11.恋は盲目
「あのさ。ちょっと気になったんだけど」
「?」
「そのドレス、ララ・クリスティとデザイン揃えたの?」
「うん。そう。……でも、よくわかったね? 似てるのは細かい部分だけなのに」
「少し気にして見ればすぐわかるでしょ、これくらい」
「え。そうかな?」
「……もしかして彼女、君の義弟の婚約者?」
「正解。……すごいね、そんなこともわかるんだ」
「ふふん、まあね。僕にかかれば当然だよ」
感嘆を受け、サイスは得意げに口角を上げる。
「姉妹になるから、折角だしお揃いのドレスを作ろうって」
「なるほどね。上手く乗せられたわけだ」
ダンスフロアで軽やかにステップを踏むララを視線で追いながら、ざっくばらんにドレスを作るに至った経緯を話す。
得心がいったように頷くサイスの言葉選びは悪いが、まあ、おおよそその通りだった。
姉妹でお揃いのものを身につけるのが夢なのだと、ドレスを作る時にララは言っていた。
彼女には兄と姉が一人ずついるのだが、長子であるお姉さんとは年が離れており、その上すでに結婚して家を出てしまっている。
だからなのか、ララには『年の近い姉妹』に憧れがあるらしく、お揃いのドレスを作りたいというおねだりへと繋がったわけだ。
とはいえ、小柄で愛嬌のあるララと背が高く無愛想な私では系統が違うし、まったく同じデザインにするわけには──というのが、制作をお願いしたデザイナーの話。
そのため、ララはふんわりとした可愛らしいドレスを、私はシンプルで綺麗めのドレスを元に細かな意匠を揃えることになったのだった。
(だから、まあ、わかる人にはわかるんだろうけど)
特大のホールにごった返すほど生徒が集まっている中、似た意匠のドレスを着ている女生徒を見つけ出すとか、偶然似たデザインになったと考えずにお揃いだと考えるとか。
そういう物事を細かく捉えられたり、頭の回転が早いところがサイスのすごいところなんだよなぁと思う。
言ったら調子に乗りそうだから、口に出すことはないけれど。
「ドレス、似合ってる?」
「馬子にも衣装って感じかな」
「そっか。ありがとう」
「褒めてないんだけど」
「知ってる」
不機嫌さの滲み出る声にくす、と笑って。
「……あ」
「何?」
「いや、ちょっと思い出しただけ」
なんでもないよ、と小さく首を振る。
事実、思い出したのはサイスに何も影響しない言葉。
あくまでも私にとって重要な意味を持つ言葉であって、わざわざ彼に聞かせるほどのものではない。
ハッキリ言葉にしてそう伝える。
「君さぁ、そういう風に言われるとなおさら気になるってわからないわけ?」
「えええ」
「ほら、さっさと吐きなよ」
「……教えろってねだってきたのは君なんだから、言ったあとの文句は受け付けないよ」
「そんなこと言われなくてもわかってるよ。当然でしょ。……それで?」
横目にちらりと窺うと、サイスの深緑の瞳だけがこちらをまっすぐに見据えている。
性根の曲がり具合とは正反対な視線に気づいた私は内心、がっくりと肩を落とした。
ああもう、この様子じゃ正直に話さないと納得してもらえそうにない。
下手に誤魔化そうとしたり嘘をついてみろ、サイスの機嫌が斜め下に急降下するぞ。
二、三日の無視だけで済めば可愛いものだが、最悪の場合に陥れば無期限でいないモノ扱いをされてしまう。
(……それは嫌だな。とても嫌だ)
疎遠だった私たちが再びこうして顔を合わせ、気安く話せるようになった。
あとはシンクが編入してくるのを待つだけなのに、なのにこんな些細なことで以前の状態に逆戻りしてしまうだなんて、そんな馬鹿な話があってたまるものか。
(だって、もう、いやだ)
大切なきょうだいが、いなくなってしまうのは──
「ケイト?」
「あ、ごめん。ちょっと考えごとしてた」
沈みかけた思考はサイスの声に引き戻された。
いけない、いけない。こんな場所で考えることじゃなかった。
ここ数ヶ月はどうにも蓋が空いてしまって困る。
なんのために蓋をして押し込めていると思っているんだ、まったく。
気持ちと心臓を落ち着かせるために、こっそり深呼吸。
「……ふぅん? どうやって僕に誤魔化そうかって?」
「ううん。……むかしのこと」
「そう」
こればかりは素直に教えるわけにも行かず、胡乱な目を向けてくるサイスにはぼやかして伝える。
むかしのこと、といえば大体理解してもらえるから、敢えて明確な言葉にしなかった……否、したくなかった。
なにせ少し思い出すだけでも胸糞悪い記憶だ。
細かく思い出させる言動はなるべく避けたい。
サイズもそれをわかっているから、深くは追求してこない。
それでもやっぱり、思うところ、思い出すものがあったのだろう。
囁き声のトーンが僅かに落ち、硬さを帯びていた。
「さっきの話だけど」
「?」
「前にララに言われたことを思い出してた」
「ララ・クリスティに?」
「サイスといる時は、私の表情が変わるって」
いささかばかり強引な話題の転換だが、今の私たちには必要なものなので致し方あるまい。
誰に向けて言うわけでもなく、そんな言い訳を胸の中でひとりごちながら、先ほど思い出した言葉について話す。
……のだけど。
「何それ。すごい今更のことじゃん」
「え、そうなの?」
「え、自覚なかったの?」
「まったく」
「……いくらなんでも鈍すぎじゃない?」
サイスやめてそんな可哀想なものを見る目で見ないで。
これでも私は大真面目なんだ、私にとっては衝撃だったんだ……!
「ケイトは昔からずっとそうだけど。少なくとも、僕たち相手にしてる時はね」
「じゃあ、シンクにも?」
「チビたちにも」
「そっか」
……そっかぁ。
それじゃあ私は、表情のない欠陥品じゃなかったんだ。
「はあ?」
「え、え、サイス? 何? どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないだろ。何、君にそんなこと言ったヤツがいるわけ?」
私の呟きにサイスは過剰な反応を見せた。
今までは周囲の目を気にして声をひそめ、かつ横並びでなるべく互いに視線を向けないまま話していたのだが……今は怒りに表情を歪め、鋭い眼光で私を射抜く。
声もいくらか大きくなり、近くにいた顔も名前も知らない生徒たちがこちらを一瞥する。
とはいえ私たちを認識した瞬間、サッと視線を逸らしてしまうのだけれど。
「答えろよ。……ソレール家の人間か」
「違う。あの家の人たちはそんなこと言わない」
「じゃあ誰だ?」
「……ハミルトンの奥方。……ねぇ、サイス。君が何に怒っているかはわからないけど、一回落ち着いて」
サイスが妙に殺気立っているせいで、そういったものに不慣れな生徒──おそらく淑女学科か家政学科の生徒があてられ、顔色を悪くしている。
(これ以上ヒートアップさせるのは、流石にまずいな)
周囲への影響も鑑み、やむをえず素直に答えを告げながら視線で周囲を示した。私の言いたいことはこれで彼には伝わるはずだ。
実際きちんと伝わったようで、サイスは青ざめた生徒を嫌そうに見やる。
そして不機嫌そうに舌打ちを鳴らすと、素早くかつスマートに元いた場所・元の体勢へと戻った。
「……それ、辺境伯には言ったの?」
「言ってない。言うほどのことでもないし」
「言えばいいのに。そうしたら、辺境伯はすぐにでも君の婚約者の家をぶっ潰してくれると思うぜ?」
「うーん……、それじゃあなおさら言うわけにはいかないかな。養父の仕事の邪魔をしたくはないから」
「いやいやいや、あれだけ君を可愛がる人だぞ? 邪魔だなんて思わないだろ」
「私情を挟んだらいけない仕事をしてる人なのに、それをさせてしまったら邪魔をしたことになるでしょ」
「相っ変わらずクソ真面目だな、君」
「ありがとう」
「褒めてない」
「知ってる」
「……このやり取り、さっきもしなかったっけ?」
「……そういえば?」
まったく同じとは言わないけど、似たようなやり取りはした気がする。
どうやらサイスの方も同じことを考えていたらしく、少しだけ首を傾げていた。
「にしても──まったく。親子揃ってろくでもない家だな」
「? ……サイス、何か言った?」
「別に何も」
ダンスホールを眺めながら、何やらぼそぼそと呟くサイスの声はごく小さい。
私が聞き取れたのはほんの僅かな音だけで、内容を理解するには情報が不足し過ぎている。
だから聞き返してみたのだけど、……返ってきたのはすげない態度。
ということはつまり、私には関係ないか、私に聞かれたくない内容なのだろう。
それならしつこく聞き返すこともない。
そう思ってサイスを意識から外し、皿に残ったデザートをフォークでつつく。
だから。
「さぁて、どうしてやろうか?」
彼が浮かべた陰湿な笑みに、私は気付かない。
毎日更新はここまでですが、
これからもお付き合いいただければ幸いです。




