69.罪なき食事
「ふぇぇ~~。もうクタクタだし、お腹空いたよぉ~~」
今日は朝からずっと畑仕事だったから、体のあちこちが悲鳴が上げている。
正直、今立っているのも辛いくらいだ。
おまけにお昼は木の実を少し食べたくらいで、あとは作業の合間に飲んだ水だけだ。
お腹の虫がさっきから、『早く美味しいご飯をよこせ!』と言わんばかりにグルグル唸っている。
それでも泥だらけのままというのは嫌だったので、最後の力を振り絞って自分とユリの体を綺麗にしてきたところだ。
家の中に入ると、ゴブリナさんがテーブルに食器の準備をしていた。
並べられている食器は、ウッドストックで買った自分たち用の食器だ。
そういえば、この村に来てから一度も出していない。
「おや、お疲れさん」
「あ、おかえり~。ご飯の準備出来てるよ~」
「もう起きても大丈夫なの?」
「うん、おかげさまでバッチリだよ~」
ミラはいつものエプロンをしている。
たとえ屋外でも、料理するときには必ず着用しているものだ。
ということは、今日の夕飯はもしかしてもしかして・・・!
「ねぇ、今日のご飯ってミラが作ってるの?」
「そうだよ~。頑張っているリアに美味しいもの食べてもらおうかと思って台所借りてたの~」
「ホント?!ありがとうー!」
「アタシも何か手伝おうかと言ったんだけど、手際が良過ぎて手伝う事が無かったよ。ホント大した子だねぇ」
「うん、それにミラのご飯ってすーーっごく美味しいんだよ!・・・あ、別にゴブリナさんの料理が美味しくないって言っている訳じゃなくて・・・」
「いや、美味しくなかっただろ?あれは私たちに合わせて肉は使っていないし、味付けも素っ気ない。食事とは言っても、人が食べるものとは違うだろうからね」
「えと、その・・・ごめんなさい」
やっぱりゴブリナさんは、私たちが美味しいと思っていなかったことを分かっていたみたいだ。
どんなに上手に調理しても、旨味も塩っ気も無かったら素っ気なくなる。
ここでは必要の無いものだから、そもそもそんな調味料の類も無かったのだろう。
それでも美味しく作ろうとしていたゴブリナさんの気遣いを、私はちゃんと受け止め切れていなかったことを痛感した。
私は本当に人の気持ちが分からない愚か者だ。
「じゃあ、盛り付けていくね~」
まずはゴブリナさんの器に野菜たっぷりのスープが注がれる。
ミラのことだから、ゴブリナさんと私たちのは別に作っているのだろう。
そう思っていた矢先、同じスープを他の器にも注ぎ始めた。
あれ、味付け同じなのかなぁ?
とすると、また味の無い食事なのかー。
はぁ~、ちょっとがっかり。
「さ、どうぞ召し上がれ~」
「いただきます」
いくらミラが作ったと言っても、味付け出来ないんじゃ期待は・・・。
「え、ちょっとこれって?!」
「おや、これは美味しいねぇ」
「リア、どうかした~?」
「どうかした?じゃないよー!だってこれ・・・」
「”ちゃんと味がする”でしょ~?」
言いたいことを先に言われて、半開きの口のままこくこくと無言で頷く。
植物に塩なんて、枯らすようなものだ。
ゴブリナさんの祖先は植物の魔物だって言ってたし、何か悪い影響があるかもしれない。
しかもこれ、お肉が入ってない?
ミラはいったい何を考えてるの!
「ゴブリナさん、大丈夫ですか?」
「ん、何がだい?」
「だって・・・」
「大丈夫だよ~」
「大丈夫って・・・なんで!」
「リアが言ってたように、ミラの料理は美味しいねぇ。なのに何でそんなに怒っているんだい?」
「だって!」
声を荒げて立ち上がる私を横目に、いつもの得意げなミラの笑顔が視界に入ってきた。
ということは、この料理はゴブリナさんが食べられるような工夫がしてある、ということだ。
だったら、ちゃんと説明してもらおう。
今回はあまり乗り気はしないけども、いつものお願いするしかないかなー。
「じゃあ、教えてー、ミラせんせー」
「えー、それ棒読み過ぎない~?もうちょっとこう、”教えてっ☆ミラ先生!”みたいな感じで~」
「・・・せんせー、ご飯が冷めちゃうので手短にお願いしまーす」
「もー仕方ないなぁ。でも、温かい物は温かいうちに食べるのが礼儀だから、食べてから説明するね~」
「分かった。じゃあ食事が終わって片付けてからにしよう」
「うん、じゃあ食べよ~」
「うん、いただきます」
ミラの手料理、しかも味が付いていてお肉も入っているの!
野菜の甘さが塩味で強調され、口の中にじんわりと広がっていく。
このお肉いつもとちょっと違う感じはするけど、もにょもにょとした食感が何とも言えない。
うん、美味しい!美味しいんだけどさぁ・・・。
色々言いたいことはあるけども、結局おかわりまでしてしまった。
だってだって、美味しいんだもん!
食事が終わって片づけをし、講義の準備をする。
そういえば、この村に来て2回目かな?
「はーい、それでは食後の講義の時間で~す。お腹満足だけど、居眠りはダメですよ~?」
「この茶番、いつもやっているのかい?」
「まあ、説明が欲しい時は大体ですけど、茶番になるのはミラの趣味かなぁ」
「ほらそこ、質問があるときは手を挙げること!いいですね~?」
なんだか、今日はいつも以上にノリノリだなぁ。
こういう時は反論しても無駄だし、大人しく手を挙げよう。
「はい、ではリアさんどうぞ~」
「あのスープの塩味は何でしょうかー?」
「質問がザックリ過ぎて回答に困りますが、なぜ塩味を付けたかということでいいですか~?」
「そうでーす」
「へぇ、あれが塩味っていうのかい。でも何だか懐かしい感じがしたけどねぇ?」
「えーとですね、まずはこの辺の土の話からしましょうか~」
「せんせー、土の味じゃなくてスープの味のことなんですけどー?」
「はーい、前にも注意しましたが説明はちゃんと最後まで聞きましょうねー?」
あ、ちょっと怒ってるっぽい。
”私は無抵抗です”と知らせるのに、口を一文字にしてこくこくと頷いた。
ミラも笑顔かつ無言でこくこくと頷く。
「では続きですが、この辺の土は少し塩分を含んでいるようです」
「え、何でそんなこと分かるの?」
「土を食べてみました」
「・・・・・・冗談だよね?」
「・・・・・・」
「え、もしかして本当に食べちゃったとか?!」
「食べてないよ~?」
「じゃあさっきの間は?!」
「ちょっとした先生のお茶目でした~!はい、ドッキリ成功~!」
うーん、今のドッキリは要らなかったなー。
それにお腹が満たされた今、後ろから睡魔が着々と迫って来ている。
しかも膝の上に乗せたユリがふかふかで気持ち良く、その速度はさらに加速している。
「せんせー、体力の限界が近いので手短にお願いしまーす!」
「もー、ノリ悪いなぁ~。仕方ない、リアも疲れてるしちゃっちゃといくよ~」
「お願いしまーす」
「ここの裏に泉があったよね~?」
「うん、さっきも使ったよー」
「昨日浴びた時にちょっと口に入ったんだけど、少し塩味がしたんだよね~」
「そうなの?」
「うん。だからこの辺の土壌は少し塩分を含んでいると思うんだ」
「でもそれとゴブリナさんが塩分を摂っていいのと、どう関係あるの?」
「それはね、ゴブリナさんの祖先、アルラの時からずっとこの土地で暮らしてきたのなら、土の中の塩分も一緒に摂取していたんじゃないかと思うんだ」
「”思うんだ”って予想の範囲の話じゃないの?」
「うん、でも確信はあるよ。ほら、お湯が必要な時は泉のお湯を使っているって言ってたでしょ~?」
「ああ、毎日の料理にも使っているよ」
「で、これがそのお湯から作った塩だよ~。手に取って触ったり舐めてみて~」
ミラが差し出した小瓶には白い粉状のものが入っている。
手に取るとサラサラとしていて、いつも使っている塩と区別はつかない。
試しに舐めてみると、ただしょっぱいだけで無く、少し苦みがあるように感じる。
「どう~?」
「んー、少し苦みがあるように感じるんだけど、スープだとそこまで苦みは感じなかったなー」
「でしょ~?」
「そうなのかい?アタシは苦みなんて感じなかったけどね」
「たぶん、私たちがいつも使っている塩とは違うものだと思うんだけど、味付けには使えそうじゃない~?」
「うん、確かに」
「じゃあ味付けの方はオッケーだね~」
「味付けはね。それよりこっちの方が問題じゃないかと思うんだけど、あれってお肉だよね?」
「お肉だって?!そんなもの入れていたのかい!」
「ふ・・・」
私たちの反応を見て、ミラが不敵に笑った。
まさかあの微妙な食感の、お肉じゃないの?!
「あの茶色いの、お肉だと思った~?ざんねーん!あれはお肉じゃありませんでした~!」
「なんだ、肉じゃなかったのかい?ビックリさせないでおくれよ」
「でもあの感じ、お肉っぽかったよ?」
「ふっふっふ・・・それは、これだよ~っ!」
ミラがバッグからジャーン!と取り出したのは、乾燥した干し肉のようなものだった。
どこからどうみてもお肉っぽいけど、気のせいか油っ気が無い。
「ウッドストックのお店を見ている時に、気になって買っちゃいました第2だ~ん!これ、なんとお豆さんから作られたなんちゃってお肉なんですよ~!」
「え?これ、豆から作られているの?とてもそうは見えないんだけど」
「へぇー、今の人間の町ではこんなのが食べられているのかい?」
「原料が豆だけに、おいしー、ヘルシー、お腹に優しー!まさに女の子の味方だよね~っ!」
「これ、乾燥しているから日持ちもいいし、持ち運びに向いているかも」
「でしょでしょ~?」
「こういうものだったらアタシたちでも食べられそうだね」
「作り方は分からないけど、原料が分かっているから何とかすれば作れそうじゃない?」
「そうだね、時間はたっぷりあるしやってみようかね」
「とりあえず、これでゴブリナさんたちが食べても問題無いの分かったしスッキリしたー!」
「んっふっふ~。リア君、料理に罪は無いのだよ~?」
「うん、料理を食べるのに罪を感じていたら、美味しく頂けないもんね!」
「うーん、リアの場合は食い意地が張っていることに罪を感じて欲しいかな~?」
「そうだねぇ、リアの場合は気持ち少なめに食べる方がいいんじゃないかい?」
「もー、二人とも言いすぎー!」
『あはははは~』
こうして一緒に笑っていると、相手が人だとか魔物だとかはどうでもよくなってしまう。
他の魔物や魔獣とかも、こんな風に接することが出来るようになったらいいな。
さて、今日の見張りは村の人たちがやってくれるし、今日はゆっくり休もーっと!




