22.暴走マリオネット
「……まあ、実際はそんなお綺麗な関係じゃないんだけど」
自嘲と皮肉混じりにポツリと呟けば、ララの表情にほろ苦い色が混じる。
すべてではないにせよ、彼女も私の──私たちの生まれについてや、あの施設のことを知っているからだ。
「私たちがお互いを大切にしているのは当然のこと。その気持ちに第三者が変なラベリングをしたり、勝手な杓子定規でカテゴライズしてくるなんて、正直不快でしかない」
「だからこそ、昨日のサイスが不可解だ。私たちには、私たちにしか理解しえない強い繋がりがある。それがあれば十分なのに、他はいらないくらいなのに、……なのにどうして、サイスはあんなことをしたんだろう? どうしてわざわざ名前をつけ、かたちを定めようとしたんだろう?」
「……私たちがお互いを思う気持ちはとても複雑で、どろどろしていて、簡単に名前をつけられるようなものじゃないのに。婚約しなくても、伴侶にならなくても、私にとっての一番はサイスたちなのに」
「何より──私は恋だの愛だのと、そういった詭弁が理解できていないし、今後もできると思えない。そんな私に、どうしてサイスは求婚なんかする気になったんだろう?」
ララが何も言わないのをいいことに、胸中を少しずつ吐き出していく。
ぼんやりとしたとりとめのない吐露は、糸口を求める相談のようであり、答えを求めないひとりごとのようでもあった。
「私からすれば、ケイトは少し難しく考えすぎな気がするわ」
「……そんなことは」
「だってそうじゃない? 求婚なんて、言い換えれば『一生貴方を大事にします、だから自分と結婚してください』ってお願いしてるだけなんだもの。恋だの愛だの、そういったものを必ずしも絡めなくちゃ求婚してはいけない……できないってわけじゃないのよ?」
「そうなの?」
「それはそうよ。特に貴族に生まれていればね。私やユーリ様のように婚前から愛を育めている方が少ないんじゃない? 結婚なんて、家同士の打算で決まることがほとんどなんだし」
ふふん、と自慢げにララは話す。
その表情が嬉しさであったり、気恥しさであったり、そういった感情の照れ隠しであることは簡単に見て取れた。
前に指摘したら「恥ずかしいけど自慢したい複雑な乙女心なのよ!」と怒られてしまったので、もう同じ轍は踏まない。私は学習するのだ。
「でもまあ、他の子たちが噂する通り、傍目から見る限りではサイス様はケイトが好きなんじゃないかって思うけどね。恋愛的な好きなのか、までは流石にわからないけど──とにかくケイトを大切にしたいって気持ちは強いんじゃないかしら」
「今までの経緯を考えて、ケイトの婚約破棄はきっと成立するでしょう。そうなれば、新たに婚約を申し込もうとする家は間違いなく多いわ。辺境伯と血の繋がりがなくても貴女は溺愛されているから、ソレール家と懇意にするための足がかりとしてはもってこい。そうでなくとも、貴女のずばぬけた魔法の才を血族に取り込みたいと思う家は後を絶たないでしょう」
「だからこそ、サイス様はあのタイミングでケイトに求婚したんじゃないかしら。貴族の家に養子に取られた以上、家に属する者として結婚は義務。けれど、あの人のようにケイトを傷つける馬鹿がまた湧かないとも限らない。だったら自分がケイトと婚約して、結婚して、傷つけられないように守りたいし、大切にしたい……貴女たちの関係を思えば、そう考えたとしても、おかしくない気がするのよね」
ポロポロと目から鱗が落ち続ける心地のまま、引き続き友人の言葉に耳を傾けた。
恋や愛という不可解なものを排除し、客観的に、合理的に分析した彼女の見解は、驚くほどストンと私の中で腑に落ちた。
守りたい。
大切にしたい。
その気持ちなら、私にも理解ができる。
今も、昔も、ずっとそうだから。
私のかけがえのない家族。私の大切な弟たち。
私がサイスたちを守りたいと思うのと同じように、サイスもそう考えてくれた。
婚約も結婚も、あくまでもそのためのひとつの手段でしかない。
なるほど確かに、便利で手っ取り早い方法ではある。
今後、貴族のご令嬢と婚約したサイスが私のような事態に陥らないとも限らない。
そう考えれば、私がサイスと婚約しておけば、未然に防ぐことができる……と。ふむ。
「……あの馬鹿のせいで、恋愛にこだわりすぎてたみたい」
「仕方ないわよ。だってあの人、馬鹿の一つ覚えみたいにそればっかりだったもの」
「ありがとう、ララ。お陰ですごくスッキリした」
「どういたしまして。……でも、さっきのはあくまでも私の考えだから、ちゃんとサイス様本人にも訊くこと。あながち間違いじゃないと思ってるけど、ひねくれ者のサイス様相手だし、絶対とは言いきれない。きちんとサイス様と話し合って、辺境伯家の方にも相談して、ケイト自身もしっかり考えて……その上で返事をするのよ」
「うん」
「それじゃあ、食事を取り換えてくるわ。ケイトのことだし、お粥よりすりおろした林檎の方が食欲も湧くでしょ? ……花瓶を借りられるかも訊いて来ようか?」
「ありがとう。……花瓶のことも、お願いしていい?」
「任せて」
パチッとウインクをして、手つかずのお盆を持ってララが席を立った。
絹のような金糸が揺れる背中を部屋を出ていくのを見送り、脇に置いていたアルストロメリアの花をそっと手に取る。
……サイスにしてはらしくない気遣いに、今更妙なくすぐったさが訪れる。
けれどそれは不快ではなく、むしろ心地良さを伴うもので。
先程までよりずっと美しく華やかに見えるなと、無意識に笑みがほころんだ。
「その愛が家族としてのものか、友達としてのものか、男女としてのものかはさておいて──私からすれば、二人はとっくに愛し合ってるように見えるけどね」




