40.ユリ
「ユリ・・・」
歪んだ世界がゆっくりと元へと戻っていく。
視界が戻った私の目に映ったのは、ユリの前で止まっている魔獣の姿だった。
魔獣の目に光は無い。どうやら絶命しているようだ。
しかし、それ以上に自分の目を疑うような光景がそこにあった。
ユリの額辺りから赤い角のようなものが生え、魔獣の口から背中に向かって伸びている。
その姿はどこかの英雄譚さながら、赤い槍を持った勇者が魔獣を貫いているようにも見えた。
「や、やったのか?」
「おい、嬢ちゃんがやったぞ!」
「まだいるかもしれないから、今のうちに門を閉めろ!」
違う、やったのは私じゃない。
私にはそんな力なんて無いもの。
「おい、今の魔法じゃないか?すごいね、アンタ実は魔法使えたんだな!」
「違う・・」
「え?だってほら、地面から赤い槍が伸びて魔獣を貫いているじゃないか」
「違うよ、それはユリだよ」
「ユリ・・・誰だそれは?」
「ほら、赤い角が出てきているところにいるじゃない!」
「・・どう見てもただの地面だぞ?」
「ギルドに行ったときに、一緒にいたでしょ?ほら、頭の上に乗っていた白いモフモフの子!」
「何を言っている、頭の上には何も乗っていなかったぞ?もしかして、まだ混乱しているのか?」
ブレンダさんには見えていない・・・?
もしかして、他のみんなにも見えてないのかな?
いや、そんなはずは無い。お父さんにもお母さんにも、それにミラにも見えていた。
私にしか見えていないなんてそんなことは無い。
だけど、ブレンダさんが嘘を言っているようには思えない。
だとしたら、どうして・・・
「まだ動けないみたいだな。エリス、済まないが手を貸してくれ。リアをギルドまで運ぶ」
「待って、ユリも連れて行って!」
「ユリって誰ですか?」
「ユリは・・って、アレ?」
体中の力が抜け、意識が遠くなっていく。
途切れる意識の中、ユリから生えた角が砕け姿が薄くなっていくのが見えた。
再び意識が戻った時には、私はギルドの仮眠室のベッドの上にいた。
どうやらブレンダさんとエリスさんがギルドまで運んでくれたようだ。
「お、気が付いたな」
「ユリは?!」
「あの後聞いて回ってみたんだが、言っていたような姿をしたヤツもユリなんて名前のヤツもどこにもいなかったぞ」
「そんな・・・」
一番頑張ったのはあの子のはずなのに、ここに連れてくることすらできなかったのかと思うと自分が情けなくなる。今からでも行って連れてこなきゃ!
まだ少し自由ではない体を気合で奮い立たせる。
「私、行かなきゃ・・あっ」
ベッドから立ち上がろうと体に力が入らず、そのまま床に崩れ落ちる。
「おい、まだ動ける状態じゃないんだから静かにしていろ!」
「だって、私が連れ帰らなきゃみんな見つけられないもん!」
「リア、もう起きたの~?」
「あ、ミラ!ユリがまだあそこに・・」
言いかけた私の声を遮って、目の前にミラの両手が差し伸ばされる。
両手の上には白いモフモフが乗っている。
「ほら、ちゃんとここにいるよ~」
「良かった・・あの場所に置き去りにされたままかと思ってたよ」
「ふむ、リアの幻覚かと思ったがミラにも見えているようだな。私たちにも分かるように説明してもらえるか?」
「あ、はい。実は・・・」
ユリとの経緯をブレンダさんとエリスさんに話す。
二人は信用しきれていないという感じであったが、とりあえず納得してはもらえたようだ。
「つまり、あの時に魔法を使ったのはユリとやらで、リアは特に何もしていないということか」
「はい。改めて他人の口から聞かされると情けない話なんですが、その通りです」
「特定の人にしか見えなくて魔法を使う、それでいて人の姿をしていないとなると・・・」
「エリスさん、何か知っているんですか?」
「ここからは憶測になってしまうんですが、それでもよろしいですか?」
「はい、かまいません」
「そうですか、それなら申し上げます。ユリさんは多分、精霊ではないかと思います」
「精霊って、昔話とかでよく出てくる光の玉みたいなアレですか?」
「はい。しかし現実の精霊使いとなると、世界中でも数えるほどしかいないとても希少な存在です」
「なるほど精霊か。それならアタシたちみたいな魔力を持っていない人間に見えなくても不思議はない。なあ、もしかして二人の両親は魔法使いだったりするのか?」
「いえ、うちの両親は普通の薬屋でそんなことは無いかと」
「私のところも普通の宿屋の親ですよ~」
「となると、何かがきっかけで魔力が宿ったということか・・・?」
「そう言われても、私たちは魔法なんて使えないですよ」
あれ、何か引っ掛かっているんだよねー。なんだっけなぁ、うーんうーん・・・
・・あ、そういえばお母さんにユリを見せた時に何か言ってた気がする。
確か、”魔力の塊”みたいなことを言っていた気がする。
それって、ユリが精霊って気づいていたってことかな?
ということは、お母さんにも魔力があったってことでは・・・?
「ん、どうした変な顔をして。何か思い当たる節でもあるのか?」
「えーと、そのー、お母さんにもユリが見えていたなーって思って」
「んー?それは初耳かな~?」
「何?!それって、リアの母が魔法使いってことか?」
ブレンダさんは私の両肩を掴んで顔をぐぐっと近づけてくる。
近い、近いよ!そして肩、肩痛いし!
「ちょ、ちょっとブレンダさん!痛い、痛いです!」
「ああ、済まない・・ちょっと取り乱してしまった。でそれは本当か?」
うう、少し肩がジンジンするよ。
こんなに気にするなんて、それほど重要な事なんだろうか。
「はい、魔力の塊がなんとかって言ってました」
「ふむ、となるとリアの母が魔法使いなら調べれば何か出てくるかもな」
「えーと・・それってどういうことですか?」
「本当に何も知らないんだな。エリス、教えてやってくれ」
「はい、では・・・」
エリスさんの話は学校の授業を聞いているみたいで、途中少し頭が痛くなってしまった。
それを見ていたミラが分かりやすく教えてくれた。
私的には”教えて!ミラ先生!”の時間だ。
魔法使いは他の職に比べてあまり多くないということ。
また、魔法使いは魔法を使う人の総称で、さらに4種類に分割されている。
それぞれ、魔術師・呪術師・癒術師・精霊術師と呼ばれている。
半分以上が魔術師なので、魔法使い=魔術師というのが一般的なイメージだ。
「ここからが重要なんですが、優秀な魔法使いをどれだけ国が保有しているかで国の強さが決まります」
「それとお母さんが魔法使いかを調べるのと、どう関係あるんですか?」
「ほとんどの魔法使いは国に登録されているんです」
「っていうことは・・調べれば魔法使いか分かるってことですね!」
「その通りです。しかし国の機密事項なので普通の人が調べることはできません」
「え、それだと調べるのは無理なんじゃ・・」
「はい、あくまでも普通の人、ならばです」
「それって例外がある、っていうことだよね~?」
「そうです。一つは国の重鎮になって管理する側になることです」
「えーと、それ絶対無理です・・」
「でしょうね。だからもう一つの方が現実的かもしれません」
なんか今、しれっと失礼なことを言われたような気がするんですけど。
エリスさんって結構キツイ性格なのかもしれない。
「もう一つの方法、それはリアさん自身が精霊術師になることです」
「私が精霊術師に・・・?」
「ユリさんが精霊であるならば、その主人であるリアさんは精霊術師として歓迎されるでしょう」
「うーん、でも私は精霊術師になりたいわけでは無いからなぁ」
「まあそんなことしなくても、直接本人から教えてもらえば必要は無いという話なんですが」
「お母さんなら絶対に教えてくれなさそうだなぁ」
「でしょうね。国絡みの魔法使いの引抜はよくある話です。家族を人質に取られて脅される可能性もあるので、家族にも秘密にするほうが普通ですね」
「じゃあ、そういう人たちって隠れ住んでいたりするんですか?」
「さぁどうでしょう?案外、普通の村人に扮して生活しているかもしれませんね」
「そんなものですかねー・・」
お母さんが魔法使い、か。
そう思っても違和感が沸かない、むしろしっくりくる気がする。
やっぱりそうなのかなぁ・・・
もし本当にユリの正体が精霊だとしたら、この前の夢が何か関係しているのかもしれない。
たしか『木々の悲鳴の近く、太陽から見放された場所』だったかな。
これに該当しそうな場所といえば、最近見つかったという伐採場付近の洞窟が一番怪しい気がする。
調査はこれからのはずだから、ダメ元で私たちも一緒に参加せてもらおう!




