幕間 ぼくらの哀しい救世主
「──僕からの報告は以上です」
「ありがとう、サイスくん。助かったよ」
学院で僕が見聞きしてきたことと、ラヴクラフト家が持つ確かな筋から得た情報。
それらをあまさず報告すると、閣下は口元に薄く笑みをかたち作った。
そこにはケイトの前で見せた柔和で優しげな雰囲気などどこにもない。
酷薄な冷たさだけで満たされた、皇国の狗と呼ばれるに相応しい人間がいるだけだ。
「君から得た情報でハミルトンは近々廃棄が決まるだろう。歴史ある皇国の侯爵家がひとつ消えてしまうのは実に惜しいが、まあ、いつまでもゴミを残しておいても仕方ないしね」
「そうですね」
施設の支援者であったハミルトンがゴミだというのは全面的に同意するし、何も言うことはない。
だが。
(同じ人間相手だろうに)
この人も、ハミルトンのヤツらも、間違いなくごく普通の人間のはずだ。
僕ら以外に造られた存在がいるなんて聞いたこともない。
……なのに、同じ生き物に対してこうも薄情になれるものなのか。
感心と同時に、軽蔑の念が胸の裡へと浮かび上がった。
僕たち相手ならまだわかる。
あの施設において、人造の生命は家畜と同等に見なされていたから。
どうせ皇帝もラヴクラフトの人間も、目の前にいるこの人だって、心の奥底ではそう考えているに違いない。
だからこそ僕らはそれぞれ、なんらかのかたちで皇国の監視下に置かれて、あまつさえ持って生まれた能力を搾取されているわけだし。
(ああ、やだやだ)
どいつもこいつも気に食わないが、僕が一番気に食わないのはケイトを養子にしたコイツである。
人畜無害を装って、ケイトのことを実の子どものように扱って。
なのに決して実子と同じように接することなく、今回みたいなことを平然とやってのけるんだ。
(……ほんと、ムカつく)
「それにしても、君から協力の申し出があった時は本当に驚いたよ」
「そうでしょうか? あの施設のことなら僕にも因縁のある話ですし、協力するのもおかしくはないかと」
「でも君、過去のことより現在の方が大切だろう?」
足を組み直し、どこか愉しげに笑う姿。
その挙動は優雅で洗練された所作であり、端正な容貌と相まって非常に様になっていた。
さぞ見惚れる者も多いのだろう、と冷静に分析できる通り、僕はコイツに興味なんてないけど。
「否定はしませんよ」
努めて平静を装い、投げかけられた問いに答える。
が、よくよく考えてみれば、コイツの前で大人しく振る舞う必要もなくなったような気がする。
僕の逆鱗を理解した上での度重なる不遜な言動。
いい加減、ここいらで一度ハッキリ言っておくべきか。
「何か考えごとかい?」
「ええ、まあ。……どうやってアンタを黙らせようかと考えていたんだ」
ソファから腰を上げ、相手が動き出す前に先手を打った。
「──ッ!」
初撃で向かいに座っていた男の背後に周り、肩を外して脱臼させる。
続けざまに口を覆ってソファへと押し倒し、気管を塞ぐように喉へと指を食い込ませた。
助けを求めることも、抵抗も許さない。
もがき苦しみ始めた勘違い男を見下ろし、僕はにやりと愉悦を滲ませた。
「なあ、アンタ。僕にとって……僕らにとってケイトがどれほど大きな存在であるかわかっていて、その上でマイク・ハミルトンと婚約させたって言うんなら心の底から感心するよ。よくもまあ、自分からバケモノを怒らせる真似をしたものだってね」
「ん゛んー!!」
「さっき自分で言ってたよな? 僕はあの施設のことよりケイトの方が大切だって。ああそうさ、当然だろ。失敗作である僕らを、唯一の成功例ってだけで──僕らよりちょっと早く目が覚めたってだけで姉貴面して守ってくれたのはケイトだぞ。アンタは勘違いしてるみたいだからわざわざ言ってやるけど、僕らの地獄を終わらせてくれたのは皇国じゃない。ケイトだ。ケイトが僕らを救ってくれた。僕らのためだけに研究員どもを皆殺しにしてくれたんだよ、アイツは。皇国はただ、すべてが終わったあとにノコノコ顔を出しに来ただけの間抜けなんだ」
唸り声が耳障りで、首を絞める手に少しだけ力を込める。
さきほどからパチパチと何かが爆ぜる音が騒々しく、ちくちくと肌を刺激するモノがあるが、この勘違い男が魔法で僕を退けようとしているのだろう。
……まったく、馬鹿なことだ。
僕に魔法は効かないことを知っているくせに、それしか僕を退かせる術がないだなんて。
「僕らにとってはケイトが唯一絶対のすべてだ。それをわかっていたくせに、お前、何も知らないケイトを騙して今回の件に利用したな? 利用した挙句にケイトを傷つけておいて、『ケイトの様子がおかしいから見に来てくれ』だって? 馬鹿が。どこまで頭が悪いんだよ、お前さぁ。皇国にとって生命を造ることが禁忌だと言うなら、ケイトにとっての禁忌は施設のことだってなんでわからねぇんだよ。それさえわからない頭をしてるなら、この場で今すぐ殺してやってもいいんだぞ」
このまま気管を潰しておくか、あるいは、首をへし折るか。
どちらでもいい。
どちらでもできる。
僕にはケイトのような魔法の才能も、シンクのような冴え渡る頭脳もない。
その代わりに、物理的に人を殺す能力だけはこの世の何者よりも優れているのだから。
「今回の件で、お前に対する僕とシンクからの信用は地に落ちた。お前の浅はかな行動でケイトが傷ついたからだ」
「……」
「もしかするとケイトも不信感を持ったかもな。まあ、せいぜい寝首をかかれないように気を付けながら、ケイトとの親子ごっこを続ければ良いんじゃないか?」
パッと首から手を離すと、男は大きくむせこんだ。
脱臼させたままであれこれと文句を言われても面倒なので、さっさと元通りになるようはめ直してやる。
ぎゃっと短い悲鳴が上がったが、正直、ざまあみろとしか思わない。
「げほっ、……こんなことをして許されると思っているのか」
「思ってるけど? 皇国は造られた生命に対して相応の責任を持つ、と僕たちに誓ったのはアンタの上司だし。……というか、元はと言えば、間接的でもアンタがケイトを傷つける真似さえしなければ良かったんだ。自業自得だろ?」
鼻で笑えば、男は射殺さんばかりの眼光で僕を睨みつけてくる。
まあねぇ、そりゃあアンタはケイトが怖いだろうね。
たった一人で研究員を虐殺し、血で全身が真っ赤に染まったケイトに出迎えられれば、そう思うのも当然だろうさ。
でも、そのケイトを引き取らせて欲しいと奏上したのは他ならぬアンタだろうが。
そして、養父としてケイトを庇護すべき立場にありながら、その責任を果たさなかったアンタが悪い。
アンタが責任を果たさないから痛い目に見せた。
それだけの話である。
「これに懲りて、今度こそケイトの保護者らしく振る舞ってくれることを期待してるよ」
やれやれ。
どうしてこう、ケイトの周りにはロクな人間がいないんだか。
相手のせいで空回りしてばかりの幼馴染の純粋さに心底同情する。
ソファの上でうずくまる男に嘲笑を残し、僕はケイトたちが待つお茶会へと戻った。




