80.はなの影
「ねぇ、本当にこっちで合ってるの?」
私たちは今、ブロウさんと一緒に町の外れの方に向かって進んでいるところだ。
他の二人はというと、冒険者ギルドに残っている。
依頼が来たらすぐに取れるようにしたい、というのが理由らしい。
リースさんの方は、『えー、私も行きたーい!』と駄々をこねていたんだけど、ギーダさんに『騒がしくするとブロウの邪魔だ』と諭され、ぶーぶー言いながら渋々残った感じだったんだけど。
それにしてもこの道、広さは結構あるのに賑わいが無いというか寂れているというか、この先に教会があるとはとても思えないような雰囲気だ。
「大丈夫だ、問題無い」
「そういえば、ブロウさんたちってこの町に住んでいるんですよね?」
「そうだ」
「じゃあ、家族とかもこの町にいるんですね」
「ああ」
「ブロウさんってすごく落ち着いているけど、兄弟とかいるんですか?」
「・・・ああ、兄弟は・・多い方だ」
「そっかー、うちは一人っ子だから兄弟がいるのって賑やかそうでうらやましいなーって」
「・・・そうか、羨ましい、か。・・・そうだな、確かに賑やかではあるな」
なんだろう、今の間は?
もしかして、他の兄弟と仲が良くないのかな?
「何だか、ちょっと寂しくなってきたね~」
「うん。教会って町の中心の方にあるもだと思ってたけど、そうじゃないの?」
「・・・元々は、こっちの方が町の中心だったんだ」
「だった?」
「そうだ。数年前に商人ギルドのギルド長が変わってな、向こうの通りを中心に店を固めるようになって、こっちにあった店のほとんどは向こうに移動してしまった。そして今は見ての通り、こっちが外れのような扱いを受けている、というわけだ」
「ふーん、そうなんだ。でもそれにしても・・・」
『治安が悪そう』という言葉が出かけたけど、自分の町を悪く言われるのは嫌だろうと思い、口を噤んだ。
事実、首を垂れて地面に深く座り込み、何かを頻りに呟き続けている人たちが結構いる。
その顔は青白く、まるで魂が抜けているようにも感じた。
「治安が悪く見えるだろう?」
「あ、いや、そんなことは・・・」
「いや、別に畏まらなくてもいい。そう見えるのは事実だ」
「すみません・・・」
「ここも昔は、”花香る道”なんて呼ばれていたが、今じゃ”廃人通り”なんて名前で呼ばれている」
”廃人”という言葉を聞いたとき、確かに目の前の人たちの様子を表すのに一番合っている言葉だと感じた。
でも、お店が移動してしまったとはいえ、ここまで寂れてしまう事なんてあるのだろうか。
ちょっとやそっとでは、こんな状態になるはずがない。
他にも何か原因があるっていうことなのかな?
そんなことを考えていると、座っていた一人の男の人が私に話しかけてきた。
「なあ、そこのアンタ。何か甘いものは持ってないか?」
「甘い物?えっと確か・・・」
「おい、そいつに構うな。行くぞ」
ギラリとブロウさんの目が光り、鋭い口調で言葉が発せられた。
そんなブロウさんの言葉が耳に入っていかなかったのか、男の人は尚も言葉を続けた。
「甘いものを持っているのか?なあ、持ってるんだろ?!くれよ、よこせよぉぉぉっ!!」
「わ、わっ?!い、痛い、痛いよ!やめて、やめてって!」
「リア?!ちょっとちょっとぉ~、何してるの~っ?!」
さっきまで死人のような虚ろな目をしていたのに、今度はギラギラと獲物狙う獣のような目つきに変わって私の腕に掴みかかってきた。
がっしりと掴まれた腕に、指がギリギリと食い込んで、ものすごく痛い。
ミラが全力で止めに入っているけど、体格や性別の差なのか、全然ビクともしない。
『腕が折れちゃう!』とそう思った時、急に男の人は力無く地面へと倒れ込んだ。
その後には、剣の柄をこちらに向けたブロウさんが立っていた。
どうやらブロウさんが助けてくれたらしい。
さっきまで掴まれていた所を見ると、クッキリと指の跡が付いていた。
「リア、大丈夫?!」
「う、うん。なんとか・・・」
「何?甘い物を持っているのか?」
「何だ?甘い物があるのか?」
さっきまで地面に座り込んでいた人たちがゆっくりと立ち上がり、こちらの方を見ている。
その目はさっきの人と同じ、獣のような目つきをしている。
最初はゆっくりと、徐々に早くなっていく足取りでこちらへ向かってきた。
「甘い物・・・よこせぇっ!!」
「くれっ、くれっ、くれぇぇぇぇぇっ!!」
「ひ、ひぃぃぃぃっ?!」
「ち、面倒なことになったな。逃げるぞ、走れ!」
「う、うん!」
私たちはブロウさんに言われるまま、急いでその場を離れた。
途中まで、追い付かれそうなくらいの勢いで迫ってきていたというのに、突然操り人形の糸が切れたみたいに失速して、とうとうその場に座り込んでしまい、私たちを追うのを止めてしまった。
なんとか助かったけど、一体なんだったんだろう?
「よし、追ってきてないみたいだし大丈夫だな」
「びっくりしたね~」
「うん。ものすごく怖かったけど、あれ何なの?」
「あれは・・・いや、アメリアたちには関係の無いことだ。忘れた方がいい」
「あ・・あんな怖い目に遭ったのに、関係無いってことは無いよね?!それとも・・」
「リア!ブロウさんもきっと理由があるんだよ。だから、ね?」
私は少し寂しそうな顔をしたミラを見て、言おうと思っていた言葉を飲み込んだ。
「・・・分かった、理由は無理に聞かない。でも、私たちに出来ることがあるんだったら手伝うよ?」
「怖い目に遭わせて、本当に申し訳ないと思う。だが、あれはこの町の問題だ。だから、二人にはこれ以上首を突っ込んで欲しくは無い」
「!」
ブロウさんの突き放すような言葉に、さっき飲み込んだ言葉が再びこみ上げてくる。
立ち上がってその言葉を吐き出そうとしたが、私の腕はがっしりとミラに掴まれていて立ち上がることは出来なかった。
ミラの柔らかいのにしっかりしたその細い腕は、少し震えている。
私の事を思ってくれる大切な人のために、再び言葉を飲み込んだ。
今度はすぐに出てこないように、もっともっと、奥深くへと。
「ブロウさんの気持ちは分かったよ」
「すまない」
「でも、どうしても見過ごせなくなったら、断られても首を突っ込んじゃうかもしれないけどいいよね?」
「・・・忠告はした。己の意思で起こした行動のツケは、己自身で払う。それが冒険者という生き物だ」
「そう・・・うん、分かった」
「じゃあ、この話はおしまいだね~」
「そうだな。それに、目的地にも着いたみたいだしな」
「え?」
呼吸を整えて顔をゆっくり上げると、目の前に少し寂れた教会が立っていた。
上の方に聖母を模したステンドグラスも見えるけど、ちょうど片目の所が抜け落ちているみたいで、なんだか泣いているようにも見える。
ここ、神様じゃなくて幽霊が出そうな感じがするんだけど?
ブロウさんが扉を開けると、ギギギと少し重たい音がした。
開いた扉の奥の方に、神父姿の男の人が見える。
「すまない、テレジアはいるか?」
「おや、ブロウじゃないか。こっちにテレジアはいないよ」
「そうか。じゃあ、向こうに行ってるのか」
「向こうって?」
「おや、そちらの美人さんのお二方はどうしたんだい?」
美人って、私たちのこと?!
やっぱり見る人が見れば、それなりにいい線いってるっていうことなのかな!
と、そんなことを思って少しにやけていると、脇腹辺りを横から突かれる。
振り向くとミラが『それ、お世辞だからね~』という目でこっちを見てる。
分かってるって!
「ああ、前のクエストで一緒になった者だ」
「クエスト?ああ、洞窟調査が何とか言ってたやつか」
「そうだ。それでテレジアに挨拶に来たんだ」
「そうか、それはご足労だったね。失礼、紹介がまだだったね。私はここで神父をしているトリスタンという者だ」
「どうも、アメリアと言います」
「初めまして、ミラと申します」
「それでテレジアだったね。彼女なら今、孤児院の方に行ってるよ」
「こじいん?」
「孤児院だ。戦争や病気などで親が亡くなってしまった身寄りの無い子供たちを集め、一緒に生活する施設の事だ」
「へぇ~。ウッドストックには無かったけど、どんな感じなんだろうね?」
「うーん、家族と離れ離れになっちゃった子供だから、元気無いかもね~」
「それは大丈夫だ。みんなそれなりに明るくやっている」
「へー・・・って、詳しいんですね。もしかして、ブロウさんもよく行ってるんですか?」
「・・・たまに顔を出すくらいだ。とにかくここにテレジアは居ないみたいだし、孤児院の方に行くぞ」
ブロウさんは急に話を切り上げ、扉の方へ向かって行った。
「あ、待ってよー!」
「お二人とも」
「はい、何でしょうか?」
「ブロウはああいう性格だから勘違いされやすいが、仲間思いの優しい子だ。だからこれからも、今みたいに普通に接してもらいたい」
「うん?なんかよく分からないけど、分かりました」
「よろしく頼みます」
「はい。では失礼します」
「あなた方に神の祝福があらんことを」
祈りを捧げる神父様にペコリと一礼をし、私たちはブロウさんの後を追った。
ブロウさんとの付き合いは短いけど、仲間思いなのは分かっているつもりだ。
でも神父さんは、何であんなことを言ったのだろう?
それにあの話し方・・・何だか自分の子供のことをお願いするような感じだった。
あーもー!この町に着いてから、色んなことがスッキリしなーーい!!
何だか、壁の向こうでひそひそ話をされているみたいで、すごーーく気になるんだけど?!
でも、一人で暴走しても何も解決出来なさそうだから、とりあず今は記憶の片隅に追いやっておこう。
もしかすると、そのまま忘れちゃうかもだけど、その時はその時だよね?
それよりも、もうすぐテレジアさんに会える喜びが待っているんだから行かなくちゃ!
孤児院だっけ?
みんな明るくやってるって言ってたし、ちょっと楽しみ!




