39.血の咆哮
「グワァァァァァァァァッ!!」
「きたっ!」
開きかけた門の隙間から黒い塊が飛び出してくる。
それは勢いよく柵を揺らし、罠の上に落ちる。
同時に獣の叫び声は一瞬でうめき声に変わる。
「キャィィィィン!!」
「網!急いでっ!」
「ほいきたっ!」
悶える魔獣に網を掛けて動きを止める。
魔獣は尚も暴れるが、それが災いして余計に網が体に絡みつき動けなくなる。
「グルルルルルルルルッ!」
「やった、掛かった!」
「よし、全員かかれっ!!」
『うおぉぉぉぉぉーっ!!』
手にした武器を持って、一斉に魔獣へと襲い掛かる。
冒険者たちの雄叫びと魔獣の悲痛な叫び声が入り混じる。
ほどなくして、魔獣は血を流したまま動かなくなった。
町を脅かしていた魔獣が討伐された瞬間だった。
「魔獣、討取ったり!!」
『おーーーーーーーーーーっ!!』
場にいる一同は歓喜の声を上げ、勝利を確信した。
「終わった・・・んだよね?」
「うん、終わったよ~」
あれだけ町を騒がしていた魔獣なのに、こんなにあっさり終わったのか未だに信じられない。
自分の目の前のことが、夢のように感じてしまう。
「夢・・・じゃないんだよね?」
「そうだよ~。なんなら抓ってみる~?」
夢ではない。そう、これは現実なんだ。
たまたま作戦がうまくいって、一番いい終わり方をしただけなんだ。
なのに何で私は震えているんだろうか。
その疑問の答えはすぐに理解した。
門の向こうから、もう一匹の魔獣がこちらを見ている。
そう、魔獣は一匹だけではなかった。
「みんな!!逃げてーーーーーっ!!!」
「んあ?」
「グワァァァーーーッ!!」
魔獣の声が聞こえると同時に、門の一番近くにいた冒険者の体が私の横を飛んでいった。
場が一瞬静寂に包まれる。そして歓喜の声が一転、悲鳴と恐怖の声に変わる。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ!」
「二匹目なんて聞いて無いぞっ?!」
「こ、こっちにくるなぁっ!!」
「おいっ!みんな落ち着けっ!」
ブレンダさんの呼び掛けも虚しく、場は混乱を極める。
叫び声を上げて逃げ惑う人、茫然として立ち尽くす人、近寄るなと言わんばかりに闇雲に武器を振り回す人。
もう誰にも収集の付けられる状態では無い。
何とかしないと、何とかしないと、みんなが犠牲になっちゃう!
そうだ、この小瓶を投げつければ何とかっ!
「え、えいっ!」
魔獣に向かって小瓶を投げつける。
しかし震えた手で投げた小瓶は魔獣の横を掠めただけだった。
そして魔獣はこちらを、私を次の獲物と定めたようだ。
動かなきゃ・・動かなきゃ終わっちゃう!!
逃げようと背中を向けた私の後ろで、魔獣は大きく息を吸い込んだ。
「ワォォォォォォォォォン!!」
叫び声が聞こえると同時に体が動かなくなり、そのまま転がってしまった。
視線の先にはこちらに真っ直ぐと進んでくる魔獣の姿。
「おい、何してる!逃げろ嬢ちゃん!」
「り、リアっ!逃げてっ!」
ダメ、体が動かない。逃げることも出来ない、抵抗することも出来ない。
この絶望的な状況を打破する考えは浮かばない。
仮に何かあったとしても体が動かないから何も出来ない。
私が出来ることと言えば死を覚悟することくらいだ。
「キュイッ!!」
私と魔獣の間に入る白い影。
・・・ユリ?
魔獣の視線は私からユリへと移る。
「グルルルルルルル・・」
「ユリ!」
魔獣は黒い体から生える白い牙をギラリと見せつけながら、ゆっくりと速度を上げてゆく。
このままだとユリはあの光景と同じになってしまう。
――マタ、タスケラレナイノ?
・・イヤ。
涙で視界が歪んだ。
――マタ、アカクナッチャウヨ?
イヤだ。
さらに世界が歪む。
――アナタモ、アカクソマロウ?
イヤだ、イヤイヤ、イヤーーーッ!!
世界が涙で溢れて何も見えなくなった。
「いやぁーーーっ!!逃げてーーーっ!!」
「グワァァァーーーッ!!」
ザシュッ!!
次の瞬間、長い牙が体を貫いていた。