10.旅立ちと廻り始める世界
コンコンッ、と部屋の扉を叩く音がする。
「リア、ちょっと話があるの。居間でご飯でも食べながら話しましょうか」
「うん」
居間に着くと、お父さんはいつもの顔に戻っていた。
と言っても、基本無表情なのだが。
「いただきます」
私たちも席についてご飯を食べ始める。
いつもより空気が重たい。
その重たい空気を破ったのはお父さんの一言だった。
「昨日リアが帰ってくるちょっと前に、村の中でちょっとした諍いがあった」
冒険者同士の諍いは、割と日常茶飯事ではある。
それゆえ、村の男達の中には中級クラス以上の冒険者並みの力を持っている人もいる。
「いつもの冒険者同士の諍いかと思ったんだが、今回はちょっと違うようだ」
「いつもと違うって?」
「目的を持って何かを探しているみたいだった」
ふと昨日の夢が脳裏を横切る。
「見た目は普通の冒険者を装っているが、かなりの、それも暗殺者とかに近いヤツだ」
「暗殺者・・・」
夢の中の出来事を思い出し、顔から血の気が引いていく。
「・・・リア、思い当たる節があるんだな」
あれは夢だ。悪い夢だ。
きっと言っても、誰も信じてくれない。
「リア、昨日何か”夢”を見たのよね?」
「なんで?!あっ・・・」
夢のことは誰にも話していない。だからお母さんが知っているはずはない。
じゃあ、この人は偽物?!
「はぁ、やっぱりこういうことじゃないかと思ってたのよー」
「みたいだな」
え、なに?知っていたってこと?
「その様子だと、気付いていないみたいね。ほんと勤勉からはほど遠い子ねぇ」
そう言って置かれる小さな革の袋。
袋を開けると、少し独特の香りがする。
そのまま奥にあるものを取り出すと、香炉が入っていた。
「それはデイリンの葉。通称は『夢繋ぎの薬草』って言われているわ」
「夢繋ぎ?」
「そう、そしてお互いの繋がりが強い人ほど、より強く鮮明に同じ夢を見ることができるの」
「どうしてそんなものを私に・・・?」
「あなたが昨日連れて帰ってきたあの白い子よ」
「ユリのこと?」
「そう・・”ユリ”って言うのね。その子、”魔法の塊”みたいな感じがするのよ」
「魔法の塊?」
今日のお母さんはなんだか、いつもの別の人間みたいだ。
店でも取り扱わない薬草を持っていたり、魔法のこととか、謎なことだらけだ。
「その子のことは置いといて、夢のことを聞かせてくれる?」
「うん、わかった」
私は二人に、自分の知る限り夢の内容を伝えた。
二人は顔に手を当てて俯く。
「これはかなりデカい問題だな・・」
「そうね、どうしましょうあなた?」
「血は争えん、ということだな」
「なら、決まりでしょう?」
どんどん二人の間だけで話が進んでいっている。
おーい、誰か説明してくれー。
「リア、旅に興味はないか?」
「薬草図鑑を完成させるのにも、旅をしないといけないと思うのよ」
「私は旅に出ようかなって思っていたからいいけど、どうして?」
「うむ、世界は広いからだ」
「あなた、ざっくり過ぎでしょ!」
その後、お母さんからちゃんとした説明を受けた。
今回の旅の目的は大きく2つ。
1つ目は薬草図鑑を完成させること。
2つ目は夢の中にあった森の中の遺跡を見つけること。
二人は村のことがあるから一緒に行けないから、後で同伴者を付けるということだ。
あんまり親しくない人だったらいやだなぁ。
「じゃあ、旅立つ娘にお母さんからのお餞別よ」
そう言われて貰ったのは、どうみてもただのショルダーバッグだ。
「お母さんが昔旅をしていた時に使っていたものよ」
「こんなんじゃ全然入らないよー」
「まあまあ、とりあえず使ってごらんなさい」
最低限持っていくものだけでも、大きなリュック1つ分くらいあるのに、こんなバッグじゃ半分も入らないよ。
そう思いつつ、しぶしぶと荷物を入れた。
いや、吸われた・・?
バッグを除くと、入れたものはどこにも見当たらない。暗闇があるだけである。
「お母さん!荷物が!」
「まあまあ、取り出したいものをイメージして、バッグの中に手を入れてみなさい」
言われるまま手を入れて、さっき入れたものをイメージする。
何か手に当たる感覚、いや手に乗っかってきた?
そのまま引き出すと、さっき入れたものが出てきた。
「何これ?!」
「便利でしょうー?収納の魔法の掛かった魔法のバッグよ」
「何でこんなの持ってるの?!」
「んふふー、それはヒ・ミ・ツ♪」
「何でもはいるんだったらいっぱい持っていこう」
「それは無理よ?たくさん入るとは言っても上限はあるし、生き物は入れられないから」
「むぅ、じゃあ最低限だけにするか」
「お父さんも渡すものあるんでしょ?」
「ああ、これを持っていけ」
差し出されたのは、小さな彫刻の彫られた小ぶりのナイフと路銀の入った小袋。それに書状?
「お父さん、これは?」
「護身用のナイフと旅の資金だ」
「そっちじゃなくて、書状の方!」
「ああ、それは領主様に渡すものだ」
基本、領地内の物や人は領主様のものというのが常識である。
子供が出来たり人が亡くなったりしたときは届け出る必要がある。
当然、旅に出るときには必ずお伺いを立てなければいけない。
小さいときにあったことがあるらしいが、全く記憶にない。
怖い人じゃないといいなぁ。
「先に村の入り口で待ってろ、同伴者を連れてくる」
「うん、わかった先に行ってる」
村の入り口は一つしかない。
つまりこの村は街道の端っこにあり、まわりは深い樹海に囲まれている。
村の入り口から少し曲がりくねった街道の先に領主様の屋敷が見える。
私いよいよ旅に出るんだ。
ちょっと緊張してきた。
「待たせたなリア」
「お父さん!」
「やっほ~~」
お父さんの陰から出てくる聞きなれた声の主、ミラだ。
その声に惹かれるように、フィッと腕の中から出てくるユリ。
「ああ、この子がユリちゃんね?ミラだよ~、よろしく~」
「キュィッ」
「同伴者ってミラだったんだ。だったら安心だね!でも、宿の方は大丈夫なの?」
「うん、そこはちゃんと手を打ってきたよ~~」
さすがに、ぬかりなし。できる子ミラちゃんだ。
「ほんとに見送りしかできなくでごめんね?リアのことよろしく、ミラちゃん」
「はい、まかされました~」
「体に気を付けるんだぞ」
「お父さんもね。じゃあ行こうか、ミラ」
「うん、行こうリア」
「いってきまーす」
こうして私たちは旅に出ることになった。
見たことのない薬草を求めて世界へ!
そして、あの奇妙な夢の場所を探しに!
先ず目指すは、領主様の屋敷だ!
ここまで読んでくださった読者の方々ありがとうございます。
とりあえず、今回で一区切りな感じです。
彼女たちの旅はまだ続きますので、引き続ぎご愛読いただければ幸いです。




