81.サンファミリア孤児院
「着いたぞ」
「ここが・・・孤児院?」
ブロウさんに連れられてきた先には、独特の趣のある一軒の家屋があった。
”独特の趣”と言えば聞こえはいいけど、実際は建物全体が今にも朽ち落ちそうなくらいのボロ屋である。
家屋の至る所には修理の跡が窺え、どう見ても隙間風がピューピュー入っていそうだ。
それでもここが孤児院であることを主張するように、建物の入り口には朧げな文字で『サンファミリア孤児院』と書かれた看板が掲げられている。
この看板が無かったら、ただの廃屋か幽霊屋敷のどちらかにしか見えない。
いずれにせよ、余程の理由が無ければ、ここに立ち入ろうとは思わないだろう。
ブロウさんから聞いた通りならば、ここにいる子たちは血の繋がりが無いにせよ、一緒に暮らしている家族のようなものだ。
私たちみたいな見ず知らずの人が、ずかずかと土足で立ち入っていい場所ではないと思い、ブロウさんが動くのを待っていた。
しかし、一向にブロウさんが建物に入る素振りを見せない。
「あれ、中に入らないの?」
「いや、俺はここで待ってる」
「どうして?」
「その・・・今の時間は、俺が入らない方がいい」
「じゃあ、私たちも入らない方がいいんじゃないの?」
「いや、お前達は女だから大丈夫だと思う」
女だから大丈夫って・・・あ!
もしかして今、子供たちを綺麗に洗っている最中とか?
確かにそれだったら、明るいうちのほうがいいもんね!
「うん、分かった。じゃあ、私たち二人で行ってきます」
「ああ、ゆっくり話してくるといい」
「また後でね~」
孤児院の扉は、外見と同じくらいに老朽化が進んでいるように見える。
これ、思いっきりノックとかしたら壊れちゃんじゃないかな?
細心の注意をして、扉を軽くコンコンとノックする。
「はーい、どちら様ですかー?」
中からテレジアさんの声がする。
ちょっと遠いのか聞こえづらいけど、あの時と同じように柔らかな優しい声だ。
「すみませーん、リアとミラですー」
「リアさんとミラさん?・・・あ、その声はウッドストックの時のお二人ですね。どうぞ中に入って下さい」
「はい、お邪魔しまーす」
扉を開けて中に入ると奥の方に、建物と似つかわしくない少し良い作りの椅子が見える。
背もたれはこちらに向いているが、その柔らかいフォルムからテレジアさんであることがすぐに分かった。
あれ、子供たちを洗ってるんじゃなかった?
じゃあ、何でブロウさんは入ってこなかったんだろう?
こちらの姿を確認するとすぐに、部屋のあちこちに居た子供たちはテレジアさんの方に集まっていった。
その中で一番大きそうな男の子が、テレジアさんの座る椅子の前に立ち、左手を横に手を広げた。
いや、テレジアさんを守るように立ち塞がっている、といった表現の方が正しいのかもしれない。
よく見ると、男の子の右手が肩のところから無く、上着の袖の部分だけがブランブランとしている。
こちらを睨むような目でじっと見つめ、その小さな体中から絞り上げたような大きな声で私たちに話しかけてきた。
「おい!お前たちは何者だ!」
「お、お前?!」
「リト、お客様に乱暴な口を利いてはいけませんよ」
「だって、また悪い奴かもしれないじゃないか!」
初対面なのに『悪い奴』って、酷い言われようじゃない?
それに、自分よりも小さな子に言われるとちょっと刺さる物があるよね。
「大丈夫ですよ。その方たちは、私の大事なお客さんですから」
「ホントに?」
「ええ、本当よ」
テレジアさんは椅子に座ったまま、その子に向かってにっこりと微笑み優しく頷いた。
リトと呼ばれた男の子は手を広げるのを止め、少しつまらなそうな目をした。
「・・・分かったよ」
「うん、リトは本当に賢くていい子ね。じゃあ、ちゃんと言う事あるでしょ?」
優しく語りかけられた言葉に少しバツの悪そうな顔をすると、今度は小声で話しかけてきた。
「その・・・悪かった」
「リ・ト?」
尚も優しく呼び掛ける声に耐えかねたのか、覚悟を決めたような表情から大きな声が飛び出してきた。
「お姉ちゃんたちのこと悪く言って、ごめんなさい!」
「はい、よくできました。やっぱりリトはいい子ね」
「あ、うん。こっちもごめんね。私たちも急に来ちゃったから、ちょっとビックリさせちゃったね」
「うん。でももし、テレジアお姉ちゃんに何か悪いことしたら、ただじゃおかないからな!」
「リト!」
「ごめんなさいね。普段は素直でいい子なんですけど」
「いえ、気にしないで下さい」
リト君はムスッとして、そのまま黙り込んでしまった。
こんなに小さいのにテレジアさんを守ろうなんて、本当に勇敢な子だ。
きっとテレジアさんが居ない時は、この子が他の子を守っているのだろう。
それにしても、テレジアさんがさっきからこちらを向いてくれないのはどうしてだろう?
何かを抱いているように見えたので、少し気になって近くに寄ってみた。
・・・・・・!!!
「お~、可愛い子だね~。・・・それに、こっちは思っていたよりも大きいね~」
「ご、ごめんなさい!出直してきます!」
「いえ、こちらこそこんな状態で申し訳ありません。でも、もうすぐお腹いっぱいになると思うので少し待ってて下さい」
「は、はい!」
ちょっとドキドキして、思わず声が裏返ってしまった。
私たちが見たのは、手に抱いた赤ちゃんにミルクを飲ませている最中のテレジアさんの姿だった。
うん、確かにこれはブロウさんには見せられない。
・・・それにしても、ミラが言う通りテレジアさんのそれは大きかった、しかもかなり。
テレジアさんって、かなり着痩せするタイプなのかもしれない。
「あの、この子ってテレジアさんの子なんですか?」
「いいえ、私に子供はいません。この子は少し前に教会の前に捨てられていた子なんです」
「えっ、捨てられてたって?!」
「あ~、もしかして急いで町に帰らないといけないって言っていたのって~」
「はい、この子のことです」
「そっかー」
「う~ん、でもミルクなんて急に出ないよね~?」
確かに言われてみればそうだ。
子供もいないのに、どうやったらミルクが出るんだろう?
「実は、ミルクをあげるのはこの子が初めてでは無いんです」
「え?」
「そこにいるミイスとドグとメルルの3人は、私のミルクで育てたんですよ。みんな、お姉ちゃんたちにご挨拶してあげて」
テレジアさんに言われ、目の前に子供たちがトテトテ~と歩いてきて背の順番に並んだ。
左にいる子から順番に挨拶をしていく。
「俺の名前は知ってるからいいだろ?」
「リトはお兄ちゃんなんだから、お手本を見せてあげないとね?」
「・・・わかったよ。俺はリトだ」
「えと、その、私はエルダって言います」
「リラはねー、リラだよー!」
「わたしは~、レラだよ~」
「えっと・・・ミイス、です」
「ドグーー!」
「めぅぅ~」
「で、今私が抱いている子がマイスです」
「私はアメリア。リアって呼んでいいよー」
「私はミラだよ~。みんなよろしくね~」
みんなちっちゃくて素直で可愛いなー。
昔は村の年下の子と触れ合う機会も多かったんだけど、ある時を境にほとんど無くなっちゃったんだよね。
こういうのって久しぶりだけど、村にいた時みたいでなんだか懐かしい。
「あ、満足したみたいですね」
テレジアさんは慣れた手つきで赤ちゃんを肩に掛けるように抱えると、背中を軽くポンポンと叩いた。
すると赤ちゃんは少し『ンッンッ』とした後、『けぷぅっ』とゲップをした。
うっ、すごい臭い!
テレジアさんは赤ちゃんの顔を確認すると、近くにあった綺麗な布を巻いて籠の中にそっと置いた。
どうやら、満足して眠ってしまったらしい。
「お待たせいたしました」
「いえ、大丈夫です」
「見ての通りでたいしたおもてなしはできませんが、ゆっくりしていてください」
「どうぞお構いなく」
「あ、そうだ~」
ミラがバッグを子供たちの目の前に見せる。
子供たちも何が始まるのか興味津々で、皆一様にバッグを見つめている。
「は~い、ここに取り出しました不思議なバッグ。中には何も入ってませ~ん!」
ミラは底の魔法陣が見えないように、バッグの中をチラチラと見せる。
何となく何をするのか分かったけど、タネを明かしてしまうと折角盛り上げた場に水を差してしまうので、黙って見ていることにした。
「表をぽんぽんっと叩くと、あら不思議!中からお菓子が出てきました~。はい拍手~!」
『わぁ~、すごーい!』
みんなパチパチと拍手をして驚いているけど、その視線の先はお菓子の方に向いている。
テレジアさんも喜んでくれたかなと思い振り向いてみると、逆に少し青ざめた表情になっていた。
あれ?
「あの、そのお菓子はどこで買いましたか?!」
「どこって、町の大きい通りの商店街からですけど?」
「お店の名前は?!」
「確か、シュガーポットって言ったかな?」
「うん、合ってるよ~」
「ほっ。それならいいんです」
お店の名前を聞いた途端、今まで青ざめていた顔に少し赤みが戻り、いつものテレジアさんに戻っていた。
どうしたんだろう?
今日はみんな、何か変だ。
「は~い、じゃあみんなで食べようか~」
『わーい!』
「ちょっと台所お借りしますね~」
「あ、お茶なら私が」
「せんせーは座って待ってて~」
「せんせー?ミラお姉ちゃんもテレジアお姉ちゃんに何か教えて貰ってるのー?」
「うん、そうだよ~」
「ホント?!ねーねー!ミラお姉ちゃんから、何を教えて貰ってるの?!」
「ん~、知りたい?」
「うん!」
「じゃあ、お茶の準備しながら話そうか~」
「うん!あ、台所はこっちだよ。案内してあげる!」
「ありがと~。じゃあ、みんなもお茶の準備手伝ってくれるかな~?」
『は~い!』
さっきまでの様子と取って代わって、急に活発に話し始めたエルダちゃん。
他の子も一緒になって、ミラに付いていってしまった。
今この場に残っているのは、私とテレジアさんとリト君だけになってしまった。
「あの、ちょっと聞きたいことが・・・」
言いかけて、チラチラとリト君の方に視線を送る。
「リトも一緒に手伝ってらっしゃい」
「俺はリアが変なことしないように見張ってるからいい」
「リト!」
「それに聞きたいことってお菓子のことだろ?俺は知ってるから構わないぞ」
どうやらリト君は、私が知っている同じ年の子とは違うみたいだ。
何があったらこんな小さな子が、ここまでしっかりしてしまうんだろうか?
「知ってるなら聞かれても大丈夫だと思います。むしろ、今は一つでも多くの情報がある方が助かります」
「・・・分かりました」
「あと、表にブロウさんがいるので一緒に話を聞ければと思っているんですが」
「それは無理だと思いますよ。あの人は他人に枷をはめるくらいなら、自分がその枷をはめるような人ですから」
確かに、ブロウさんの性格なら何を聞いても教えてくれなさそう。
なら今は、集められる情報を集めるだけだ。
「で、教えて貰えますか?」
「・・・多分これを聞くと、リアさんたちの身が危険に晒されることになるかもしれません。それでもいいのですか?」
「怖く無いと言うと嘘になるけど、何も知らないまま終わってしまうのも嫌なので」
「・・・そうですか。ちょっと話は長くなるのですが、大丈夫ですか?」
「はい」
「覚悟はあるようですね。なら話しましょう。この町に起きたこと、私が知っていることを」
「お願いします」
これからテレジアさんが話してくれるのは、この町の闇に近い部分だというのは何となく分かる。
さっき言われたように、それを聞いたらきっと途中で引き下がるのは無理だと思う。
それでも私は聞きたい。
何も知らないで終わってしまうのが一番怖いから。




