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My Dear Villain  作者: 遠野
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03.必然の再会


「そういえば君、どうしてこんなところでフラフラしてたんだよ?」


 仲直りが済んだところで、サイスが首を傾げて問うてきた。

 いやまあ、別に私たちは喧嘩をしていたわけじゃないんだけど、なんというか、気持ち的には仲直りに近いなと。

 それだけであって、言葉選びに特に深い意味はない。


「することなくて暇だったから。そういうサイスは?」


 サイスの質問に答えると呆れたような顔をされた。何故。

 寮に戻ってただぼんやりとするだけ、なんて非生産的なことをしているよりも、こうして院内を見て回るほうがずっといいと思うのだけど。それともサイスは違うのだろうか。


 こちらが問いを返すと、彼は言葉に詰まるようにして口をつぐんだ。ふむ。つまり、何か後ろめたいことがあるということかな。

 ああやって呆れてみた癖に、実はサイスも同じ理由だったとか。


「……べ、別に僕のことはどうでもいいだろ」

(あ、逃げた)


 サイスはよほど言いたくないらしい。

 となるとやっぱり図星だったのか。


 なら、これ以上の追及はしないでおくことにしよう。

 せっかくサイスの機嫌も直ったみたいなのに、不機嫌モードに逆戻りされたらかなわない。


「それより君、シンクが学院に来ていない理由はちゃんと聞いてるかい?」

「うん。前に会った時、今は仕事が忙しくて学院に通う暇なんてないって言ってた。……早めにカタをつけて、私たちと同じ学年に編入するんだって意気込んでたよ」


 転換された話題は、シンク──この場にいないもう一人の幼馴染についてである。

 あの子もまた私たちと同い年であると同時に、同じ施設の出身なのだ。

 私たちと違う点があるとすれば、シンクを引き取ったのは皇国の高位貴族ではなく、皇国そのものだということ。

 そしてあの子の持つ類稀なる能力を活かし、皇城の研究職に着いていることだろう。


 城仕えのシンクには守秘義務というものがあり、研究内容について教えてもらったことは一度もない。

 だから今回もどういった研究の関係で忙しいのかはわからないが、現在進行中の研究に区切がつき、レポートを提出するまでは学院に通えないのだと落ち込んでいた。


 シンクもきっと、学院で久々に三人揃うのをとても楽しみにしていたのだと思う。

 前述の話をした時、いつになく落ち込みようが酷かったから。

 嫌味な上司や同僚に負けずに研究を頑張る、と意気込むあの子を激励したのも記憶に新しい。


「編入、ね。……まあ、僕らと違ってアイツなら問題ないか」

「……? 編入だと何か問題があるの?」

「なんだよケイト。お前、編入には試験が必要って話を知らないの? なんでも、編入にあたり受ける試験ってとびきり難しいらしいぜ」

「へぇ、そうなんだ。でも、サイスが言う通り、シンクならまったく問題ないと思う。あの子、私たちと違ってものすごく頭が良いから」

「だろうね。だから僕も心配してない。そんなのするだけ無駄だし」


 ふむふむ。普通に入学するぶんには試験なんてないのに、編入になると試験が必要なのか。それは知らなかった。

 でもまあ、シンクならきっと、当然のように満点を叩き出して編入試験にも合格してくるんじゃないかな。

 年相応の知能である私やサイスとは比べものにならないくらい、シンクは特別に頭がいい。

 あの子の頭の良さは大人顔負けだという話さえ聞いたこともあるくらいで、シンクが大人に混じって仕事をしている理由もそこにある。


(それにしても──)


 入学したばかりなのに、もう編入手続きのことまで知っているだなんて、サイスはずいぶん学院について詳しいらしい。

 もしかして、侯爵家で教えてもらったのだろうか。


(……いや、)


 それはないかと思い直し、そっと首を振った。


 以前、侯爵家の人たちとの仲は冷えきっているのだと、サイス本人から聞いたことがある。

 疎遠になっていた五年間で関係修復が成されていれば、あるいはそれも有り得るのかもしれないが、……サイスは気難しいからなぁ。


 粘着質、あるいは執念深いとも言う。

 要はかなり根に持つタイプということで、一度サイスと不仲になってしまうと、正直もうどうしようもないというか。

 天変地異にも匹敵するくらいのことがない限り、和解なんて難しいと思う。

 幼馴染の私が言うんだから間違いない。


 となると、編入予定のシンクから聞いたと考えるのが妥当だろう。

 他ならぬ当人だし、サイスにとっても話しやすい相手だし。

 ……私ももう少し踏み込んで聞いておけば良かったなと、今更ながらちょっと後悔した。




「……、なあ」

「どうかした?」

「その……婚約者とは、どうなんだ?」


 しどろもどろになりながら、サイスが別な問いを投げかけてきた。

 その表情は不快げに歪んでおり、そんなに聞きたくないなら訊かなければいいのにと思う。


「どう、って?」

「〜〜〜っ、婚約者とは上手くいってるのかって訊いてるんだよ! なんで皆まで言わせるんだよ、お前!? 僕への嫌がらせのつもりか!?」

「えええ……」


 質問の意図をはかりかねた私に、サイスは少しだけ声を荒らげた。

 何故彼が怒っているのかはわからないが、嫌がらせだなんて甚だ心外である。

 ……元はと言えば、わかりにくい質問の仕方をしたサイスが悪いのに。


 しかし、ふむ、婚約者と上手くいってるのかと来たか。

 はてさて、なんと答えたものだろう。

 そもそもの話、私と婚約者殿は上手くいっていると言えるのだろうか。


 別段仲は悪くないと思う。ここ半年ほどは文通がなく、記念日の贈り物も私が一方的に渡したきりだが。

 それ以前は文通のやり取りも贈り物のやり取りも普通に行われていたのだから、さほど気にすることじゃない気がする。

 単純に、婚約者殿は私の相手をしている暇がないくらい忙しい日々を送っている、というだけだろう。

 まあ、日々研究に忙殺されるシンクに比べれば、大したことのない忙しさなんだろうけど。


(……でも)


 私たちは仲が良いかというと、そうでもないなというのが正直なところだ。

 義弟と義弟の婚約者の関係を見ていると常々思う。


 あの二人はお互いに歩み寄る努力をしているというか、傍から見ていても仲が良いことが明らかなのだ。

 お互いに柔らかく微笑みあう義弟たちに比べれば、私たちは相当冷めきった関係のように思えてならない。


(けど、たぶん、私にとってはそれが正解だ)


 養父がハッキリと言葉にしたことはないけれど、婚約者殿の家には『何か』がある。

 それも、あの養父が自ら動かなければいけないような『何か』だ。

 とすれば、かなりうしろ暗いことをしているのはまず間違いない。


 私の婚約は、養父が仕事をする上で必要なことだった。

 婚約者殿の家に探りを入れるにあたり、こうするのが一番確実で手っ取り早かったのだろう。

 だからあの日、養父は私に婚約を勧めてきたのだから。


 そして、養父の仕事が片付いた時、婚約者殿の家がどうなるかはわからない。

 あちらの家が何をしていたかにもよるが、お家の取り潰しになるか、あるいは代替わりだけでかろうじて済むのか。

 どうなるかはまだ誰にもわからない。


 けれど、いざその時になったら、私の婚約が無かったことになる可能性は十二分にあった。

 解消という形になるのか、破棄という形になるのか、そちらも今はまだ神のみぞ知ることだけど。

 そうなる可能性が高い以上、仲良くなるのは得策ではないわけで。


「ちょっと。なんでそんなに黙りこんでるのさ? ……ま、まさか、そんなに言いづらいことなわけ?」

「言いづらいというか、なんと言ったらいいかわからないというか」


 サイスの表情が僅かに強ばった。

 心なしか顔色も悪くなったように見えるが、急にどうしたと言うんだこの幼馴染は。


(うーん……)


 特別仲が良いわけでも悪いわけでもない、つかず離れずの状態。

 私や辺境伯家にとってはひとまずの理想形でも、世間一般から見ればどこか味気ない。

 そんな関係を一体なんと称するのが適切なのか、残念ながら私にはわからなかった。

 なので。


「……ぼちぼち、なのかな?」

「なんだよ、それ」


 首を傾げる私に、疑問形はおかしいだろうとサイスが失笑する。

 つられたように彼の表情の強ばりもほどけて、……先ほどの様子に対する謎がますます深まってしまった。

 本当になんだったというんだ……。


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