154.導く光
『わぁ・・・』
屋敷に続く小さな雑木林を抜けると、私たちの前に絵本から飛び出してきたような世界が広がった。
辺りは木漏れ日の暖かな光で満たされ、足元には色とりどりの花々が咲き乱れている。
まるで、森の一角をくり抜いて作った秘密の花園のようだ。
この場所、この時間だからこその、限られた光景なんだろう。
それにしても、ここには始めてきたはずなのに、懐かしいというか、妙に落ち着く感じがするんだよね。
うーん、何でかなぁ・・・。
「あ~、ダメだよ~」
「キユィ!」
「なにっ?!」
いつもとちょっと違うユリの声に、思考が中断する。
どうやらユリが、花を勝手に食べようとしていたみたいだ。
「もー、お花を勝手に食べちゃ・・・って、あれ?」
かなり立派な花が咲いてしまっているが、それは紛れもなく薬草だった。
ここまで育ってしまうと、葉っぱはえぐみが強いから、飲み薬としては使えない。
でも、花だけならお茶に・・・じゃなくて!
薬草が生えやすい場所というのはあるけど、基本的に強い植物だから、どこに生えていてもおかしくない。
違和感があるのは、その生え方だ。
薬草は近くに種が落ちるから、どうしても固まって生えることが多い。
が、ここの花畑の花は、どれも散らばって咲いているように見える。
どういう意図があるのかはよく分からないけど、人の手が入っているのは確かだろう。
改めて辺りにある花を注意深く観察してみると、ほとんどが薬に使える植物の花のようだった。
もしかして、ここって・・・。
「あら、早かったのね」
声のした方に振り向くと、アンジェさんの姿があった。
持っているのは水桶みたいだけど、あの刺さっているものは何だろうか?
見た感じ、陶器で出来ているみたいだけど。
「いえ、今着いたところです」
「そう。本当ならすぐに案内したいんだけど、日課の水やりが今からなの。もう少しだけ待っててくれるかしら?」
「はい、大丈夫ですよ。じゃあ、私たちは邪魔にならない場所に移動しますね」
「入口辺りなら、大丈夫だと思うわ」
「分かりました」
「それに、今日の条件なら、きっといいものが見れると思うわよ」
「いいもの?」
「まあ、それは見てからのお楽しみね」
何が起こるのかよく分からないけど、とりあえず雑木林の木陰に退避することにした。
アンジェさんは私たちが移動したのを確認すると、謎の道具を手に取り、それを花畑の方に向かって、勢いよく振り抜いた。
直後、空中がキラキラと煌めき、そのまま花畑に落ちていった。
「おおーっ!」
「わぁ~っ!」
どうやらあの謎の道具は、水を撒くためのものだったらしい。
アンジェさんは私たちの方に軽く視線を送ると、今度は場所を変えて、同じように水を撒き始めた。
水を撒くたびに光が増えていき、終には、花畑中が輝きに満ち溢れた。
「どう、気に入ってくれたかしら?」
「はい、とっても素敵でした!」
私たちの満足そうな表情を見て、アンジェさんもにこりと微笑みを返してくれる。
「じゃあ、時間も良さそうだし、中に入りましょうか」
アンジェさんが屋敷に向かって歩き出したので、私たちもそれに続いて歩き出す。
花畑の真ん中くらいに差し掛かると、急に、少し強めの風が吹き抜けていった。
夜の気配を含んだ風は、地面にあった光を巻き上げ、ふわりと目の前を通り過ぎてゆく。
一瞬、アンジェさんの後ろ姿が、光の道を進む女神様のように見えた。
その一瞬に、これから起きるであろう奇跡を、期待せずにはいられなかった。




