86.真実へと続く落日
「あら、あなたはブレンダさんのところのリアちゃんじゃない?」
「え?この声・・・クリミナさん?!」
ランプの光に浮かび上がった顔は、間違いなくクリミナさんだった。
だけど、この人もギルド長の息がかかっているかもしれない。
念のため、警戒しておこう。
「何でこんなところに・・・って、聞くまでも無いわね」
『聞くまでも無い』っていうことは、ここに閉じ込められる理由を知っているから、ってことだよね。
やっぱりクリミナさんもギルド長の関係者なのだろう。
「・・・私をどうするつもりなの?」
「どうするって・・・リアちゃんはどうしたいの?」
「え?だって、クリミナさんは私を見張ってて、物音がしたから私を拘束に来たんじゃないんですか?」
「え、どうして?」
「違うんですか?」
「だって、リアちゃんはブレンダさんのところ・・いえ、エリスお姉様の教えを受けた人でしょ?だったら、同じエリスお姉様の信奉者同士じゃない。手を差し伸べるのは当然じゃないの!」
「いや、私はエリスさんの信奉者じゃ・・・」
「エリスお姉さまは尊いの!だ・か・ら!その教えを受けた者もまた尊いのよ!分かる?!」
「いや、まぁ・・」
会った時から残念なのは分かっていたけど、ここまでとは・・・。
人の話はほとんど聞いていないみたいだけど、とりあえず助けてくれるみたいだし、適当に話を合わせておこう。
「ええ、そうですねー」
「そうよ、そうなのよ!エリスお姉さまは、いつでも清く正しく美しいのよ!お姉さまの素晴らしさが分からない人は、地面に埋まって反省なさいっ!」
「はぁ」
「ところで・・・」
クリミナさんはランプの灯りを、右へ左へ上へと移動する。
改めて明るい光で見ると、魔法の痕跡が凄かったことを沸々と実感させられる。
「周りが凄いことになってるけど、これはリアちゃんがやったの?」
「ええと・・・たぶん?」
「何だか曖昧ねぇ?まあいいわ、ギルド長は商店の方に視察に行ってるから上には居ないわよ」
「もしかして、逃がしてくれるの?」
「リアちゃんが逃げたいと思うなら、ね」
「でも、私を逃がしたことがバレたら、クリミナさんが疑われるんじゃないの?」
「私は牢屋の管理を任されているわけじゃないし、リアちゃんが入れられたのは知らされて無いのよ。それに・・・いえ、何でもないわ」
「?」
何だろうこの感じ、最近同じようなことがあったような?
私がこの町で会った人たちは、みんな何か隠し事をしているように感じる。
きっとそれは、町の人たちに共通のことだとは思うんだけど、それを特定するには情報が足りな過ぎる。
「ここ、寒いわね。上に行きましょうか」
「あ、はい。そうですね」
クリミナさんに案内されるまま、地下室の出口へと向かう。
階段の先はかなり明るく見える。
あれからそんなに時間は経っていないのかもしれない。
階段を上がりきると、ギルドの倉庫らしき場所に出た。
日の光だと思ってものは、少し明るめのランプの光だったらしい。
「ゆっくりお茶でも・・って言いたいところだけど、それはまた今度ね。今はここから離れることを優先した方がいいわ」
「でも、町の外に出るにしても許可証が必要だし、どうしたらいいんだろう・・」
「山を目指しなさい」
「山?山ってあの火山のことですか?」
「そう、ポップ山なら許可証は必要ないわ」
「どうして?」
「あの山の周辺の森は、拒絶の森と同じように出ることは出来ないの。だから必ず町の中を通る必要があるっていうわけ」
「理由は分かりましたけど、それだと私はどこにも行けないってことですよね?」
「ええそうよ。だから取引しない?」
「取引?」
「そう、他言無用の秘密の取引よ」
この状況で取引と言われても、私に拒否権が無いのは明らかだ。
拒否すればもちろん、そのままギルド長へ引き渡されてお終い、ということになるのは間違いない。
どんなに不利な条件を突き付けられても、私にはこの話を受ける以外の方法は無い。
「・・・分かりました。で、私は何をすればいいんですか?」
「話が早くて助かるわ。あなたにお願いしたいのは、バイゼンをギルド長の座から引きずり下ろす手伝いをして欲しいの」
「えっ、それって?!」
「しっ!声が大きいですよ!」
「あ、すみません・・」
またクリミナさんの悪い冗談かと思ったけど、今度は違う。
その顔はいつものような明るい表情ではなく、黒さと赤さを混ぜたような重たいものだ。
それにしても、あれほどバイゼンさんの前では従順にしていたように見えたのに、まさか裏切るようなことを考えていたのはちょっと意外だった。
もし仮にギルド長の座から引きずり下ろしたとしても、連帯責任を負わされるだけで、クリミナさんに良いことなんて全然無いはずだ。
「でも、どうしてそんなことを?」
「・・・それはこの件が終わったら話すわ」
「分かりました。で、具体的に何をしたらいいんですか?」
「あなたにやって貰いたいことは大きく二つ。一つはカリン糖との繋がり、もう一つは前ギルド長を殺害した証拠よ」
「前ギルド長を殺害?!」
前のギルド長って、病気とか事故で亡くなったんだと思ってた。
もしそれが本当なら、バイゼンさんが前のギルド長を殺してギルドを乗っ取ったってことだよね?!
私欲のために人を殺すなんて、本当に信じられない!
「今から4年前、あの山に前ギルド長とバイゼンは一緒に登っていったわ。そして山から返ってきたのはバイゼンだけ。だから証拠も山のどこかにあるはずなのよ」
「4年前?でもそんなに経っていたら、証拠なんて消えてるんじゃないですか?」
「それでも探して欲しいの。証拠は必ずあるはずなの、いいえ、絶対なきゃだめなの!」
力強い言葉とは裏腹に、クリミナさんの体は震えている。
両手の拳を強く握りしめて、怒りとも悲しみともつかないような感情を押さえている風だった。
「でも、山で何かを見つけたとして、『ただの事故でした』っていうこともありますよね?」
「それならそれでいいわ」
「分かりました。では、この件お受けします」
「ありがとう」
「でも、いきなり山に登るにしても準備はもちろん、バッグも無いしどうしようかなぁ」
「はいこれ、あなたのバッグでしょ?」
「え、どうして分かるんですか?!」
「・・・バッグの中の魔法陣、それはかなり特殊な物よ」
「やっぱり、見る人が見ると分かるんですね」
「そうね、見る人が見れば、ね」
「?」
商人ギルドの関係者なら、誰が見ても分かるってことかな?
ブレンダさんもすぐ気づいたみたいだし、きっとそうなんだろう。
「さあ、ギルド長が戻ってくる前に行きなさい」
「はい。・・あ、でもこのまま大通りに行ったら、ばったりギルド長と鉢合わせになりそう」
「それなら、町の東から大きく回って行けば、見つかることは無いと思うわ」
「そうなんですか?」
「あと、これを被っていくといいわ」
そう言って、クリミナさんは少し薄汚れたフード付きのローブを差し出してきた。
かなり年季が入っているように見えるけど、大切にされていたのがよく分かる。
ただ、サイズはかなり大きめで、私が着るとオバケのような格好になってしまった。
「色々とありがとうございました」
「じゃあ依頼の方、よろしくお願いね」
「はい、行ってきます」
私はフードを深めに被ったままギルドを後にした。
外は日が少し落ちかけていて、日没まではあまり時間がなさそうだ。
サイズが合っていないせいか、ちょっと歩きずらい。
クリミナさんに言われた通りに、町の東からぐるりと裏通りを回る。
途中、ブカブカのフードの端から、あの孤児院と教会が見えた。
少し顔を見せていきたかったけど、今はこの町から離れることが優先だ。
私は急ぐ、山を目指して。




