10.恋は盲目
学院では四半期に一度ずつ、一年を通して計四回ほど生徒会主催の夜会が開かれる。
これは学院に在籍する生徒たちが卒業とともにデビュタントを迎えることに起因しており、学院にいる間に夜会での振る舞い方を学び、身につけることが目的なんだとか。
ちなみに、四回ほど、と言ったのは生徒会の方針によっては回数が増えたり減ったりすることがあるからで、どうやら過去には月ごと開催した年もあったらしい。
用意が大変だとか、学業に身が入らないとかで、翌年以降はそれもなくなったようだけど。
閑話休題。
私が学院に入学してから早くも三ヶ月が経過し、四半期に一度の夜会が開かれる月になった。
夜会が開かれること自体は入学前から知っているので問題ないが、婚約者殿のエスコートなく参加しなければならない点に関しては困りものだ。
通常、夜会へ参加するにあたり、婚約者がいる女性は婚約者にエスコートしてもらうのが常識だ。
そうでなければ血縁の男性に、それさえ無理なら知人の男性に頼んで参加する。
学院に入学した時点で婚約者がおり、なおかつ学院に在籍しているなら当然前者だし、そうでなければ後者。
そのあたりは世間の基準に則って学院でも運営されており、生徒ももちろん認識している。
だから私も、本来であれば婚約者殿と共に夜会へ参加するはずだったのだけど──
(いや、これは……)
婚約者殿は宣言通り、イザベラを伴って夜会に参加した。
どこからか私と彼の関係を嗅ぎつけた一部の生徒は白い目を向けたり、野次馬根性まる出しの視線を向けたりと様々。
量としては半々、もしくは白い目の方が少し多いくらいか。
婚約者殿はそれらの視線に気づくことなく楽しげにしているが、イザベラの方は理解しているのだろう。
笑顔が酷くひきつっているし、時折私をうかがっては顔色を悪くしていた。
(まあ、色々と仕方ないんだけど)
ララに手伝ってもらいつつ集めた情報によれば、イザベラはきちんと私の言いつけを守ろうとしていたらしい。
騎士学科に近づかないようにしたり、遠巻きにでも見かけたら出会わないように避けたり……。
嘘の可能性はなきにしもあらずだが、女同士の情報網なので、そこそこ信憑性の高い話だと思っていいはずだ。
しかしどうやら、痺れを切らした婚約者殿がイザベラの在籍する淑女学科まで押しかけて行ったようだ。
ただでさえ男爵令嬢にとって雲の上の存在か侯爵子息が相手だというのに、突然の来訪にイザベラは為す術なく、なおかつ心憎からず思っている──より直接的な表現をするなら懸想している男性を突き放すこともできず、なし崩し的に元の関係に戻ったと。
そういう経緯で今に至るらしい。
(……でも、世間の目はそれを許さない)
身分差のことを考えれば、多少はイザベラに情状酌量の余地があるのかもしれない。
けれど、婚約者を放置して公然と浮気に走る男とその浮気相手に対し、情状酌量も何もないような気もする。
どう言い訳したって浮気は浮気だ。
婚約までしている相手がいるのに、そっちのけで他の異性と交際するなんて不誠実な真似を許すほど世間の目は甘くない。
(そう、懇切丁寧に説明したはずなんだけど)
あの二人には頭が足りないのか、……それとも、世間の目すら気にならないほど愛し合っているとでも言うつもりなのか。
頭が足りないだけなら理解できる。
けれど、愛し合っているからだと言われたら、私には理解も納得も難しいだろう。
だって、『愛』って何?
『好き』って何?
そんな不確かで曖昧な概念を盾に言い訳されても、はいそうですかとは頷けない。
そんなあやふやなものが理屈や合理性より優先されるに足る理由を知らなければ、その理由に納得できなければ、私は『愛』も『好き』も言い訳として認められそうにない。
(……ふう)
他の生徒たちに気付かれないよう、こっそりと溜息をつく。
学院の夜会は原則全生徒が出席を義務付けられているため、いくら気乗りしないと言っても参加せざるを得ない。
かといって、婚約者がいるのに身内以外の人にエスコートを頼むわけにもいかず、一人で壁の花を決め込んでいるのが現状だ。
唯一の友人であるララは親戚筋の人とダンスの最中だし、人から敬遠されるのが基本な私は話しかけられることもない。
強いて言うなら婚約者殿たちに向けられるのと同種の視線が注がれるくらいだが、それすら無視を続ければ離れていく。
当然だろう。ひとり無様に佇む壁の花より、現在進行形で不貞を働く浮気者の方が話題に富んでいるに違いない。
観察対象としてはそちらの方がよほど面白いはずだ。
(あ、これ美味しい)
夜会に出席して話さない、踊らないとなれば、残る楽しみは提供されるデザートやノンアルコールのカクテルジュースくらいのものだ。
趣味嗜好によっては人の容姿、ドレスのデザイン等に楽しみを見出す者もいるだろうが、生憎と私はそのどちらにも関心が薄い。
色とりどりのフルーツがふんだんに使われ光を浴びてきらきら輝くタルトだとか、ふわふわのスポンジを甘いクリームやチョコレートで美しくコーティングしたケーキだとか、私はそういったものにこそ心惹かれる。
……実際、甘いものは格別に好きだし。
そんなわけで、はしたなく見られらないよう十分気を付けながら、ひとりぼっちの私はのんびりデザートに舌鼓を打っている。
舌の上に乗せた瞬間、ほどけるようにとろけるガナッシュが特に絶品だ。
お酒の匂いがせず、芳醇なカカオの香りしかしないのが最高にいい。
アルコールは少量でも苦味を感じ、なんなら匂いだけでも受けつけないくらいには苦手なので、お酒を使ったお菓子は全般的に食べられない。
そして貴族御用達のガナッシュといえば大抵がお酒を使って作られているもの。
だからこそ、この素晴らしいガナッシュと出会えた幸福には深く感謝しなければ。
婚約者殿の浮気などという雑念に気を削がれている場合ではない……!
(……おや?)
楚々としつつデザートを堪能していると、知った顔が壁の花になっているのが目に留まった。
ホールの壁に背中を預け、腕を組み、退屈そうに顔を顰め──いや違うな。あれは欠伸を噛み殺している顔だそうに違いない。
他の生徒の目は誤魔化せても幼馴染の目まで誤魔化せるなんて、そんな甘いことを考えないことだ。
……ということで。
「暇そうだね」
「あ? ……なんだ、ケイトか」
「目、少し潤んでる」
「うるさいな。ていうか、僕に敬語使わなくても良いワケ?」
「私たちの会話なんて誰も聞いてないし、これだけ声が小さかったら聞こえないよ。ホール自体がうるさいんだから」
「まあ、言えてる」
真横にぴったり……とは流石にいかないので、いくらか距離を開けてサイスの隣に並ぶ。
それから念のため声をひそめつつ、ちょっとだけ普段よりも気を抜いて言葉を交わした。
図星を刺されたサイスは一瞬、不機嫌そうな声を出してこちらをじろりと睨んだ。
しかしどちらもそれきりで、彼は再びどこかへ視線を投げる。
どこに向けたのだろうとその視線を追いかけて、
「……君、相変わらずお菓子が好きなんだね」
「? うん」
「どうせ普段から甘いものばかり食べているんだろ? なのにこんな時まで食べてるだなんて、食べた分がそのまま脂肪になって肥えるぞ」
「余計なお世話。……食べた分はちゃんと消費されてるから、今食べたって問題ないんですー」
私の視線がサイスの視線に追いつく前に声をかけられてしまった。
内容自体はどうということのないものだったけれど、いかんせんデリカシーに欠ける話題がすぐあとに続いたので、諌める意味を込めて横目で睨んでおく。
とはいえ、そんなことをしたところでサイスに響かないのは私もよく知っているため、すぐに視線を外して先程取ってきたばかりのアップルパイをひとかけ口に運んだ。
サクッと軽やかな音が鼓膜に届く。
バターの風味とりんごの甘味と酸味、そしてほどよく感じられるシナモンの香り。
……うんうん、これも美味しい。
何故サイスが突然新たな話題を振ってきたのかはわからないけど、彼は意味のないことをしない質だ。
なら、あの話題の転換にも、少なくともサイスにとってはなんらかの意味があるということで。
なら、あまりとやかく言わずに付き合っておこうと判断した。
……でも、今回は大人しく乗せられてあげたけど、前述の通りデリカシーのなさで減点。
折を見て仕返しするから覚悟しろ、と呟いた。
もちろん声には出さず、心の中でこっそりと。




