74.記憶の晴れ間に
「母さま、今日は何を植えるの?」
「そうね~・・・昨日は料理に使うハーブを植えたし、鉢植えでユリでも育ててみましょうか」
森に囲まれ、様々な花が咲き乱れる綺麗な庭園が見える。
その花壇の一つの前で、薄緑色の服を着た綺麗な女性と白いワンピースを着た小さな女の子が、しゃがみ込んで話をしているようだ。
顔は霧が掛かっているのか、伺い知ることは出来ない。
「ねぇねぇ、それってどんな花が咲くの?」
「このくらいの大きな白い花よ」
「あたし、白い花大好き!ねぇ、今日植えたらいつ咲くの?」
「んー、今から植えるものなら夏の始めくらいかしらね~」
「えーっ、そんなにかかるのー?!」
「そうよ。それにユリってね、病気になりやすいの。だから毎日お世話してあげないといけないのよ」
「そうなんだ。じゃあ、あたしがお世話するっ!」
「ふふ、リアは本当に植物が好きなのね」
「うん!あたし、お花も母さまも大好き!」
「ありがと。じゃあ、一緒にやろっか」
「うん!」
二人の姿が遠くなり、霧が視界を真っ白に染め上げていく。
霧が晴れた瞬間、私の視界の先には茅葺の天井があった。
「・・・夢、か」
あの感じ、前に見た誰かに追われてた夢に似てたけど、今回のはすごく温かい感じがした。
『リア』って呼ばれていたけど、私の記憶には心当たりが無い風景だ。
そういえば、あの『母さま』って呼ばれていた人、なんとなく大精霊に似ていた気がする。
あと、さっきから胸が締め付けられているような、誰かが乗っているような感じがするんだけど、もしかして・・・オバケ?!
視線を天井から自分の胸の方にゆっくりと移していくと、そこには白いモフモフ毛玉、ユリが乗っていた。
「ちょっとユリ~、重いよー」
「キュイ?」
『私は重くないよっ!』っていう目でこっちを見ている・・・気がする。
半霊半獣だといっても、食べ物は食べるし、重さもあるし、毛並みはフサフサだし。
ウッドストックで見たあの赤い角のようなものも、あれから一度も見ていない。
本当にこの子は何者なんだろう?
何度考えても答えが出ないって分かってるのに、必ずこの疑問が湧いてくる。
やっぱり専門の人に見てもらわないと分からないのかなぁ・・・。
外は明るくなり始めたばかりだけれども2度寝する気も起きず、気分転換に表を歩くことにした。
ユリを抱き上げて、隣で寝ているミラを起こさないようにそっと表に出る。
外に出ると清々しい空気と共に強い光が射してきたので、思わず手をかざして目元を覆う。
かざした手の隙間から空を見上げると、雲の合間から所々に光が射しているのが見えた。
「わぁー、珍しい!天使の階段だ!」
「キュキュー!」
ユリもこの珍しい光景に、腕から乗り出して空を眺めている。
この”天使の階段”が見えると、その年は豊作・豊漁になると言い伝えられている。
なんでも、神からの使者が地上に降りて来て恵みを分け与えてくれるんだとか。
その使者の通ってきた跡が、光の射す場所だと言われている。
何だかこの村の未来も明るくなるような気がして、少し嬉しい気持ちになった。
折角なので、そのままいつもの場所をぐるーっと見て回ることにした。
まだ時間が早いせいか、村の中も静かだ。
みんなを起こさないように、静かに畑の方に向かう。
畑に着くと、畝の上に若葉が綺麗に整列していた。
収穫には早いものの、どの葉も力強く大地に根を下ろしているように見える。
これなら数日の内に、立派な作物が育つだろう。
畑の真ん中を通って全体を横目で見ながら、根荒らし小屋の方に向かう。
前は柵の近くまで行くと、ものすごい臭いがしていたのに、今はほとんど気にならない。
良かった、ちゃんとトイレは覚えてくれたようだ。
小屋を覗き込むと根荒らしたちの姿が見えなかったが、小屋の隅にある藁の上に固まって寝ているのが確認できた。
どうやら今は、お休みの時間みたいだ。
重なって数えづらいけど、ちゃんと13匹揃っている。
小屋の中には逃げ出そうとした跡も無いけど、外から食い破られた跡も無い。
森に近い草むらの中に他の根荒らしたちのものと思われる足跡が見えたが、それ以上は近寄って来ていないみたいだった。
うん、こっちの仕事もきちんとしてくれているようだ。
「さて、一通り見てきたし、そろそろ戻ろっか」
「キュッ!」
村に戻ってくると、これから畑仕事の時間らしく、村の人たちが動き出していた。
その中の一人がこちらの姿を見つけて、駆け寄ってくる。
「あ、リア!どこ行ってたの~?」
「ちょっと散歩してた」
「そうなの?起きたら隣にいないんだもん、心配しちゃったよ~」
「ごめんごめん。気持ちよさそうに寝てたから、起こさないように静かに出て行ったんだ」
「せめて書置きくらいはしていって欲しかったな~」
「うん、今度からそうする。それとね、今朝”天使の階段”が見えたんだよ」
「えーっ?!いいなぁ~、私も見たかった~っ!」
「それと畑と根荒らしの方も見てきたよ」
「そうなんだ~。で、どうだった~?」
「何も問題なかったよ。もう私たちが手伝えそうなことは無いくらい」
「そっかー・・・」
ミラは私の答えを聞いて、安心したような少しがっかりしたような表情になった。
言葉にしなくても伝わるというのは、良いことでもあり悪いことでもある。
嬉しいことも悲しいことも、全部伝わってしまうから。
「ゴブリナさんに報告しないとね」
「そうだね、色々話すこともあるもんね」
少し重い足取りのまま、私たちはゴブリナさんのところへ向かう。
家の中に入ると、いつものようにゴブリナさんの声が聞こえてきた。
「おや、今日は早起きだねぇ。食事の用意ならまだだよ」
「ゴブリナさん、大事な話があるんです」
「どうしたんだい、そんなに畏まって・・・」
私たちの真剣な目を見て、ゴブリナさんは言葉を止めた。
それからそっと目を閉じて、ため息を一つついた。
「そろそろアンタたちも旅に戻らなきゃいけないんだろ?」
私たちはその答えに無言で頷く。
「アンタたちは十分に、いや、それ以上に頑張ってくれた。もう大丈夫だよ」
「ごめんなさい、最初から最後まで勝手で・・・」
「いや、いいさ。それより、二人がどうして旅をしているか聞いてもいいかい?」
「あ、はい!実は・・・」
いつものように私たちは旅の目的を告げる。
この人には隠し事はしないとそう決めて、本当の事を打ち明けた。
ユリのこと、夢の中で聞いたあの場所を探していること。
そして精霊王のお願いのこと。
ただの村娘には重すぎるこの問題を、頭を抱えながら聞いていた。
「運命の女神様っていうのがいるとしたら、随分と残酷なことをするんだねぇ」
「そうかもしれません。でも、私は私の出来ることをやろうと思っています」
「まあ、それがリアらしくていいだろうねぇ」
「うんうん、リアらしい答えだよね~」
「すぐに発つのかい?」
「はい、今行けば明るいうちに街道に出られると思うので」
「じゃあ、ちょっとお待ち」
「?」
「付いておいで」
そう言うと、ゴブリナさんは立ち上がって私たちを手招きした。
家を出て裏の泉の横を抜け、真っ直ぐ森の奥へと入っていく。
道中、草木の中に石柱のようなものが垣間見えた。
それはまるで、神聖な場所へと続く道標のようにも感じられた。
ほどなくして森が途切れ、少し開けた場所に辿り着く。
その中央に、祠のようなものが見える。
祠の前まで来ると、ゴブリナさんは立ち止まった。
「ちょっと待ってておくれ」
「はい」
祠の中に入ってしばらくすると、手に何かを持って出てきた。
「これを持っておいき」
「これは?」
手渡されたものは、中に金色の液体が入っているガラス玉のようなものだった。
「これは”アルラの秘宝”って言って、この村の村長が代々、維持・管理をしているものだよ」
「え?!そんな大切な物、貰えないですよ!」
「いや、それはきっとリアたちに必要な物だ」
「それ、どういうことですか?」
「この村の村長は、秘宝と一緒にある伝承を受け継ぐしきたりがあるんだよ」
「伝承?」
「そう、『世界の命が消えかかる時、金の雫が命を育む』ってね。その時が来るまで、アタシたちはこの秘宝を代々守るよう任されたんだよ」
「任されたって誰に?」
「悪いねぇ、それが誰なのかは伝わってないんだよ。ただ、すごい人から貰ったっていう話だよ」
「そっかぁ、その人に会えれば何か話を聞けたのになぁ」
「それは無理だろうね。なんせ200年以上前の話だからねぇ」
「200年?!そんなに昔なんですか?!」
「ああ。貰ったのがアルラの時代らしいから、実際はそれ以上前かもしれないけどね」
「ふぇ~、そんなに昔からあるなんて想像もつかないよー。本当にそんなの貰っちゃっていいのかなぁ?」
「構わないさ。リアたちがこの村に来たのも、きっと何かの縁さね。だから持っていっておくれ」
「・・・わかりました。これは私たちが預かります。でももし使わなかったら、これは必ずここに返しに来ますから!」
「ふふ、好きにするといいよ」
「はい、そうします」
「じゃあ、村に戻ろうかね」
来た道を同じように辿って、村へと戻ってきた。
日はまだ登り切っておらず、今から準備して村を出れば、明るいうちに街道に戻れるだろう。
この村での生活ももうすぐ終わる。
旅立ちの時は、近い―――




