144.星屑を探して 後編
「・・・ということがありまして」
私はテレジアさんに、これまでの経緯を伝えた。
これから向かう場所のことや王様から出された条件、それにカエデさんのこと。
伝えられることは、嘘偽りなく全て話した。
ただ世界樹のことについては確信の持てる情報が多く無かったので、それとない感じに伝えた。
「なるほど、事情は分かりました。そういうことであれば、みんなも納得してくれるでしょう。今持ってきますので、少々お待ちください」
「ありがとうございます」
テレジアさんは席を立つと、部屋の外へと消えていった。
「良かったね、ステラニウムを分けてくれるって」
「ああ、これでようやく自分の刀を作ることが出来る。本当にリア殿とミラ殿には感謝の言葉しかない」
「ううん、私たちもこれからお世話になるんだからお互い様だよ」
「そうであったな。護衛はキッチリこなすから、大船に乗った気持ちで任せてくれ」
「うん、頼りにしてるよ」
さて、カエデさんの依頼はこれで終わりだけど、私たちの目的が達成されたわけじゃない。
これから向かうベレス山は、ここの山よりも高いと聞いている。
強い魔獣はカエデさんが何とかしてくれても、他のことまで全部カエデさん任せという訳にはいかないだろう。
食料とか寒さ対策とか、私たちの方でも色々準備することはたくさんある。
「じゃあ次は、これからのことを決めないとだね~」
「うん。カエデさんは刀を作ってもらうのに、一度国に帰るんだよね?」
「うむ」
「なら、私たちが付いて行った方が時間の無駄が無くていいんじゃない?」
「うん、その方がいいかもね~」
「島国って言ってたから、きっと船に乗るんだよね?私、海を見るのも船に乗るのも初めてだよ」
「うん、私も初めてだよ~」
国の外に行くなんて初めてのことだから、冒険者じゃなくても心惹かれるものがたくさんある。
初めて見る景色に珍しい薬草、それにまだ見ぬ美味しい料理の数々!
そうだ!せっかくなら前にギルさんが言っていた”ダンゴ”っていうお菓子も食べてみたいな。
うう~ん、出発する前からこんなにワクワクしてたら、今夜しっかり寝られるか心配だよ~。
「あー、二人で盛り上がっている所悪いのだが、国には拙一人で行こうと思っている」
「ええっ!?」
「北の大雪原は見通しが良くて隠れられる場所が無い上に足場も悪い。拙一人で二人を守るのはちょっと厳しいのだ」
「う~ん、じゃあ仕方が無いね~」
「うぅ、せっかくダンゴが食べられると思ったのに~」
「何だ、リア殿は団子が食いたかったのか?それだったら戻ってくる時にでも買ってこよう」
「えっ、ホント!?やったー!」
「しーっ、しーっ!子供たちが起きちゃうよ~」
「あっ・・ゴメン、つい嬉しくて」
「ははっ、これはうっかりでも買い忘れたら大変なことになりそうだな」
「あら、何だか賑やかそうですね?」
どうやら話に夢中になってて、テレジアさんが戻って来たことに気が付かなかったみたいだ。
「ごめんなさい、これからのことを話してたらちょっと気合が入っちゃって」
「そうそう、『団子パワー全開!』ってね~」
「団子・・・ですか?」
「あ、いえ、こちらの話ですから!あはは・・・」
「そうですか?そう言えばリアさんたち、ウッドストックの北に行くんですよね?」
「はい」
「でしたら、ちょっと注意された方がいいかもしれません」
「何かあったんですか?」
「実は少し前からギルドの方に、ウッドストックの北で竜を見たという噂が流れているんです」
「り・・竜!?」
私たちの行先に竜なんて、噂にしてはあまりに冗談が過ぎる話だ。
普通の冒険者だって出会ったら全滅覚悟なのに、私たちだけでどうこう出来るような相手じゃない。
でもテレジアさんが冗談で言っているのでは無いのは、その不安そうな表情からも見て取れる。
「その噂って本当なのかな~?」
「断言は出来ませんが、ただの噂という訳でもなさそうなんです」
「ふむ・・・相手が竜ならば、ギルドに依頼が入っているのかもしれんな」
「ええ、今ブロウたちが居ないのも、その噂の調査に行っているからなんです」
「そっか、それでブロウさんたち居なかったんだね」
「でもどうしよっか~?移動するにしても、ウッドストックまでしか行けないよ~」
「うん。せっかくステラニウムが手に入ったのに、これじゃあカエデさんの誕生日に間に合わなくなっちゃうよ」
あーあ、せっかくここまで何とか上手くいっていたのに、こんな形で足止めされるなんて思わなかったなぁ。
カエデさんも残念に思ってるのか、黙り込んじゃった。
さて、本当にこれからどうしようかなぁ・・・。
「・・・ふむ、覚悟を決めるか」
「カエデさん?」
「これからのことなのだが、拙は予定通りで行こうと思っている」
「ええっ、本気なの!?行く先に竜がいるかもしれないんだよ!?」
「そうだよ~、今行くのは危ないよ~!」
「お二方の意見も最もなのだが、ちょっと気になることがあってな。テレジア殿、一つ質問を良いか?」
「ええ、私で分かる事なら」
「それで構わない、足りない情報はこちらで集めるゆえ。では早速質問なのだが、今回の件で何か被害は出ているか?」
「いいえ、数名の冒険者が見たと言うだけで、実害は何も出ていません」
「そうか。ならば拙らが通り抜けたところで、何も問題は無いだろう」
「どうしてそう言い切れるんですか?相手は竜なんですよ」
「ふむ、見識の違いというものか。質問を質問で返すのも無粋と思うが、皆は竜というものをどういうものと捉えている?」
どういうものと言われても、実際に見たことがある訳じゃないから答えるのが難しいなぁ。
でも、昔読んでもらった本に書いてあったものならちょっと思い出せそう。
えーっと確か・・・
「大きくて強い生き物かな」
「うむ、それから?」
「物語だと、空を飛んだりお姫様をさらったりもするんだよね~」
「その上、村や町を焼いたり、討伐に来た冒険者を返り討ちにするんだけど、最後は騎士の剣で倒されちゃうんだよね。えーっとあの本、何て名前だったかなぁ?」
「”黒い竜と騎士の伝説”ですね。よく子供たちに読み聞かせますが、特にリトが好きな本です」
「そうそう、確かそんな名前だった。竜ってちょっと怖いよねー」
「それが拙の言う見識の違いというものだ」
「違うの?」
「拙の国では竜は神の使いとして崇められている」
「そうなんだ~」
「実際竜は人間以上の賢さがあり、無暗に集落を襲うことはもちろん、人前に姿を晒すのも珍しいことなのだ」
「へぇー、知らなかった」
「だからこちらから危害を加えぬ限り、突然襲われるようなことはほとんど無いのだ」
「そっか、じゃあ私たちが通っても大丈夫なんだね」
「でも、ほとんどってことは例外もあるってことだよね~?」
「うむ。自分の縄張りを荒らされたり子供を守ろうと気が立っている時は、こちらから手を出さなくても襲われることがあると言われている」
「あー、それは何となく分かるなぁ」
人が嫌だと思うことは、自分がされても嫌なことだもんね。
竜は大きくて怖い生き物って印象だったけど、ちょっと親近感が湧いてきたよ。
「じゃあ出発は予定通りに明日でいいのかな?」
「うむ、出来れば夜明けとともに出発するのが一番いいのだが」
「なら今日は宿屋で泊った方がいいかもね。あ、でも今からだと部屋取れるかなぁ?」
「あの、良かったら泊っていきませんか?」
「いいんですか?」
「はい。それに北に向かうなら、ミラさんに教えておきたいことがあるので」
「わぁ~、久しぶりのせんせーの授業だ~!ちょっと楽しみ~」
「そういうことならお言葉に甘えようかな」
「うむ、夕飯だけで無く床まで用意して頂けるとは真にかたじけない」
「では、空いている部屋にご案内しますね」
案内された部屋には、少し懐かしい匂いが残っていた。
聞くと、ブロウさんたちが普段使いしている部屋らしい。
ミラはテレジアさんの所で寝るからと、私とカエデさんは部屋で先に休むことにした。
私はまだ見ぬ土地に思いを馳せて眠りに落ちる。
そして、夜が明けた。




