魔法? いいえ、超能力です。
私の名前はシャロン。子爵家の次女で、どうやら前世?の知識を持っているみたい。
ニホンという国で暮らしていた女の人っぽいけれど、その人の思念はまるで無いの。その人が見た景色や取り込んだ知識等はあるけれど、その時何を思ったのかとかどう感じたのかとか、そういった事がまるで分からないから、知識だけ。
今の生活と全く違うのが面白いけれど、それを再現したりするのは難しいだろうな。使い方を知っていても、構造を知らない物もいっぱいあるし。再現できるなら使ってみたい物とか、食べてみたい物とかいっぱいあるのに!
……まあそれは置いておいて。
ニホンとは違い、この世界では国民の半分位…貴族では3分の2位の人が魔力を持っているの。で、そこから更に半分位が魔法を使えるようになる。
魔王や魔物が存在する世界、ニホンでは想像の中でしかありえない世界。ちょっとワクワクするのは前世の知識のせいかしら?
魔法を使う為の魔力は10歳になると教会で計測する事になる。
そこで魔力有りとなれば、使い方を学ぶために13歳から3年間学園に通う事が出来る。
勿論私も…と言いたい所だが、残念ながら魔力が無かった。前世では魔法が無かったからだろうか? まあ、うちの親族も魔力無しの方が多いみたいだし、仕方ないか。
でも特に裕福でも無い子爵家の次女という微妙な地位。このままでは学園には通えず、男爵家や商家に嫁ぐかどこかの後妻に出されるかそんな感じだろう。それはそれで平和っぽいから問題無いのだけれど……学園生活送ってみたい…魔法学園の中がどうなってるか見たいし、魔法の授業受けたい…というか、魔法を使っている所が見たい。
魔力無しは早く移動を、と促してくる係の人を呼び止めて話しかける。
「あの、先程魔力が無いと判定されたのですが…」
「そうなんだね。でも半数近い人が無い訳だから、そんなに気にしないで大丈夫だよ」
「でも私、こういう事は出来るんですが」
「え?」
「点火」
係の人の目の前で小さな炎を出してみる。
「うわっ」
「とりあえず今は小さな火が出せる位ですけど…これでも学園に通う事は出来ないのでしょうか…」
「そうか…火が出せるなら…まだ魔力が小さくて計測から漏れたのだろうか…?」
出した炎を見た係の人がブツブツと呟いている。
有りか無しか、どっちだろう…。
「あの…」
「うん、じゃあ微小な魔力有で報告しておいてあげるよ。今微妙な数値の人は入学の一年前に再計測もあるし、もしその時に増えていたら通えるかもしれないね」
「本当ですか?! ありがとうございます!」
「いいんだよ。魔法が使える人が増えるなら何よりだしね」
優しい人で良かった! 学園に通える可能性が少しでもあればそれに向かって頑張るだけよね!!
それから自分の能力を磨き、学園入学の一年前の再度計測の際には魔力があるように偽装する事も上手くなり、無事入学できる事になった。家族も喜んでくれたのが嬉しい! インチキとか言わない! これも私の実力です!
同い年の王太子殿下が通われないとなった事で、無理にねじ込んでくる高位貴族が減った事が幸いしたようだ。高位貴族が多いと息苦しいから、私にとっては何よりだ。
晴れて入学式の日──
通われない筈のエドウィン王太子殿下が、新入生代表として何故か挨拶されている…。
ソワソワする貴族達に、青ざめる平民達。面倒な事は避けたいなぁ…。
辛うじて、王太子殿下は毎日学園へ来る訳では無い事が分かり、一安心。家庭教師では教えきれない部分を学ばれる為、週に何度か受講される様だ。クラスも違うし、出来るだけ近寄らない事が一番よね。
「シャロン、本当にお前も入学したんだな」
「うわっセオドア。…あの…近寄らないで下さいます?」
突然声をかけてきたのは、幼馴染で伯爵家次男のセオドア。
騎士見習いになった、という話は聞いていたけれど、王太子殿下の護衛として学園に現れるとは思っていなかった。
「お前っ、幼馴染に向かってその言い草は何だよ」
「セオドア様は、騎士見習かつ王太子殿下の護衛でしょう? そんな高位の方に近寄るなんて恐れ多い事は出来ませんわ」
「高位ったって、伯爵と子爵の違いしか無いだろうが」
「いいえ、王太子殿下の側に在れる方と比べられては困ります」
いつも通りの喋り方のセオドアに対し、出来るだけ丁寧な言葉遣いを心掛ける。
「それに何だよ、その言葉遣いは」
「淑女ですのよ? 当たり前ではありませんか。オホホホホ」
口に手を当て、控えめに笑えばセオドアが嫌そうな顔でこちらを見る。
「お前に様付けされるとか、本当に気持ち悪い。いつもの喋り方にしてくれよ」
「ご遠慮致します。他の方に絡まれたり睨まれるのは嫌なのです。学園では出来るだけ近寄らず、そっとしておいて下さいませ」
セオドアの申し出をぴしゃりと断る。
高位貴族と関わる気は全く無い!!
「……毎日通える訳でも無いのに…」
「ですから、その機会を狙う方々がそこかしこにいらっしゃるのですよ。私を巻き込まないで下さいませ」
「くそっ。……じゃあ最後にひとつだけ。お前はまだ、婚約者が居なかったよな?」
「そうですね。学園で探すか、就職して探すか、お父様が探してくるか……ただ、お姉様が婚約されたばかりですので、暫く先になると思います」
「そうか…分かった。じゃあ、またな」
「お忙しいでしょうし、お気になさらず」
「可愛くないな」
「元より」
苦笑いを浮かべ、セオドアは去っていった。
まさかセオドアが声をかけてくるとは…本当に空気を読んで欲しい。セオドアと話している所を見られたせいで、私に話しかけるタイミングを計っている方が数名いらっしゃる……紹介してとか言われるのは凄く困る。というか面倒臭い。これは……能力を駆使して本気で逃げよう、そうしよう。
セオドアに話しかけられた後、どうにか逃げ切りは成功。それからは話しかけられない様に気配を消して逃げ回っていた為、縁を繋ごうと私に来る方は居なかった。良かった良かった。
そして、同じクラスに友人が出来た。男爵令嬢のナンシーちゃんだ。
可愛らしい見た目ながら、ぼそりと出る毒舌が最高。なかなかの腹黒さんだが、クラスメイトの殆どは見た目に騙されているのが、見ていて楽しい。
「シャロン? 何を考えてるの?」
「ん? 今日もナンシーは可愛いなと」
ナンシーを眺めながらぼんやり考え事をしていたら、不審げな声がかけられた。とりあえず、いつも思っている事を返しておこう。
「ありがとう。でも、異性に言われた方が嬉しいわ」
「何言ってるの? 同性からの本気の賛辞は大事だよ」
「それもそうね。貴女のは本気かどうかが分かり難いけれど」
「本気も本気。私が男なら婚約を申し込んでいたわ」
「そう。貴女となら楽しい家庭が築けそうね」
「本当に残念だよ」
「それはそうと、セオドア様がまた誰かを探していたみたいよ?」
「大人しく王太子殿下の護衛をしてれば良いのにね」
いつもの下らない会話から、セオドアの話に変わってしまった。
「もう! シャロンを探しているんでしょう?」
「どうかしら? 私に話す事は無いし、側近候補に近付くとか自殺行為はしたく無いのよ」
ナンシーはどうやら、セオドアが私に好意を抱いていると思っているらしい。今までの言動を考えるとあながち間違ってはいないと思うけれど、本人から言われた訳でも無いし……認める気は無い。自分から戦場に行きたくない。
「だって幼馴染なんでしょう? 話す位いいじゃない」
「いやいやいやいや。セオドアをとっかかりに殿下まで近付きたい方々はいっぱい居るじゃない。それに巻き込まれるなんてごめんだわ」
「まあ…確かに。貴女を探しては違う方に捕まってを繰り返しているみたいだけれど」
「その時に私の名だけは出さないでくれと祈るばかりです」
「貴女もそれなりに大変なのね」
「それなりって……」
そんな事を笑い話しながら、私の平和な日常は続いていた。
その平穏を壊す様な事が起こり始めたのは、入学して半年経った頃。
ある女生徒が、王太子殿下と一緒に居る所を頻繁に目撃される様になった。それも男爵令嬢というから、高位貴族の方々は面白くない。
殿下が居ない時に男爵令嬢のテリーザ様に嫌がらせをし、それが後々殿下に伝わり更にテリーザ様にのめり込む、という悪循環を起こしている。
でもまあ、殿下とその側近、宰相子息のドルフ様も彼女に満更でもない顔をしているのはどうかと思う。セオドアも最初は警戒していた様だが、最近はその警戒もだいぶ薄れているっぽい。本当にそれでいいのか?
それに、殿下とドルフ様には婚約者が居ると思うのだが……大丈夫なのか? 殿下の婚約者は隣国の王女様だから、気付かれていない可能性もあるけれど…ドルフ様の婚約者、エメリー様は凄い顔で睨んでるよね?! きっと多分、ここのグループが嫌がらせの主犯だろうな。
……面倒臭いし、自分とナンシーに火の粉がかからなければ良いか!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「待ちなさいよ! この泥棒猫!!」
「あら、淑女がそんな大声ではしたないですわ。エメリー様達はいつも私におっしゃるじゃないですか」
「なっ、貴女が悪いのでしょう?! ドルフ様に近寄らないで!」
「何故です? 友人の側に居て何が悪いのですか?」
「白々しい…っ! 貴女が色仕掛けをしている事なんて分かっているのよ?!」
「あらぁ、随分と下世話な言葉を…。高位貴族とはいえ、下町の平民と何ら変わりは無いのですね」
「何ですって!!」
ぱぁん!
頭に血がのぼったエメリーがテリーザの頬を打つ。
「ふふっ。手を出すなんて、何て浅慮」
打たれた頬に手を当て、妖しく微笑むテリーザの後ろから二人に声がかかる。
「おいっ、そこで何をしている!!」
「はっ……ドルフ…様?」
人を打ってしまった衝撃に呆然としていたエメリーがドルフの声で我に返る。
「ドルフ様っ!」
「テリーザ?! その頬はどうした?!」
驚いたように振り返るテリーザの赤くなった頬にドルフの目は釘付けになる。
「あっ…いえ……何でも無いですよ?」
「頬を赤くして涙を浮かべているのにそれは無いだろう? どういうことだ? エメリー」
隠すように頬に手を当て、弱々しく微笑むテリーザからドルフはエメリーに目線を移す。
「ドルフ様…その…」
うまく言葉にできないエメリーは、テリーザを打った手を隠すように後ろに回す。
「いいえ、ドルフ様! 私が悪いんです! 私が身分も弁えず、ドルフ様と一緒に居る事が悪いのです……」
「テリーザ…それは君が悪い訳では無い。……エメリー、君には失望したよ」
ドルフに縋るようにテリーザが腕を掴み、俯く。
俯いたテリーザの頭を軽く撫でると、厳しい顔でドルフはエメリーに向き合う。
「ちっ…違います……ドルフ様っ」
「自分の意に添わぬ事を暴力で解決しようなんて、高位貴族としての行いとは思えない。少し頭を冷やすんだな。それに、テリーザとは僕の意志で一緒に行動している。君にどうこう言われる様な関係でもない」
「申し訳ございませんっ…」
言い訳もさせてもらえず、冷たい瞳と声で諭され、耐え切れなかったエメリーは涙で歪んだ顔を両手で覆い、崩れ落ちる。
「さあ、早く冷やさないと。救護室へ行こう、テリーザ」
「エメリー様、ごめんなさいね」
崩れ落ちたエメリーを一瞥し、ドルフはテリーザに向き直る。
困った様に、エメリーに声を掛けるテリーザにドルフは微笑みかける。
「頬を張られた後に相手を思いやれるなんて、テリーザは何て優しいんだ」
「そんな事……」
地に伏し涙を流すエメリーを顧みる事も無く、ドルフはテリーザをエスコートする。
ドルフに見えぬ様にエメリーを振り返ったテリーザの顔は嗤い歪んでいた。
「うわぁ……性悪……」
二階の窓から一部始終を見てしまったシャロンは、廊下に座り込み嘆息する。確実にドルフ様がここを通るのを見越して、エメリー様を逆上させ頬を打たせた。それに、ドルフ様への説明も嘘は言っていない。真実を全て語った訳でもないけれど。悪女ってああいうのを言うんだろうな…と遠い目をしてしまう。
「けど…あの子、気配が不思議なんだよね…」
王太子殿下達が何かに巻き込まれても困るけど、自分がわざわざ首を突っ込むべきか迷う所だな…とシャロンは頭を悩ませる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
あの修羅場を目撃してから2週間。
あれからずっと、エメリー様は学園を休んでいる。
テリーザ様は相変わらず王太子殿下達と交流しており、エメリー様が手を上げた事も、ドルフ様に糾弾された事も何故か大きく広まっていた。
自分以外に目撃していた人が居たとは気付かなかったが、救護室に二人で行った事から広まった可能性もあるとシャロンは思い直した。……まさか、テリーザ様が自ら噂をバラまいたのでは、という思考をどこかに追いやって。
何かに巻き込まれない様、出来るだけあの集団を視界に入れない様に頑張っていた日々だったが、ある授業中に悲鳴が響き渡った。
教師や他の生徒が悲鳴の発生場所を探そうと、窓から身を乗り出したりしていると、演習場から魔法の実習をしていた生徒達が我先にと転がり出てきたようだ。
中で何があったかと、集中して目を閉じる。
演習場の中心で宙を睨みつける王太子殿下とドルフ様とセオドア。
目線を追うとテリーザ様が宙に浮かび、殿下達を見下ろしている。
『ふふふ、やっとこの日が来たの。貴方達の警戒が下がり、準備が整うまで長かったわ。私の誘いに乗って、ここに来てくれてありがとう』
テリーザの口からノイズの入った声が聞こえてくる。
『今日は殿下のお命、頂戴致しますわ』
「何?!」
「テリーザ? 何を言っているんだ?」
『ああ、お優しい王太子殿下。わたくしにそのお命下さいな? 魔王様に捧げますの。愚かにも魔王様に戦を仕掛けようとしたこの国への見せしめに』
「魔王?! お前、魔族なのか?!」
「おい! テリーザに攻撃を!! 殿下を守れ!!」
驚愕に目を見開くドルフ様。
殿下の元へ駆けつけた魔法師へ剣を構えたセオドアが指示を出す。
「嘘だろう…? テリーザ…」
セオドアとドルフ様に庇われたまま、殿下は茫然とテリーザを見つめる。
『貴方達を好きな演技も疲れたし、これで清々するわ』
「そんな…!」
美しい微笑みのまま、テリーザはバッサリ切り捨てる。
「おい、何故攻撃をしない?! テリーザを討つのだ!」
「おかしい…術が発動しない…!」
魔法師が攻撃を仕掛けない事にセオドアが怒鳴るも、血の気の引いた顔で茫然と自身の手を見つめる魔法師達が呟く。
『準備に時間がかかったと言ったじゃない。今この場で魔法を使える者は私以外にいないし、剣では私に傷を付ける事も出来ないわ』
「ちっ…殿下を早く安全な所へ!」
宙に居る相手には自身の剣では攻撃を出来ず、セオドアが歯噛みする。
攻撃魔法が使えずとも、殿下の肉壁としては役立つだろう魔法師にセオドアは指示を出す。
『逃がす訳ないじゃない?』
「なっ!!」
テリーザが手を振ると、演習場内に土壁が現れ殿下達を取り囲む。
『エドウィン以外はどうでもいいのだけれど、ここに居るのが運の尽きってね。皆仲良く死んで頂戴』
「貴様…っ!」
───────ああ。
思っていたより悪い事が起きている。頭痛が起きそうな額を押さえ、考えを纏めよう。
あの場で魔法を使える人も居ないし、物理的な遠距離攻撃を出来る人も居ない。
王太子殿下が殺されるのは、やっぱり拙いよね…。
自分の能力が周りにバレる可能性も考えるけれど、平和なこの国が、日常が壊される方が嫌だなぁ………仕方ないか。
自分の机を片付けると、そっと立ち上がる。
「シャロン? どうしたの?」
「うん。ちょっとね。あ……とりあえずやってみるか」
「ん? 何を?」
立ち上がった私に、ナンシーが問いかける。
バレる可能性は少しでも低くなれば良いかな? とナンシーの瞳を覗き込む。
「『シャロンは今日休み』……だったよね? ナンシー」
「……うん。……シャロンは、今日休み……」
うん。上手くいくかもしれない。
教室内にいる人全てに向けて能力を解放する。
「先生、皆、『シャロンは今日休み』ですよ」
「……ああ。休み、だな」
「はい。それでは」
顔が隠れるローブを身に纏い、シャロンはその場から消えた。
『皆はどう死にたいかしら? 火責め? 生き埋め? それとも、切り刻まれたい?』
「やめてくれ! テリーザ!!」
「殿下! 魔族に交渉は通じません!!」
「しかしっ!!」
セオドアの背に庇われながら、テリーザに手を伸ばし懇願する殿下。
ドルフに諫められても、諦めきれないらしい。
『まだ私を好きでいてくれるのね、エド。嬉しいわ』
「テリーザ…!」
『だから、私の為に死んでね?』
「───!!」
にこりと微笑まれながら、絶望の言葉がテリーザの口から発せられる。
目を見開き、声を無くす殿下からセオドアは目線を外す。
『エドの頭は魔王様に見せてから国王に送るから、それ以外は膾にしましょうね。さようなら』
テリーザが手を振ろうとした所で、不意にテリーザの背後に人物…シャロンが現れ、左手でテリーザの後頭部を掴む。
「はい、そこまで」
『なっ!!』
突然の事に、テリーザは驚愕する。
『何故ここに人が居る?! この場で魔法は使えないはずなのに! それに…私の身体が、動かない?!』
「私の事はどうでも良いけど、拘束するに決まってんじゃん。……魔法、どうやって使えなくしてるのかと思ったら、演習場に色々埋め込んでんのね」
シャロンは後頭部の手はそのまま、目を閉じてテリーザの思念を探る。
『は?! 何を言っている…!!』
「物質移動!……これでしょ?」
テリーザは目の前に浮いている物体を見ると、目を見開いた。
『何故?! 隠蔽も完璧にした筈なのに!!』
「貴女の思念を読んだもの。どこにあるかなんてすぐ分かるわよ」
取り乱し、怒鳴るテリーザにシャロンは事も無げに答える。
『思念を読むですって?! そんな魔法知らないわ!!』
「まあ、そうだろうね。だって……魔法じゃなくて超能力だもん」
『ちょう…のうりょく?』
聞き覚えのない単語をオウム返しにするテリーザは、事態を把握できない。
「そ。私に魔力無いし。でも、色々出来るからね。…こんな事とか。念力で破壊! 発火で燃やす!」
シャロンはテリーザの目の前に浮いていた物体を粉々に破壊した後、燃やし尽くす。
『ああっ!! 魔道具が!!』
血の気の引いたテリーザが叫ぶ。
「もう皆、魔法も使えるようになるね。でもさ、またこんな事されると困るんだよね」
『なっ…何を言っているの?!』
「私は平和で平凡な日常を送りたい訳よ。戦争とかホント勘弁」
『こんな力を持っていて何が平凡だと言うの…!』
「だから、知られたく無いの。でも戦争とか起きたら知られる可能性高いじゃない? なので、このまま魔王を倒しに行きたいと思います」
さらりと言いのけるシャロンに、一瞬テリーザの時が止まる。
『……は?! そんな事が出来る訳ないでしょう?! いくら未知の力があろうと魔王様の足元に及ぶはずもないわ! それに居場所すら知らない者が何を…』
「いや、場所は貴女が知ってるから大丈夫。じゃ、行こうか?」
『はっ?!』
「瞬間移動!」
言われている事が飲み込めないままのテリーザを連れて、シャロンの姿は掻き消える。
「な?! 消えた???」
「突然現れて消えたあいつは何だ?!」
「何を喋っていたのかは全く聞こえなかったが、味方同士には見えなかったな」
「……助かった……のか?」
突然現れた人物との会話は聞こえなかったものの、テリーザがこちらへ意識を向けられなくなった事や、身動きせず怒鳴るだけのテリーザを見ている限り、仲間割れとも考えられるが、今この場から居なくなった事が大事だった。
「今の内に、魔法を試せ! 先程現れた者が何かを壊していた」
「はいっ!」
セオドアからの指示に、二人が消えた宙を茫然と見ていた魔法師が反応する。
テリーザの作った壁に向かい魔法を打つと無事魔法が発動し、小さな穴が開いた。
「使えます!!」
「よし、では壁を壊しここを脱出する! 殿下を最優先で安全な場所にお連れしろ!!」
「はいっ!」
指示に従い動き出す魔法師達を確認すると、セオドアはテリーザ達の消えた宙を見上げる。
「あれは……誰なのだろうか…」
ローブで顔は見えず、身体付きから女性又は華奢な男性だろうという事しか分からなかった。
魔法が使えない状況で、魔族に対抗できる術を持つ者がいるのならばどうにかして見つけ出さなければならない。
まずは王宮に無事殿下を送り届け、魔族が学園に潜入して殿下の命を狙っていた事も含め仔細報告し、指示を仰がねば…! そうセオドアは決意を新たにする。
翌日、教室には眠そうなシャロンの姿があった。
昨日あの後、魔王城に乗り込み、魔王をフルボッコにして部屋に戻ったのは夜半過ぎだった。力も結構使ったし、睡眠不足も相まって欠伸が…。
「あぁ~…疲れたぁ…」
「どうしたの? シャロン」
教室で伸びをしていると、不思議そうにナンシーが問いかけてくる。
「ん? 昨日ちょっとね」
「昨日? 貴女体調不良で休みだったんじゃなかったかしら?」
昨日皆に軽い洗脳をかけたのをすっかり忘れていた。
誤魔化さなければ。
「あー…うん。寝過ぎると疲れるよねって事」
「??? …うん、まあそうよね」
微妙に腑に落ちない顔をしているナンシーを苦笑いで受け流す。
「それよりも、何か学園内がざわついてない?」
「あっ、そうなの! 昨日大変だったのよ」
「なになに?」
「王太子殿下とよく行動を共にしていたテリーザ様が居たでしょう? あの方、魔族だったみたいで。殿下のお命を狙っていたようなの」
うん、知ってる。とは言わず、今初めて聞きました! 的なリアクションを試みる。
「えぇ?! それで? 殿下は無事だったの?」
「何か、正体不明の人が現れてテリーザ様と一緒に消えて、殿下方は無事に逃れたみたい。でも…それからの事はよくわからないの。殿下方もすぐに王宮へ移動してしまったし。とりあえず大きい怪我を負った人はいなかったみたいよ」
「そっか…人的被害が出なかったのなら良かったわね」
「そうね。先生方は学園内の見直しや王宮側からの依頼で警備強化と、色々ざわついているけどね…」
自分が魔王の所に行った後の事は全く知らないから、ここは素直に安心出来た。一応二段構えでは無いのはテリーザを読んで知ってはいたけれど、漁夫の利を狙っている者が居たら、と後から気付いたのだ。
「それにしてもテリーザ様が魔族ねぇ…全く気付かなかったわ」
「普通に溶け込んでたわよね。怖いわ…」
「魔族がこれ以上何もして来ないといいわね」
「ええ。それを祈るのみだわ」
大丈夫だよ、ナンシー。
私からは伝えることは出来ないけれど、魔族が侵攻してくる事はもう無いから。
テリーザの事件から2週間。
久しぶりに王太子殿下が学園に現れた。この間の事件が一段落したそうで、学園で起きた事件だからと、軽い説明をしに来たようだ。
魔王からの申し入れで、不可侵条約を結んだらしい。
元々この国が魔王国へ侵攻しようとしていたようで、それを知った魔王側からテリーザが先鋒としてこの国に潜入し、王太子殿下の首を取って、侵攻を諦めさせようとしていたそうだ。
まあ、学園での説明でその辺は上手い具合にぼかしていたけれど、実際の流れを知ればどっちもどっちって感じ。戦を仕掛けようとしていたこの国もどうかと思うしね。まあ、魔王側の企みも私がこの国に居なければ上手くいっただろうに、残念です。逆らえない位ボッコボコにしてきてやったからね!!
教室へ戻りがてら、そんな事をぼけっと考えていたのが悪かった。
突然後ろから声をかけられ、肩に手を置かれて止められた。
「シャロン」
「げぇっ、セオドア」
ずっと逃げ続けていたのに、セオドアに見つかってしまった…。
一緒にいたはずのナンシーちゃんの姿は既にない。
考え事している内に置いてかれてしまったんだね…薄情者っ!
「げぇ、は無いだろう!! いつ探してもお前に会えないのだから」
「だって逃げてますもの」
「はぁ?! やはりそうだったのか!」
「あっ…ヤバっ…」
つるりと本音が漏れてしまったのを、セオドアは聞き逃さなかった。
二の腕を掴まれ、怒気を向けてくる。
「何故だ! 何故避ける!!」
「だから、最初から言ってるじゃない!『殿下の側近に近寄られたくない』って!」
勢いに押され、本音が漏れまくる。
淑女の口調とかマジどこ行った。
「しかし…っ!」
「イタタっ、腕っ! 痛いよ!」
掴まれた二の腕に力がこもる。マジで腕痛い!! 騎士の握力ヤバイって~~!! こんな所で、しかもセオドア相手に身体強化とか使う訳にもいかないし!!
そんな時突然、セオドアの手をぐい、と引き離して男性が間に割り込んできた。
「女性を力任せに掴むとは…貴方、本当に騎士ですか?」
「何?! 誰だ貴様はっ!」
私を背に隠す様に、セオドアと向き合う男性が口を開く。
「ああ、初めまして。本日転入して参りましたジェロームと申します。どうぞ宜しく、シャロン嬢」
「え? ……………えぇ?! 貴方、なんで此処に居るの?!」
私の名を呼びつつ、こちらを振り向き微笑むジェロームと名乗る男性の顔を凝視すると、2週間前に見た顔であることに気付いた。この人………魔王じゃん!!
「貴女の元に来るのに理由、要ります? じゃあ、貴女にプロポーズをする為、というのはどうでしょう?」
「はぁ? いや、だって…」
しれっとプロポーズとか言うジェロームに口がぽかんと開く。
いやいや、あんたちょっと前に私にボッコボコにされたじゃん!
それでどっかおかしくなったの?! 魔王が普通の人間にプロポーズって変でしょ?! 魔族の中から選びなよ!
「おい、シャロンにプロポーズとはどういう事だ?! シャロンもこの男を知っているのか?!」
「知ってるというか…一回は間違いなく会ったけど…」
2週間前にテリーザの思念を読んで、魔王城に行き、ボッコボコにしてきた相手ですよ。あなた方が手も足も出なかったテリーザの親玉ですよ。
「一度だけでも私は確信しました。生涯の伴侶は貴女しかいないと! 是非私を受け入れて下さい。私は貴女の奴隷です」
「伴侶だとか寝言は寝てからにしろ! シャロンを娶るのは俺だ!」
「はぁっ?! ジェロームもセオドアも大声で何言ってんの?!」
うっとりと私の手を取り、奴隷とか言い出したジェロームも、娶るとか言い出したセオドアもどうかしてるとしか思えない。今私に、何が起きているの?!
「私の最愛を捧げられる相手は貴女しかいないのです!」
「俺は昔からシャロンしか見ていない! ほんの一度会った程度で最愛などと、片腹痛い」
「でも貴方、まだ婚約もしていないのでしょう? 見た感じ好意を伝えたのも今が最初でしょう? そんな方、相手にもなりません」
「ぐぅ…爵位を継げぬ身だから、身を立てられる算段がつくまでは簡単に言えないと思っていただけだ! 愛の深さなら負けない!」
「イヤ、本当に何言ってんの?! あんたたち!」
私に対する愛とか語られても困るんだけど?!
「シャロンも俺の事の方が良いだろう?」
「貴女に釣り合うのは私しかいませんよ?」
「いやいや、今何言われたって選べる訳ないでしょう?! どっち選んだって色々面倒臭そうだし、私は平和に平凡に暮らしたいだけなのよ! どっちもゴメンナサイ!」
どちらが相応しいとか、今の私に関係ない。というか、どっちも関わって欲しくない。面倒事に巻き込むな!!
「はぁ?!!」
「ええっ?!」
「じゃ、私に付き纏わないで下さい! 別の人を探してください! さようなら!!」
「待てっ! シャロン!」
「シャロン嬢! 待って下さい!」
殿下の側近と魔王のイケメン二人に求婚されても全く嬉しくない!!
二人が大声で話すから、野次馬も増えてきたし、逃げる一択しかないです!
二人共別の伴侶を探して下さい、お願いします!!
▽蛇足
王太子殿下とドルフ
テリーザに騙されていた事を深く反省。
テリーザがサキュバスだった事も考慮され、諸々不問に。ドルフはエメリーに誠心誠意謝罪。暫くは頭が上がらない状態になりますが、良い方向に進んで行く事でしょう。
ジェローム
シャロンにボコボコにされ、不可侵条約を結ぶ事を約束させられた。
しかし、自分を圧倒するシャロンに惚れこみ、こんな状態に。
テリーザ達魔族的には微妙な心境。
シャロンとセオドアとジェローム
諦める気配の無い二人に、自分を忘れる様に洗脳をしようかと本気で悩んだりするシャロン。
しかし、流石に人道に外れると思い止まり、頑張って逃げています。
たまにジェロームが変化の術で黒猫や黒豹になり、モフモフでシャロンを誘惑する事もあったり。
暫くドタバタは続く事でしょう。
シャロンのテレパス
接触して意識を集中すれば読めるレベル。
少し触れた位では人の心を読まない様にしています。
人の心を全部知るのはいけない事だと、制御を頑張りました。