93.山の頂から望む世界
「ひぃはぁ、ひぃはぁ。ちょ、ちょっと待って・・・」
私たちがもうすぐ山頂に差し掛かろうという頃、一足先に太陽はゆっくりと下り始めていた。
靄を抜けた辺りから周辺の様子が一変した。
木々の類は無くなり、生えている植物も丈の低いもばかりになった。
代わりに、大小様々な岩がそこら中にゴロゴロ転がっていて、山を登るというよりも岩を登っている感じになっている。
更に、登るほどに寒さと息苦しさが増していき、今では吐く息が目の前でキラキラと輝いている。
ちょっと前まで火を噴いていたっていうのに、こんなに寒くなるなんて自然ってホント分からないなぁ。
「ほら~、もう少しだから頑張って~」
私の少し先を行くミラがこっちをチラ見しながら、登れそうな場所を探している。
ミラの身体能力なら、もう少し際どい場所を登れるだろう。
しかしそうしないのは、私が登れるように先導を切ってくれているというのがよく分かる。
こういうことで足を引っ張ってしまうのは、本当に申し訳なく思う。
旅に出て体力が少しついたように思っていたけど、ミラと比べると全然及ぶところではない。
「お~?」
「何かあった?」
「うん、何にもないよ~」
「いや、そういう冗談はいいから・・・」
「ほら、リアもこっちに登って見てみなよ~」
ミラは岩の上から、楽しそうに遠くを見つめている。
何が見えているのかよく分からないけど、あんなに楽しそうにされたら何があるのか気になるじゃない!
「今そっち行くから待っててー」
ミラの所へ行くための最後の岩場は、一人で登るにはちょっと難しい形をしていた。
上から手伝ってもらわないと、うまく登れなさそうだ。
「ごめん、ミラ。ちょっと手伝ってー」
「うん、いいよ~。そこの岩場に足をかけたら、多分手が届くと思うから頑張って~」
「分かった」
言われた場所に足をかけ、体を一段持ち上げる。
ここから手を伸ばせば、ミラの手に・・・ダメだ、ちょっと届かない!
「ちょっと足りないね~」
「どうしようか?」
「ん~・・・そこから勢い付けて飛んで、私の手を掴んだら引っ張り上げる、っていうのはどうかな~?」
「それだと、ミラが危なくない?」
「リアは軽い方だから、大丈夫だと思うよ~」
「うーん、ミラがそういうならやってみようかな。じゃあ、『いち・にの・さん!』で飛ぶからお願いね」
「おっけ~」
「じゃあ行くよ?いーち、にーの・・・さんっ!」
タイミングよく足場を蹴ってミラの手に向かって飛びつくと、反動でミラの体が少しこちらに引っ張られた。
「だ、大丈夫?!」
「ん~~~、何とか~~!とりあえず、一気に引き上げるよ~~!」
「う、うん!早くお願い!」
今、私の体を支えているのはミラと繋がっているこの両手だけだ。
空中に支えも無くぶら下がっていることに、ちょっとした恐怖を感じる。
「せ~~~、のぉ~~~~で、よいしょっ!!」
掛け声と共に体が一気に引き上げられ、その反動を使って上半身だけ岩の上にしがみつき、そのままよじ登る。
「こ、怖かった~~!」
「ふぃ~っ、何とか登れたね~。ところでリア、ちょっと重くなった~?」
「そ、そんなこと無いよ!」
「ほんと~?」
「た、たぶん・・・」
そういえば、町のあちこちで食べ歩きして回ったあと、特に激しい運動をした覚えがない。
いつもよりちょ~っと体が重くなっていたような感じはしていたんだけど、もしかして・・・いや、深く考えないでおこう。
「えーと、で、ここから何が見えるんだっけー?」
バツが悪いのを誤魔化すように話を切り返す。
「もー、調子いいなぁ~。ほら、ここから見える風景だよ~」
「どれどれ~・・・」
ミラの横に立ち、同じ風景を眺める。
それは、見渡す限りの青と白の世界だった。
どこまでも続く青い空と、足元に広がる白い雲。
どうやらさっきまで靄の中を登ってきたのかと思っていたのだけど、実は雲の中だったことに気が付いた。
「わあ~~、すっごーーい!」
「でしょ~?」
「本当に何にも無いねー!」
「うん、”何も無い”がここにある!って感じだよね~」
確かにこの風景を言葉で表すとしたら、『何も無いがある』っていうのが一番しっくりくる。
比較するものの無い世界で、自分の周りだけゆっくり時間が流れているかのような錯覚に捕らわれる。
わたしたちは世界から忘れられてしまっているのではないか、とすら思えてしまう。
広すぎる世界にちっぽけな自分、か。
ふと、精霊王の言葉が思い出される。
こんなに世界は広いのに、私みたいな小さな歯車にいったい何を求めているんだろう。
―――私が何かをしたとして、どれだけ世界に影響を与えられるのだろうか?
―――私が何をしても、世界は何も変わらないんじゃないか?
―――だったら私は、この世界に必要無いんじゃないのか?
頭の中で自分の無力さを嘆く自問自答がぐるぐると渦を巻き、酷く不安な気持ちになる。
いけないとは分かっているのに、思考が止まらない。
ゴゴゴゴゴ・・・。
「な、何の音?!」
「何か向こうから来るよ~~~っ?!」
ビュ~~~~~~~!!
「わっ!」
「きゃっ!」
オロローーーン!!
「も~、今の何だったんだろう?」
「すごい風だったね~」
突然強い風が通り過ぎたかと思うと、目の前の景色が一変した。
その衝撃で雲の一部が引き裂かれ、切り取られた地上の様子が垣間見ることが出来るようになった。
一番遠くは薄っすらと白んでいてよく見えないけど、多分私たちの村がある場所だ。
拒絶の森に埋もれているけど、確かにそこに存在している。
次に見えてる平原は、きっと領主様の屋敷がある場所だ。
見えてはいないけど、今日も庭のお手入れをしているのかな?
少し右手に小さな四角いお城みたいのが見えるけど、きっとあそこはウッドストックの村だ。
村の人たちはみんな元気かな?
ここから少し向こうに見えるのは、ゴブリナさんたちが住んでいる森だ。
森の中にすっかり溶け込んでて、村はよく見えないや。
今日も畑仕事をしてるのかな?
そして一番近くに見えるのは、この山の麓にあるスウィーティアの町だ。
人の動きは分からないけど、建物の様子がよく分かる。
今の町の中心は綺麗な円形になっているのに、廃人通りのあるところは歪にはみ出ている。
まるで町の上にたんこぶが出来ているみたいだ。
いや、昔の町の中心が大きな涙を流しているっていう見方もできる。
このまま私が何もしなければ、この町は綺麗なまんまるになってしまうのだろう。
でもそれは、誰かの家や生活を犠牲にして出来た、目には見えない歪な円なのかもしれない。
そんな風になってしまうなんて、私は納得できない。
それに、ブロウさんたちや孤児院の子供たちが住んでいた場所が、この世界から消えてしまうなんてイヤだ。
帰る場所が無くなるなんて、悲劇以外の何ものでもない。
だからそうならないように、私たちが頑張らなくちゃ!
「せっかく山のてっぺんまで来たのに、何も無かったねー」
「うん。あ!」
「今度は、な・・・」
私たちの視線の先には、岩の隙間から生える赤い花があった。
花びらが羽ばたく鳥の姿をした、見たことのない植物だった。
「綺麗だけど、何て花だろうね~?」
「ちょっと待って、調べてみる」
バッグから図鑑を引っ張り出し、何の植物か調べてみる。
もしかすると、珍しい薬草ってこれのことなのかも!
「あ、あった!えーと・・・学名はオロロンギウス?一般的には”オロロン草”って名前らしいね」
「へ~、変わった名前だね~?で、珍しい薬草なの~?」
「そうみたい。だけど、この本の通りなら採ってもムダになるかも」
「そうなの~?」
「うん。効能もちゃんと書かれていないし、すぐに使わないと枯れてダメになっちゃうみたい」
「そっか~。綺麗だから持ち帰れたらいいお土産になると思ったんだけど、仕方ないね~」
「どんな薬草でも不必要な物は採らない。それがメディシア様の教えだからね」
「そうだね、薬草だって生きてるもんね~」
「そういうこと。じゃあ、日が暮れる前に山を下りよっか」
「そうしよう~」
世界はどこまでも広くて大きくて、私はちっぽけだ。
そんな私に出来ることなんて、たくさんは無い。
どんなに辛くて大変でも、とにかく今は頑張るしかない。
でも大丈夫、それはいつかきっと報われる日が来る。
だって、芽吹かない種は無いんだから―――




