挿話『グレインフィールドの偉業』
その昔、エリクシオールの国があった場所には、入る者を惑わせると噂される樹海が広がっていた。
最初は木材の調達のために、いくつかの小さな集落がこの樹海の付近にいくつか存在していた。
しかし樹海からは時折不気味な声が聞こえたり、突然人が消えたりという事件が続き、次第に人々はこの森から離れていってしまった。
そんな中、人の集まる集落が一つだけあった。
集落に名は無く、集まった人々も他国から流れてきた者たちだった。
それは身分無く戦争に巻き込まれて住む場所を奪われた者たちだったり、身分を持って生まれるもあらぬ罪を着せられて祖国を追われりと、その理由は様々だった。
そんな生れも育ちも違う人々だったが、唯一とも言える共通点があった。
それは例外なく、誰もが魔法を使えるということだった。
火や氷を操る者、風を操る者、水を操る者、癒しの魔法を使う者、そして大地の魔法を使える者である。
人々は自分の得意な魔法を使い互いに協力しながら、日々を細々と暮らしていた。
そんな集落であったにも拘わらず、魔法を使わず暮らしている少年が居た。
少年は、大地の魔法の才を持って生まれた者だった。
しかし、大地の魔法には戦闘は勿論のこと、日々の生活にも使えるものは確認されていなかった。
それ故に少年は、森に行って薪や木の実を集めたり、家事の手伝いをやったり、時には集落中の糞尿の始末をしたりと、自分の出来ることならば何でもやった。
最初は魔法を使えないことを責めたり貶していた人々も、少年の真摯な態度を見て次第に受け入れるようになり、いつしか魔法を使えないことを悪く言う者はいなくなった。
ある時、とある研究により樹海を蝕む毒が広がり、森全体が死へと向かっていた。
人々はその毒が自分たちの集落へと流れ込んでくることを恐れ、必死で抵抗しようと様々なことを試みた。
ある者は、木々を炎で焼いて毒の進行を食い止めようとした。
またある者は、風を呼んで広がる毒を押し戻そうとした。
さらに別の者は、大量の水を呼び出して毒を洗い流そうとした。
しかしどれも一時ばかりで決定的な効果は上がらず、次第に木々も大地も毒に蝕まれていった。
成す術も無いこの状況に、人々はこの地を捨てる覚悟を決めた。
そんな時、この脅威にある人物が立ち上がった。
大地の魔法を使う少年”グレイズ”だった。
人々は皆、グレイズに期待をすることは出来なかった。
それもそのはずで、グレイズがこの村に来てから一度も魔法を使ったのを見た者がいなかったからだ。
だから、これから起こる光景を誰もが予想することは出来なかった。
グレイズが樹海の前に立ち、地に手を付けて何かを呟き始めた。
すると、まるで大地が海のようにうねりだし、樹海の構造を大きく作り変えてしまった。
毒に侵された土地は大地の深い場所へと追いやられ、地上には毒に浸食されなかった木々と大地だけが残った。
人々はこの奇跡のような偉業に歓喜し、この少年を集落の長として祀り上げることにした。
その後グレイズはさらに能力を開花させ、魔法で作り上げた広大な穀倉地帯を有する長へと育っていった。
さらにそれは集落だけに留まらず、その偉業を樹海の北にあるシルヴァリオン公国から認められ、『グレインフィールド』の名を貰い受けることになった。
これが領主グレインフィールド家の始まりの物語である。