75.途切れた道の続き
「さてと、準備はこんなものかな?」
普段着から冒険用の服に着替え、私物をバッグの中に全て入れ終わったところだ。
さっき秘宝をバッグに入れた時、魔法陣がいつもより強い光を放ってビックリしたけど、確認したらいつものようにちゃんと消えていたので問題無いと思う。
他に忘れ物が無いか、くるりと一回転して部屋の中を確認する。
簡素な窓のついた木の壁、茅葺の天井、布が下げられただけの出入口、それと床には藁と布で作られた簡素な寝床が2つ。全てがここに来た時と同じ状態だ。
まるで、最初からここに私たちがいなかったような、ちょっぴり寂しい風景。
「リアー、忘れ物は無い~?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、行こっか」
コクンと小さく頷く。
荷物を持って出入口の方に向かい、その前で立ち止まる。
くるりと振り返って、誰もいなくなった部屋の中に一つ軽くお辞儀をした。
外に出ると、目の前にゴブリナさんと村人が一人が立っていた。
「忘れ物は無いかい?」
「はい、大丈夫です」
「そうかい。いよいよ出発だね、少し寂しくなるよ」
「・・・うん、でもきっと、ううん、絶対にまた会いに来ます!」
「ふふ、じゃあまた、だね」
「うん、ゴブリナさんもお元気で!」
私とミラは、ゴブリナさんとお互いの安否を確認するように軽く抱擁する。
ゴブリナさんも『ああ、大丈夫だよ』と返すように、優しく抱きしめてくれた。
それは少し弾力のある柔らかな触感で、微かに土の香りがした。
「さあ、そろそろ行かないと、明るいうちに着かないんだろ?これを持ってお行き」
「これは?」
草で編まれた小袋の中には、ここに来た切っ掛けになったもの、クココの実がたくさん入っていた。
「これ、好きなんだろう?道中、小腹が空いた時にでも食べるといいよ」
「ありがとう!大事に食べるね!」
「大事に食べるのはいいけど、腐る前には食べておくれよ?旅の途中でお腹が痛くなったら大変だからね」
「うーん、それよりもリアが食べ過ぎでお腹が痛くなっちゃわないか心配だよ~」
「それもそうだねぇ」
「そ、そんなに食べないよっ!た、多分だけど・・・」
「じゃあ、リアが食べ過ぎないように私が管理するね~」
「それなら安心だねぇ。よろしく頼むよ」
「むぅ~~」
「ほら、不貞腐れてないで行くよ~」
「うん。あ、そうだ!」
「ん?まだ何かあるのかい?」
「森を抜けるまで、目隠しをして欲しいんです」
「何だってそんなことをするんだい?」
私たちは、ゴブリナさんたちのことを優しい人だと知っている。
だけど他の人たちは、この村ことを魔物の巣窟か何かだと勘違いするかもしれない。
この世界の薬や魔法のことは詳しく知らないけど、意思を奪われるようなことがあってこの村のことが知られてしまったら、どうなってしまうか分からない。
だから、この村への道が分からないようにしておきたいのだ。
そんな私の考えが伝わったのか、ミラも同じようにお願いをする。
「私からもお願いします!」
「・・・ふぅ。理由は聞かないけど、必要な事なんだね?」
二人で真っ直ぐとゴブリナさんの目を見つめ、大きく頷いた。
「しかし道が分からないのに、今度来る時はどうする気なんだい?」
「それは考えてあります。だって、あの木の下で木の実をたくさん食べようとしたら、また連れ去ってくれるんでしょ?」
私の答えに少しの間、ゴブリナさんは呆気に取られていたが、すぐにㇷ゚ッと噴き出して笑顔になった。
「ふふ、どこまでも食い意地の張っている子だねぇ。いいよ、また連れ去りに行ってあげるよ」
「ありがとう。じゃあ、お願いします」
私とミラに目隠しが付けられる。
私の両手はそれぞれ、案内役のゴブリとミラの手に繋がっている。
何も見えなくなったけど、繋いだ手の温もりはしっかりと感じられた。
「この子たちを森の外まで頼むよ。二人とも大事な家族だからね」
「カゾク、ダイジ!リョウカイ、ママ!」
「色々お世話になりました」
「こっちも世話になったよ」
「ゴブリナさんもお元気で~!」
「さよ・・・」
家族と言ってくれた相手に、『さよなら』なんて言うのはおかしい。
もっと、ちゃんとした言葉があるのを私は知っている。
また会う家族への別れの挨拶は―――
「行ってきます!」
「ああ、気を付けて行ってらっしゃい」
別れの言葉の余韻が残る中、手を引かれる感触がして、導かれるままに森へと入っていく。
足元からはガサガサと草を踏む音が、時折空から小鳥の鳴き声が聞こえる。
それらの音に交じって、小さく『ありがとう』と聞こえたような気がした。
それから暫くは草の音だけになり、右へ左へ真っ直ぐへ、色んな方向に足が向く。
やがて草の音が小さくなり、辺りから木々の気配が消える感じがした。
「ツいたぞ」
目隠しが外され、目の前に街道が現れる。
あの日の続きの景色だ。
「ありがとう」
そう言って振り返ると、一緒にいたゴブリの姿は見えなくなっていた。
目の前にあるのは、あの日腰かけた石とクココの木だけ。
森の中の茂みが少しガサガサっと揺れる。
「・・・マタ、な」
「うん。また、ね」
それからは何も聞こえなくなった。
全ては転寝の中で見た真昼の夢のように、ただ静かだった。
「夢・・・じゃなかったんだよね?」
「うん」
「何だか、まだ夢の中にいるみたい」
「夢だと思うんだったら・・・えいっ!」
ぽかんと開けた口の中に、何かが飛び込んでくる。
「ちょっとミラ!何す・・・」
「はい、じっくり噛んで~」
「ん、ん~?」
口の中に放り込まれたものを噛みしめると、舌の上に小さなつぶつぶが残り、特徴的な味がした。
「さっき貰ったクココの実だよ~。これが夢だったら、甘く無いよね~?」
「うん、甘いね。でも、ほんのり酸っぱい味もする」
「そこがクココの実のいいところじゃないかな~」
「そうだね。甘いだけじゃ飽きちゃうもんね」
「そ~そ~」
「ちょっと遠回りしちゃったけど、そろそろ行こうか」
「うん」
「さあ、目指すはお菓子の町スウィーティア!」
「お~~っ!」
また一つ増えた温かい思い出を胸に、私たちは次の町へと歩き始めた。




