139.誰が為に旅へ出る
「師匠、私やっぱり旅を続けようと思います」
「そうか・・残念だが仕方が無いな」
私の出した答えに、師匠は少し肩を落とした。
師匠がここに残るという選択肢をくれた時、私自身もそうしたいと願っていた。
ここにはたくさんの薬草もあるし、色々なことを試せる場所もある。
それに、師匠の研究記録や関係する書物を見ているのがとても楽しい。
村にいた時には、自分がこんなに書物を読むようになるなんてとても考えられなかったことだ。
あとこれは師匠の意図なのか偶々なのかは分からないけども、ここに来る前よりも体力が付いたように思う。
師匠から任された麦の畑の場所は、実は小屋から一番遠い畑だったりする。
最初は片道だけでも息が切れ切れだったのが、今では荷物を持って往復しても、『ちょっと疲れたなぁ』くらいにしか思わなくなっている。
私を生んで大きく育ててくれたのはお父さんとお母さんだけど、私を強く育ててくれたのは師匠だ。
だからこそ、師匠には何か恩返しをしたい。
でも、今の私には師匠の為になるような知識も技術も持って無い。
だからきっと、私に出来ることはこのくらいしかないだろう。
「それで師匠、私の旅の目的って前に話しましたよね?」
「ああ、確か精霊王の望みと図鑑を完成させる為と言っていたな」
「はい。だから私、色んな所に行くことになると思うんです」
「・・・リア、回りくどい言い方はしなくてもよい。何をしようとしている?」
「私の旅の目的に、師匠との研究を加えたいと思ってます・・・って、ちょっと迷惑でしたか?」
「いや、かまわん。しかし、ふふっ・・」
師匠が何かを思い出し笑いしたように、顔を隠して笑っている。
・・・もしかして私、また変なこと言っちゃったのかなぁ?
「えっと、私何か変なこと言いましたか?」
「いや知り合いにな、やりたいことを思いついたら全部やらないと気が済まないという奴がいたのを思い出してな」
「へぇー、そうなんですか?」
「ああ」
「ちなみに、その人ってどうなったんですか?」
「全部やり終えてしまったよ。まあ、アレの巻き添えを食った奴らはとんだ災難だっただろうな」
「災難って・・」
「儂は遠目に見ていただけだが、あれは本当に嵐に巻き込まれたような多忙ぶりだったな」
師匠にそこまで言わせるなんて、相当すごいひとなんだろうな。
でもちゃんとやり終えたって言うんだから、そこは見習わないとね。
よーし、私も全部やり終えられるように頑張るぞー!
「そう言えばリア、お前はルクス王から精霊王の望みの話は聞いたことがあるか?」
「世界の歯車になれっていう話ですよね?」
「ふむ。だが、それは話の一部だな」
「一部・・ですか?」
「その様子だとルクス王が精霊王から何を依頼されたのか、聞かされていないようだな」
それって、精霊王の話には続きがあるっていうこと?
私はてっきり同じことを言われたんだろうなぁって思っていたけど、そうじゃなかったんだ。
もしかすると私が選ばれた理由も、そこにあるのかもしれない。
「それ、聞かせてもらえますか?」
「無論だ」
「リア~、片付け終わったよ~・・・って、お邪魔だったかな~?」
台所から、片付けを終えたミラが戻って来た。
「いやかまわん。そっちの嬢ちゃんも知っていることならば、一緒に聞いてもらった方が良いだろう」
「そうだね。ミラにも話してあることだし、一緒に聞いてもらいたいな」
「ん~・・よく分からないけど、私にも関係ある話みたいだね~」
ミラは前掛けを外してきれいにたたんだ後、膝の上に大事そうに抱えながら座った。
「さて、話の続きをするとしよう。まずはリア、お前が精霊王から言われたことを教えてくれ」
「ええと、私が言われたのは・・・」
私は、あの洞窟であったことを師匠に話した。
しかし話をしているうちに、私の中にある疑問が湧いてきた。
それは、あの時精霊王が言っていた『世界が歪み始めている』という言葉だ。
ここまで旅していたけども、そういうものはどこにも見当たらなかった。
魔獣の件はあったけど、世界が歪んでいるというほどのものでは無い気がする。
もしかして、精霊王は嘘をついている?
いや、嘘をつくにしても何か目的があるんだろうし、あんな中途半端な指示じゃ思った結果なんて得られないことは、私にだってわかることだ。
じゃあ精霊王は、私に何をさせたいのだろうか?
「なるほど、ルクス王から聞いた時より、かなり断片的な話になっているな」
「うん、世界が歪んでいるって言ってたみたいだけどそんな場所は見当たらなかったし、勘違いじゃないかなぁ」
「いや、その話はある意味正しい」
「え?」
「少し昔話をしようか」
師匠は目を閉じて頬杖をつきながら、静かに語りだした。
それはかつてこの地で起きた災厄と、その災厄を退けたある少年の話だった。
師匠は災厄の名前は出さなかったけど、たぶんネオエリクシルの事件が関係しているのだと思う。
もしその災厄が精霊王の言っている”歪み”だとすると、すでに解決されてるってことなんじゃないだろうか?
「・・・と、これがグレインフィールドの偉業と呼ばれるものだ」
「グレイン・・って、もしかしてその話に出てくる少年って!」
「うむ、この話はルクス王の祖、初代グレインフィールドの物語だ」
「おぉ~、王様の先祖ってすごい人だったんだね~」
初めて聞いた話だけど、王様のご先祖様ってものすごい人だったんだね。
でも、それ以上に気になったこともある。
王様のご先祖様が、大地の魔法使いだったということだ。
もしかすると、お城の中にその人が残したすっごい魔法書が眠ってたりして!
「そうだな。そして魔法の特性はグレインフィールド家に代々受け継がれていて、ルクス王もまた大地の魔法の才能を持っている」
「えっ、それ本当なの!?」
「ああ、今でも土地の状態が良くない場所があると、王が直接出向いて調整していると聞いているぞ」
「へぇ~。じゃあ今度会った時にでも、何か魔法を教えてもらおうかなぁ」
「言っておくが、戦闘に使えそうな魔法を持っているという話は聞いたことが無いからな」
「へ?」
「現在分かっている大地の魔法には、攻撃や防御に使えるようなものは無いというのが一般常識だ。ま、落とし穴を作る程度のものはあるかもしれんがな」
ちょ、ちょっとちょっとー、何その地味な魔法は!?
落とし穴くらいなら、普通の人だって作れちゃうよね?
もっとこう、大地がドッカーンって爆発しちゃうような派手ですごいのって無いのっ!?
「はぁ、何か一気にやる気が無くなってきたなぁ」
「まあまあ~、きっとどこかにすごいのがある・・かもしれないし~、無いかもしれないし~」
「ミラ、そこは言い切って!?」
「え~、だってあるかどうかなんて分からないし~、断定して無かったらもっと残念でしょ~?」
「うぅ、そうなんだけどさぁ」
「それにほら~、前にリアが使った岩を砕く魔法だっけ~?もしかするとああいうのが、どこかの遺跡の宝箱の中に眠ってたりするかもよ~?」
「んー、そう言われると何だか少し希望が見えてきたような。・・うん、きっとどこかにあるよねっ!」
「リア、が~んば~!」
「よーし、頑張るぞー!」
こうして私たちの旅は―――
「納得が出来たようなら、話を戻すとしよう」
「あ・・そうでした」
そう言えば、まだ話の途中だった。
「さて、精霊王がルクス王に何を依頼したかだったな」
「はい」
「掻い摘んで話せば、とあるものを復活させるというものだ」
「とあるもの?」
「それは、世界樹の一つ”ユグドラシル”だ」
「世界樹・・・って、あのどんな病気にでも効くっていうすごい葉っぱの!?」
「そうだ、その世界樹だ」
私はその名前に驚きを隠せ無かった。
そして半ば無意識に、そのままミラの方へと視線を移した。
ミラの表情はいつものような明るさのある笑顔では無く、真剣に何かを願う少女の顔に変わっていた。
「・・・それ、本当の話なんですか?」
「ああ、本当の話だ」
「どんな病気にでも効くっていうのは、本当なんですか?」
「・・・それは保証できない」
「理由を、聞いても、いいですか?」
ミラは何かを堪えるように、小さく震えている。
私はその理由を知っているけど、師匠はミラのお母さんのことを知らない。
だからこそ、知識上のことを淡々と語っているだけなのだろう。
嘘でもいいから師匠には肯定して欲しかったけど、それは師匠自身が許さないことだろうというのも分かっている。
「・・・文献上にその存在は書かれている。だがしかし、その現物を見た者がいないからだ」
「・・・・・・・・・そう、ですか。・・・分かりました」
「済まない、要らない希望を持たせてしまったようだな」
「いいえ、いいんです」
ミラは再び仮面を被ったように、いつもの笑顔に戻っていた。
私はそれを見て、もっと人の心に寄り添ってと言わんばかりに膨れっ面になり、そのまま師匠を睨みつけた。
すると、それに気付いた師匠が見えないように息を小さく吐いて、言葉を続けた。
「しかし誰も現物を見たことが無いのならば、その効果もまた未知数だ。希望を全て捨てる必要も無かろう」
完璧とは言えないけど、師匠なりに気遣ってくれたんだろうという気持ちは伝わってきた。
その証拠に、ミラの表情が少しだけ柔らかくなったように見える。
「だってさ、ミラ?」
「うん、希望まで捨てる必要なんか無いんだよね」
「そうそう!だからミラも、私と一緒に旅をしよう、ね?」
「うん!これからもよろしくね」
「こちらこそよろしく!」
最初は、私自身のために始めた旅だったけど、今はもう私だけの旅じゃない。
ユリのため、世界のため、友達のため、そしてこれから増えていくかもしれない誰かのために。
私はただ真っ直ぐに、みんなの想いを連れて進んでいくんだ。
どこまでも、どこまでも、道の続く限りどこまでも―――




