ハミルトンの被害者だとする今の学院の空気を受け入れられないようだ。
露骨な態度にこそ出さないが、イザベラを見る時の視線がやけに鋭かったり、彼女を見かけたあとは少し気が立っているため、ララのイザベラ嫌いは相当なものらしい。
私を思う気持ちがあってこその感情だと推察するのは容易だった。
それだけに、あまりイザベラを邪険にしすぎないでやってくれ、という思いもある。
何せイザベラは婚約者殿へ打撃を与えるにあたり、私にとって非常に都合のいい存在なのだ。
せっかくイザベラのお陰で面白いことになっているのに、あんまりなことをされると流石に困ってしまう。
では、一体どうすればいいのか?
最終的な目標としては、ララがイザベラをその辺の石ころと同等に見るようになればいいかなと思っている。
……思っているが、そう上手くいかないに決まっているので、もう少し目標をゆるく設定し直すべきだろう。
そう、たとえば、飛び回る羽虫程度の認識とか。
現状と大して変わっていない上、たとえが酷すぎるなんてちっとも思わず、私はあれこれと思案を続け──何をとち狂ったか、斜め上にぶっ飛んだ考えがお茶会の場を設けた。
参加者はもちろん主催者の私、ララ、イザベラの三人である。
「……ちょっと、ケイト?」
「何?」
「これ、どういうことか説明してくれるのよね?」
頬をひきつらせたララの目は、まっすぐイザベラに向けられている。
相も変わらず険の混じった刺々しい視線だ。
それを一身に浴びるイザベラはおろおろと居心地悪そうに身を竦め、チラチラと私の方を窺っていた。
ララ同様、何故この三人で集まっているのかが不思議でならないのだろうと察せられる。
どちらに対してもお茶会の誘いをかけただけで、目的については一切話していないから当然だ。
「どういうことって、ただのお茶会」
「ただのお茶会なら、いつも通り私とケイトの二人きりで良い話でしょう? ……どうして彼女までいるのか、私はその理由を訊いてるのよ」
視界の端で、こくこくと頷くイザベラが映りこんだ。
うん、まあ、そろそろ話してしまってもいいだろう。
少し待って欲しい旨を伝え、認識阻害と人よけの魔法をかける。これで野次馬対策もばっちりだ。
と、いうことで。
「ちゃんと話す機会があった方がいいかな、と思って」
「……ちゃんと話すって、まさか、私と彼女が?」
「そう」
困惑するララの問いに頷く。
「ララは私の友人だし、イザベラは今回の共犯者。その二人がいつまでも今の状況でいるのは、流石にまずい気がしてる。だから二人とお茶会を開くことにした。ララが気になっていることとか、納得のいかないことをイザベラが答えれば、もう少しマシな状態にはなる。……違う?」
「それは──……まあ、そうね」
ララは今、青薔薇親衛隊なる謎の団体のトップに君臨している。
そんな彼女がいつまでもイザベラを疎んでいたら、いずれはララを喜ばせるためにとイザベラに攻撃し始める者が現れるかもしれない。
イザベラが学院を卒業するまでまだ数ヶ月もあるのだ。
短いようで長いこの期間に、イザベラがなんらかの被害を被る可能性は十二分にある。
このお茶会はそんな事態を引き起こさないための予防線として必要なのだ。
「それで、確認だけど」
「何?」
「ララが気になってるのは、どうしてあの人の浮気相手だったイザベラが私の共犯者になっているのか──で合ってる?」
「ええ、そうよ。むしろそれ以外にないでしょう? 知らないうちに貴女たちが結託していた、なんて言われて、私がどれほど驚いたと思っているの? 納得だってできないし、きちんと説明してほしいわ」
「わ、わかりました」
イザベラはどう話したらいいかな、と困ったように呟き、話をまとめるので時間が欲しいと言った。
それもそうね、とララが頷く。
それでも、数分もしないうちに、イザベラは用意ができたようだ。
「……ララ様には、これだけは言われたくないな、嫌だなと思うことはございますか?」
「……もちろん。私だって人間ですもの」
「私の心変わりは、それが影響しているのです」
そう言うと、イザベラは自身の白い髪を摘んでみせた。
「私は幼い頃から、この髪と目のことを嫌というほど貶されてきました。他に同じ色を持つ人がいない──それだけで、父や奥様や、使用人たちから虐げられてきたのです」
「……失礼を承知でうかがうけれど、貴女のお母様は?」
「母はあの人たちと違います! 母は、母だけは私を大切に育ててくれて……けれど、味方は本当に母だけでした。母以外の誰もが私を魔女だと蔑み、白い髪は老婆のようだと、赤い目は悪魔のようだと罵って……」
イザベラが言葉を切り、重い沈黙が落ちる。
「そんな中で、唯一、マイク様だけが褒めてくださった。雪のような髪と紅玉のような瞳だと。だから私はあの人に憧れ、どうせ妾にされる未来ならマイク様の妾になりたいと思って行動した。……でも、それももう過去の話です」
「まさか、あの男は貴女のことを貶したの?」
「いいえ。私ではなく……」
ちら、と赤い瞳が私に向けられた。
ララの驚き混じりの視線には何も答えず、肩を落とすだけにとどめておく。
「その時、私は気付いてしまったんです。結局マイク様も、フロレンス家の本邸の人たちと同じなんだって。私のことを褒めてくださったことは本当に嬉しかったけれど──だからこそ、ケイト様のことを貶した瞬間、ひどく幻滅してしまった。……マイク様が、髪や瞳の色が人と違うというだけで蔑む人だったなんて、と」
他の人からすれば大した理由じゃないのかもしれない。
けれど私には、そうではなかった。
涙混じりの声でイザベラは吐露する。
「ケイト様に対する言動から、マイク様に対する疑念は多くありました。そして、あの人がケイト様を貶した瞬間、私の中ですべてが吹き出して初恋も砕け散ったんです」
「だからケイトに近づいた?」
「はい。まずは誠心誠意、ケイト様に謝罪を申し上げ、謝意の証としてケイト様のためならなんでもする、と」
「だから私は、彼女にマイク・ハミルトンを陥れるための共犯者になってもらった。あの人がイザベラに恋しているのは紛れもない真実。そこでイザベラに味方になってもらえば、効果的に傷つけられる上、養父様の仕事の糸口になる事態が起こるかなと思って」
イザベラの言葉を引き継ぐように、二人のやり取りに口を挟んだ。
すると何故か、ララは白けた目を私に向け、たっぷり間を置いて深いため息をつく。
「ええ、ええ、よくわかりました。結局、ケイトの性格が悪かっただけ、ということがね」
「えっ」
キャットファイト未遂。




