84.疑惑の調査
「確か、この辺りだったよね?」
「うん。場所は合ってるはずなんだけどね~」
私たちは食堂で軽く朝食を済ませたあと、カリン糖のお菓子を売っていたお店があった場所に来ていた。
しかし、目的のお菓子屋どころかお店があった形跡すら見当たらない。
今日は偶々営業している日じゃなかった、ということもある。
そうあって欲しいという一縷の望みを込めて、周辺にいる人に聞き込みをする。
「お菓子屋?いや、そこはずっと空き店舗だよ」
「あら、カリン糖を売っているお店を探していらっしゃるの?私は知らないけど、もし見つかったら私の分も買っておいてくださらないかしら」
「わたくし、よくこのカフェにお茶を嗜みに来ますの。でも、この周辺にお菓子屋は一件もありませんことよ?」
他にも何人かに聞き込みをしたけど、結局あのお店を知っている人はいなかった。
リト君から話を聞いたとき、こうなるであろうことはある程度予測が出来ていたからだ。
『あいつら、証拠を残さないんだよ』という言葉の通り、お店はもちろん、誰の記憶にも残っていない。
「情報、途切れちゃったね~」
「うん。でも、諦めないよ」
「このまま闇雲に探しても見つからなさそうだし、どうしよっか~?」
「そうなんだよねー。次にどこにお店を出すか分かれば、手の打ちようがあるのに」
「それが分かるのは、お店を出す人か神様くらいじゃないかな~」
直接ギルド長に聞いてみるという奇策もあるけど、その後を打開できるほどの知恵も力も私たちには無い。
実行したら最後、良くて幽閉、最悪即”死”が待っているだけだ。
例え私たちが死んだとしても、『外の魔獣に襲われて死んでいたのを見つけた』と言われれば、何のお咎めも無く終わってしまうだろう。
そんなことになったら、死んでも死にきれない。
「やっぱり地道に探すしかないのかなぁ・・・」
「うーん、なんかおかしいんだよね~」
「何が?」
「お店の跡が残って無いのは上手に片付けたとして、あんなに大きな声で呼び込みしているのに、誰の記憶にも残らないなんて、変じゃないかな~?」
「確かに。だとすると、何かの薬を使ってみんなの記憶を消しているのかも」
「もしくは、その場にいたみんなを買収した、とかね~?」
「・・・えーと、それ、さっき聞き込みしてるときには分かってたりする?」
「うん。可能性としては、だけどね~」
「な、何で言ってくれなかったのー?!私たちが探し回ってるって、向こうにバレバレじゃん!!」
「んー・・でも、確信があったわけでもないし、他に方法無かったからかな~?」
「いや、そうなんだけど!」
私が考え得る限り、町のみんなが全員グル、というのは最悪のケースだ。
既に私たちは聞き込みをしてしまった。
相手にそれが筒抜けということは、遅かれ早かれ追手がやってくるということだ。
どうしよう、どうしよう?!
「でも、すぐに誰かが来ることは無いと思うよ~」
「どうして?」
「んー・・・」
ミラは少し悩んで、ちょいちょい、と手招きをした。
何か策があるのかな?
近くまで寄っていくと、小声で話しかけてきた。
(ここからは名前は出さないで話そうね)
(どうして?)
ミラは視線だけを器用に動かして、そちらを見るように促してきた。
視線の先を見ると、さっき聞き込みをした人のうちの何人かがこちらの様子を伺っていた。
どうやら、コソコソ動くには手遅れらしい。
(分かった。で、さっきのはどうして?)
(多分なんだけど、私たちはちゃんとした証拠に辿りついて無いからだと思う)
(それって、バレても大丈夫な内容だから泳がされているってこと?)
(うん)
(じゃあ、不自然じゃない行動なら相手もあまり警戒しないってこと?)
(そうなるね~)
この町で不自然じゃない行動なら、自由に行動できるってことだよね?
不自然じゃない行動、不自然じゃない行動・・・あ!
多分、ミラなら何も言わなくても察してくれそうだし、これでいってみよう!
「ねぇ、この町ってお菓子屋さんでいっぱいだよね?」
「うん、そうだね~」
「表通りにいっぱいお店があったけど、地元の人しか知らなさそうな隠れた名店もありそうだよねー?」
私の二言目で、ミラの目付きが少し変わった。
と言っても、幼馴染だから分かる程度の変化だから、誰かに見られていても気付く人はいないと思う。
それにしても、このタイミングで気付くなんて、やっぱりミラは察しがいいなぁ。
じゃあ、引き続き茶番に付き合ってもらおうかな。
「そうだね~。名店って、大抵裏通りとか、分かりにくい場所にあるよね~?」
「そうそう!だから、夕方までにどちらが珍しい物をたくさん買ってこれるか勝負しない?」
「ふっふ~、隠れ名店探しのミーちゃんに勝負を挑むなんて、あーちゃんも身の程知らずだね~。いいよ~、その勝負受けて立つよ~!」
「のぞむところだよ、ミーちゃん!」
「じゃあ、『いちにのさん!』でスタートだよ~?」
「うん!」
「いーち」
「に~の」
『さん!』
合図と共に私たちは、バラバラの方角に向かって走り出した。
少し走ったあとに周りを見てみたけど、誰かが追いかけてくるような様子は無い。
一応撒いた、ということだろうか。
今の状況でミラと別行動になったのは痛いけど、この広い町の中で探し物をするには、二手に分かれた方が効率がいいのも確かだ。
不自然じゃない程度にお店を見て回れば、相手の警戒も薄れてくれるはずだ。
それにさっきの会話と行動で、ざっくりと調べる場所と制限時間を打ち合わせをした。
メインの通りはもう見て回ってるから、ミラは北側、私は南側の裏通りを中心に調査をする。
あと、見つかっても見つからなくても、夕方までには宿屋の部屋に戻る、という感じだ。
町の広さはもちろん、人手も足りないから急がないと、あっという間に時間が来てしまう。
そうなれば、今日一日が無駄になってしまう。
「さてと、お店でも探そうかな」
私の担当する南側には、それなりに裕福な家が多く建っていた。
教会や孤児院のある方と比べて、綺麗で新しい家が多いように思える。
家の前や窓辺には、赤や黄色、紫といった色とりどりの花が飾られている。
しかし、お店らしいものは全然見当たらない。
こっちは、ハズレだったかな?
それでも何かないかと、更に奥へと向かって進む。
少し進むと向こう側から、黒いレースの日傘を差した上流階級の女性と思われる人が歩いてきた。
「こんなところで、どうしました?」
「えっと、珍しいお店が無いか見て回っていたんですけど、なかなか見つからなくて」
「そうですか。ここは町の中でも裕福な人たちが住んでいる住宅街ですから、お店はありませんよ」
「そうなんですか?」
「ええ。ところで、あなたは何のお店を探しているんですか?」
「えーと、お菓子屋さんです」
「お菓子屋さん?それならメインの通りに固まっているはずですが?」
「その、メインの通りで手に入らないような、珍しいお菓子を取り扱っているところを探しているんです」
「珍しい、ねぇ。・・・それってカリン糖のことかしら?」
「あ、知ってるんですか!それ、どこに行ったら手に入りますか?!」
目の前の女性は私の言葉に、急に目を鋭く尖らせた。
あ、あれ?
私、何か変なこと言っちゃった?
「・・・そう。アレのことを探し回っている鼠がいるって聞いてたけど、鼠じゃなくて子猫ちゃんだったのね」
「!」
もしかしてこの人、ギルド長の手の人?!
と、とにかく逃げなきゃ!
踵を返して逃げようとする私の後頭部に、鈍い衝撃が走る。
「過ぎた好奇心は猫を殺すのよ、子猫ちゃん?」
薄れゆく意識の中で、女性がそう言ったのを聞いたような気がした。
私の体と意識は、地面へと吸い込まれるように落ちていった。




