32.不安な夜
「リストにあった品物はこれで全てです」
私たちは集めた品物を納めに、商人ギルドに来ていた。
「うん、品質に多少ムラがあるが大きな問題は無いね。こんな状況なのによく頑張ったね。試験は合格だ」
「やったー!」
「やったね~」
「商人ギルドへの加入おめでとう。これで二人ともアタシたちの家族の一員だ」
「こちらこそよろしくお願いします!」
「さて、さっそくギルドの一員になったことだし、商人としての立振舞いを勉強してもらわないとな」
う、勉強は苦手だよ~。
「ほら、そう露骨に顔に出すのも直さないとダメだぞ?」
「ぜ、善処します・・」
「一緒に頑張ろう~!」
「あっはははは!アンタたちは良いコンビになりそうだな!」
ギルドへの手続きが終わった後、ブレンダさんから『商人の手引き』と書かれた本を渡され勉強することになった。
途中、本を見てても理解できない部分もあったが、ミラが丁寧に教えてくれたおかげでなんとか最後まで読み終えることができた。
よし、これから私の中ではミラ先生と呼ぼう。
結局、勉強会が終わったのは日が傾き始めた頃だった。
今日は食事を取ったら真っ直ぐ部屋に行って休もう。
「もう限界~」
「お疲れさま~」
「お、やっと終わったか。明日改めて伝えたいことがあるので、朝ここに来てくれ」
「はい、分かりました」
ギルドの外に出ると何か様子がおかしい。
門の方角から簡易の担架で誰かが運ばれてくる。
「おい、しっかりしろ!気を持て!」
「う、うぅ・・・魔獣・・」
担架に乗っていたのは体のあちこちに包帯を巻かれた男の人だった。
包帯には血が薄っすらと滲んでいる。
明らかに普通の怪我でないことが分かる。
その人には左腕と右足が無かった。
一体どうしたらこんな有様になるのだろうか。
この人、魔獣って言ってた。
もしこんなのが町の中に入ってきたらと考えてしまう。
駆け出しとは言え、冒険者がこんな風になる相手だよ?
私たちなんて抵抗も出来ないまま同じように、いやもっとひどいことになるかもしれない。
無理・・無理無理無理、絶対無理!
恐怖で声も出ず全身から血の気が引き、その場で固まってしまう。
「リア、大丈夫?顔、真っ青だよ~?」
「え、あ、うん、大丈夫。少し落ち着いた」
「本当に~?」
「うん、部屋で休めばきっと良くなると思う」
あんなのを見た後に食欲なんて沸くはずも無く、真っ直ぐ部屋へと急ぐ。
部屋に戻ったら着替えてすぐに横になった。
なかなか寝付くことが出来なかったが、少し落ち着いてウトウトしてきた。
ワォォォォォォォォォン!!
叫び声が響くと同時に意識が戻される。
魔獣の雄叫びだろうか?
ふと、夕方に見たあの光景が思い出され急に背筋が寒くなった。
「ミラ、起きてる?」
「うん、起きてる」
「今のって・・・」
「多分、魔獣だと思う」
「私、怖いな」
「私も怖いよ」
「今日、一緒に寝ていい?」
「うん、一緒に寝よ~」
一緒の布団に入ったからといって何かが変わるわけでは無いけれど、一人で寝るのは心細い。
今は少しでも誰かの温もりを感じていたい。
「何だかこういうの久しぶりだね」
「うん、小さい頃以来だね~」
「あの時は、村の外に行こうなんてこれっぽっちも思っていなかったのにね」
「だね~。ギルドにも入って、これから知らない場所に行くなんて夢みたいだよ~」
「うん、本当に夢だったら良かったのに・・」
「リア・・・」
ダメ、思考がどんどんマイナスに向かっちゃう。
こんな時だから頑張らなきゃダメなのに。
「私たちここで終わっちゃうのかな?」
今一番聞いてはいけないことだと分かってる。
でも不安に、恐怖に勝てない、抗えない!
助けて!神様!
「・・・私たちは終わらないよ」
「ミラ・・?」
「だって私たちの冒険はこれから始まるんだよ?」
ミラだって不安なんだ。
でも、どうにかして前に進もうとしている。
それなのに私は自分勝手なまま、立ち止まってしまっている。
領主様も、私たちが自分の身を守れるようにって課題を出してくれたんだ。
だけどその方法が見つからない。
「でも、私たち二人じゃどうにも出来ないよぉ・・」
「それは違うよ~?」
「・・違う?何が・・?」
「この町にいるのは、私たちだけじゃないよね~?」
私たち、だけじゃない・・・
「ギルドの人たちがいる」
「うん」
「門を守っている門番もいる」
「うんうん」
「駆け出しだけど、冒険者だっている」
「そうだよ~。それにこの町の人だっているよ~」
「私、出来るかな?」
「うん、きっと出来る。ううん、絶対何とか出来るよ~」
「やろう、みんなで!」
「モチのロンだよ~」
気が付けば恐怖も寒気も無くなっていた。
本当にミラには元気をもらってばかり。
まるで昔話で聞いた『慈愛の母』のような人だ。
覚悟はできた。
魔獣に恐れて防衛だけなんて生ぬるい!
さあ、目指すは魔獣討伐だ!