82.疑惑の砂糖
「話を始める前に聞いておきたいのですが、リアさんたちはどこまでこの町のことをご存じでしょうか?」
「最初は、お菓子がいっぱいあって賑やかな町だなーって思いました」
私は素直な感想を述べた。
初めて町に入った時は、少なくともそう思っていたのは間違い無い。
「それだけですか?」
「えーと、その・・・」
「構いません。どうぞ、素直な感想を言って下さい」
テレジアさんは覚悟を決めたような表情でこちらを見ている。
その表情の中にいつもの優しさは無い。
さっき怖い目に遭ったこと、教会や孤児院がこんなにも寂れていること、そして町の外から来た私たちに対するブロウさんの突き放すような態度。
そういうことがあった後だからか、素直に『この町はいい町ですね』とは言えない。
じゃあ、『何もありませんでした』と嘘をつけばいいか?と言われると、それも違うと思う。
それじゃあこの町の事態を遠巻きに、面白半分で眺めているだけの野次馬に他ならない。
何より、今私に向けられている視線は、『本当のことを言って欲しい』という目だ。
私たちも、この町のことに首を突っ込む覚悟をしたのだから、正直な気持ちをぶつけるべきだと思う。
「・・・さっき廃人通りっていうところで、すごい怖い思いをしました」
服の袖をめくり、さっき男の人に思いっきり掴まれたところを見せる。
腕には掴まれた場所を示すように、クッキリと青く変色しているところがあった。
それを見て、テレジアさんはハッという顔を、リト君は奥歯を噛みしめて睨みつけるような目をこちらに向けた。
二人はこの町に長く住んでいる。
『廃人通り』『怖い思いをした』という二つの言葉を出せば、必然的に何があったかを容易に理解出来るだろうと思ったからだ。
二人とも、案の定、という反応を示した。
つまり、こういうことは割と日常的に起きている、ということだ。
「リアさんたちが怖い目に遭ったのは、この町に住んでいる私たちの責任です。申し訳ありませんでした!」
「ううん、いいんです。それにテレジアさんが謝ることじゃないと思います」
「すみません・・・」
「私たちは昔何があったのか、今何が起きているのかを知りたいんです。だから少しでもいい、教えて下さい、本当のことを」
「分かりました。リアさんたちには知る権利があります。だから、ちゃんと話します」
「お願いします」
ぐぅ~~。
しっかり聞こうとお腹に力を入れた瞬間、なんとも間切れの悪い音が鳴った。
思わずお腹を両手でガードするが、無かったことにはならない。
「あ、えっと、その・・・すみません」
「ふふっ。私たちもお茶でもしながら話しましょうか」
「何だかだらしないお腹だなぁ」
「あ、あはははは・・」
今ので、いつものテレジアさんとリト君に戻ったようだ。
私は、超恥ずかしいんだけど?!
とりあえず、お茶の準備をするついでにミラを呼びに行く。
先に来ていた子たちはすでにお菓子を食べ終えて満足したのか、こっくりこっくり船を漕いでいた。
「あ、リアおかえり~」
「みんな眠そうだね?」
「うん。気持ちいい食べっぷりだったから、クココの実も出しちゃったよ~」
「そっかぁ。でも、みんないい顔してるし、問題無いよー」
「あらあら。こんなところで寝たら、体を冷やしますよ。すみません、みんなをベットに運ぶの手伝ってもらっていいですか?」
「はい」
エルダちゃんは眠そうにしていたけどなんとか起きていたので、自力で行ってもらうことにした。
私とミラとリト君は、それぞれメルルちゃん、ドグ君、ミイスちゃんを担当する。
テレジアさんは、リラちゃんとレラちゃんを脇に抱えた。
あの細腕で二人も抱えちゃうなんて凄いなぁ。
子供たちをベットに連れて行くと、気持ちいいくらいストンと寝入ってしまった。
どの寝顔も穏やかで、この町に起きている異変など無かったような気持ちにさせてくれる。
私たちはみんなを起こさないように、そっと別の場所に移動する。
それから台所に行ってお茶とお菓子を用意し、話を再開する準備が整った。
「みんな気持ちよく寝てるみたいだし、小声で始めようか」
「うん。じゃあテレジアさん、改めてお願いします」
「はい。ではまず、この町の歴史から始めましょうか」
「何だか村の勉強会を思い出すね」
「途中で寝ちゃダメだよ~?」
「うーん、自信は無いけど頑張る」
「も~、そんな自信はいらないよ~」
「なあ、本当にコイツ大丈夫か?」
「ふふ。じゃあリアさんが完全に寝てしまう前に始めましょうか。まず、この町が砂糖の生産で成り立っているというのは分かりますか?」
「はい、それは何となく分かります」
「当然だよな。そんなこと、子供でも知ってるし」
「リト、自分たちが当たり前だと思っていることが世界の常識とは限りません。相手のことを考え、必要ならば相手に合わせることも大切ですよ」
「・・・分かったよ。変な所で口を挟まないようにする」
「すみません、また話の腰を折ってしまいましたね」
「いえ、大丈夫なので続けて下さい」
「そ~そ~。悪い子は口と鼻の穴に、薬草を捻じ込んじゃうぞ~!」
「ちょ、ミラ?!」
「おい、それは止めてくれ!」
「ふふ、リトにはそれが一番効きそうですね」
「なんでアンタがそんなこと知ってるんだよ!」
「んっふふ~。さて、どうしてでしょう~?」
「くそっ、誰かがしゃべったな!おしゃべりめ!」
「ほら~、そんなことを言うと本当に薬草を捻じ込んじゃうぞ~」
「分かった!分かったから、それは止めてくれ!」
ミラはバッグから薬草をチラチラ見せ、リト君の反応を楽しんでる。
しっかし、口ならまだしも鼻の穴に薬草って、何があったのかちょっと気になる。
あとでこっそりミラに聞いてみようかな。
「で、どこまでお話しましたっけ?」
「えーと、この町が砂糖の生産で成り立っている、っていうところまでです」
「そうでしたね。他の町から多くの人がやってきて、畑を耕し砂糖を作るようになりました。中には私財を擲って越してきた人もいたそうです。では、みんなが砂糖を作るようになると、どうなると思いますか?」
「んーと、供給量が多くなるから安くなる、かな~?」
「そうです。じゃあ、砂糖を高く売るならどうしたらいいと思いますか?」
「供給量が多いなら、作る量を減らせばいいんじゃないかな」
「リアさん、残念ながらそれは間違いです。量を少なくするということは、作り手を減らすということです。全財産を注ぎ込んでいた人もいるので、簡単に畑を手放すような方はいなかったと思います」
「あ~、そっかぁ」
「どうです、ミラさんは分かりますか?」
「ん~・・・量を減らさないなら、他の人と違う物を作るとかかな~?」
「正解です。前のギルド長は、砂糖をさらに加工して付加価値を付けようと考えました」
「それって、チョコミン糖とかニキ糖のことですか?」
「そうです。元々は、薬が苦くて飲めない子供のために薬草と砂糖を混ぜたのが始まり、とも言われています」
「へぇ~。じゃあ、あのカリン糖とかも同じようなものなんですね」
「いいえ。あの砂糖は・・・カリン糖は全くの別物です」
「別物?」
「はい。あの砂糖は、別名”悪魔の砂糖”と言われています」
カリン糖が悪魔の砂糖?
聞いた通りだと、普通の砂糖より甘いのに太りにくいって話だったよね。
でも、テレジアさんが嘘を言っているようには思いえない。
・・・悪魔っていうくらいだから体に毒なんだろうけど、もう食べちゃったよ?!
「ど、ど、どうしよう、ミラ!」
「ん~、どうしようと言われても、食べちゃってるからね~」
「・・・食べてしまったのなら仕方ありません。体に何か異変はありませんか?」
「う、うーん、どうだろう?」
体に異変、か。
そういえば朝起きた時、体が妙に重かったし口の中も変だった。
それに、異常に甘い物が欲しくなった。
とりあえず、今朝感じた異常を全てテレジアさんに伝えることにした。
「倦怠感に舌の麻痺、それに甘味への異常な欲求ですか。・・・間違いありません、カリン糖を摂取した時の症状です」
「そんな!!ねぇ、私たちどうなっちゃうの?!」
「落ち着いてください、リアさん。今、その症状はありますか?」
「え?あ、うーん。特に症状は出てないけど、甘い物というか何か食べたい気分です」
「私は特に何もないよ~」
「やっぱり、私だけ症状が残ってる?!」
「多分大丈夫じゃないかな~?」
「どうしてそんなこと言えるの?!」
「だって、何か食べたいって、甘い物じゃなくてもいいってことだよね~?」
「うん、そうだけど・・」
「なら大丈夫じゃないかな~。それって、リアのお腹が空いているだけだと思うよ~」
「あ・・・」
言われて改めて気付いたけど、小腹が空いてるだけで甘い物が食べたいわけじゃない。
よく考えてみたら、今朝の朝食、いつもよりかなり軽めに食べたっけ。
なんだ、ただお腹が空いていただけか。
そいうえば、さっきのバタバタでお茶をし損ねていたっけ。
ぐぅ~~~っ。
思い出したようにお腹が鳴る。
うわっ、私超恥ずかしい!
「・・・えーと、すみません。ただお腹が空いてただけみたいでしたー」
「リアは相変わらず食いしん坊だね~」
「そういえば、お茶にするところでしたね。何かつまみながらにしましょうか」
「本当に残念なお腹だな」
みんなの言葉にぐうの音も出ない。
いや、ぐぅ~って鳴っちゃってるんだけどね。
とりあえず、お茶と非常食用のクッキーを出すことにした。
例の”ソルト&ペッパー”のクッキーだ。
軽く小腹を満たして話を再開させる。
「で、私たちは大丈夫なんですか?朝食摂ったら直ったんだけど」
「朝食は何を召し上がりましたか?」
「んーと、パンとサラダとスープかな」
「サラダに何か変ったものは入ってませんでしたか?」
「そういえば、なんか爽やかな感じがした気がする」
「どんなのか分かりますか?」
「えーと・・・あ、薬草図鑑なら載ってるかも!ちょっと待って下さい」
今朝のサラダに、見慣れないものが入っていたので、後で調べようと思っていたのだ。
確か・・・・・・あったあった!
「これです。ミンティアスって言うんですね」
「そうですか、それは運が良かったですね」
「どうしてですか?」
「ミンティアスには、僅かに解毒作用があるんです」
「そっかー、それで症状が治まったんだ」
「それに、カリン糖を大量に摂取しなかったのも良かったんだと思います。解毒しきれない量を食べていたら今頃・・・」
「今頃?」
「廃人通りの人間みたいになるところだった、っていうことだよ」
「?!」
廃人通りの人たちのあの変な感じって、カリン糖の症状だったの?!
一つ間違えば、私たちもあの人たちの仲間に・・・?
あの場面を想像すると、体中から血の気が引いていく感じがした。
「体に感じる小さな異常と甘い物への執着からはじまって、徐々に普通の砂糖では満足できないようになります。そして、カリン糖以外の砂糖を受け付けなくなり、思考も鈍くなっていきます。最終的には、あの通りの人たちみたいになってしまうんです」
「それって中毒ってこと?いったい、カリン糖って何なんですか!」
「カリン糖は、火山に生息する”カリンカリン”という魔物・・いえ、植物だから魔草と言ったらいいのでしょうか。その魔草から取れる砂糖がカリン糖なんです」
「魔物から取れる砂糖がカリン糖?!」
「はい、そうです。そしてそのカリン糖が市場に流通し始めたのが、今のギルド長になってからなんです」
「!」
あのギルド長、嫌な感じだとは思っていたけど、ここまで酷いことするなんて最低だ!
「あの悪魔の砂糖が流通してからが本当の地獄でした。今まで熱心に教会に来ていた人たちも、一人二人と減っていき、最後にはほとんどの人が来なくなりました」
「だから教会があんなに寂れていたんですね」
「はい。そしてこの孤児院は教会の寄付金の一部で成り立っています」
「巡り巡って、ってことだね~」
「なんでそんな危険な物が流通してるの?!悪いことしてるのが分かってるなら、国の役人に突き出しちゃえばいいのに!」
「それは・・・」
「証拠が無いんだよ」
「え、どういうこと?」
「言葉の通りだ。あいつら、証拠を残さないんだよ。カリン糖とギルド長、この二つだけが繋がらないんだよ!」
「・・・それって裏がある、ってことかなー?」
「そうだ。役人に金を渡しているのか、『ちゃんとした証拠が無いなら動けない』の一点張りさ!くそっ!」
リト君は悔しそうに、左手を握りしめたまま震わせている。
そのまま机をドンッと叩かないのは、寝ている兄弟たちを起こさないように気を使っているのだろう。
本当にリト君は優しい子だ。
「・・・近いうちに、教会とここを取り壊す計画が立てられています」
「えっ?!ちょっと待って、ちょっと待って!それ、どういうこと?!」
「言葉の通りだよ。俺たちの家が無くなっちまうんだ」
愕然とした。
全てが繋がっているのに、ほとんど分かっているのに、最後の一手が足りないというだけで動くことが出来ないなんて。
ギルド長が悪いことをしていて、町の人をおかしくしてしまったのは確実なのに!
それどころか、今度は身寄りの無い子供たちの居場所すら奪おうとしている。
動けないことがもどかしい、悔しい、許せない―――憎い。
感情がフツフツ、フツフツと湧いてきた。
――― 一瞬、視界の外にあった白い物が黒く染まっていくのが見えた。




