130.師匠と私と美味しい野望と その1
「ひぃ、はぁ、ま・・待って、ししょぉ~~~」
今日は弟子入り生活の初日、私は朝から師匠にくっついて丘中の畑を回っている。
ギルさんはというと、用事があるからと今朝早くに町に帰ったらしい。
本当はきちんと挨拶したかったんだけど、私があんまり気持ちよさそうに寝てるものだから、起こさないようにしてくれたと、師匠から教えてもらった。
とまあ過ぎたことを悔やんでも仕方が無いので、今度会った時にちゃんとお礼をしようと思う。
で、話は戻るんだけど、私は師匠の言う”畑”というものを勘違いしていた。
”畑”って言われたら普通、耕されたものか花壇のようなものを想像するよね?
だけど最初の”畑”を見た時に、その想像は粉々に砕け散ることになった。
師匠の言う”畑”は、そこら中にある草むらやら木々のことだった。
つまり、この丘中の緑のほぼ全てが”畑”であるということだ。
その証拠に、畑のある場所には番号の書かれた札が付けられている。
ちなみに、昨日のベルベリーの生えている場所は13番の畑らしいので、全部でどのくらいの畑があるのかはあまり想像したくない。
はぁ、もうあんなにお日様が高いところにいるのにまだ半分も回ってないなんて、気が遠くなりそうだよぉ~~~!
「なんだ、もうへばったのか?若いのにだらしがない」
「そ、そんなこと言われても、ひぃ、はぁ・・」
ここまで何とかついてきたものの、師匠の体力は尋常じゃなかった。
とても自分と50歳以上も離れてるおじいちゃんとは思えないほどの健脚で、何かインチキでもしてるんじゃないかと疑うほどだ。
多分、師匠にとっては見慣れた畑をただ回っているだけという感覚なんだろうけど。
それにしても、さっきから丘を上がったり下りたりあっち行ったりこっちに行ったり、もう自分がどこにいるんだか分からないくらいグルグルと歩き回っている。
もしここで師匠とはぐれたら、一人であの小屋に辿り着ける自信が無い。
たまにちっちゃい魔獣も見るし、こんな場所で夜を明かすなんて色んな意味で危険極まりないので、死ぬ気でついていっている。
いや、もしかすると師匠は私に歩く速さを合わせているのかもしれない。
とは言え、追い付けないけど見失わないギリギリの速さという絶妙な加減なのは、愛情なのか嫌がらせなのか。
ギルさんもそうだったけど、戦争経験者の人たちって結構厳しい人が多いのかもしれない。
「ほれ、次の畑はもうすぐだから頑張れ」
「は、はひぃ~」
ようやく着いた畑には、”17”と書かれた札が地面に刺さっていた。
少し前に見た本に『知識は得るほどに人を豊かにする』って書いてあったけど、世の中知らない方が幸せだったってこともあるよね?
「し、師匠、ちょっと、休憩、しませんか?」
「ふむ、そうだな。運動後の適度な水分と栄養の補給は、効率を高めると言うからな」
「や、やったー!」
「では休憩がてら、勉強もするとしよう」
「あー、ですよねー・・・」
疲れ果てて当の目的を忘れかけてたけど、私はこの人に弟子入りしたんだっけ。
うぅ、勉強は苦手なんだけどやるしかないか。
「そう露骨に嫌な顔をするでない。何となくでも興味のある部分を見つければ、自然と自ずから勉強をするようになる」
「そうなんですか?」
「まあ人にもよるが、大体そんなもんだ」
「はあ」
何だか師匠が師匠っぽいことを言ってる。
あ、師匠なんだから当然か。
それにしても、私が興味のあることかぁ。
「さてリア、これが何か分かるか?」
師匠が指差したのは、畑にある1本の植物だった。
「んー・・・ちょっと小さいみたいだけど、麦・・かな?」
「そうだ。これは今我々が食べているゴルド麦の原種、ジルバ麦だ」
「へぇ~」
ゴルド麦って言うのは、私たちがパンとかを作る時に使っている麦の名前だ。
普段村に入ってくるときは粉になったものが入ってくるけど、収穫祭の時に家の軒下に稲穂をぶら下げる習慣があるから、一目見てすぐに麦だというのは分かった。
あれって元々こんなに小さかったんだね。
「ゴルド麦というのは、野生のジルバ麦が突然変異したものだ」
「突然変異?」
「具体的に言うと、他よりも粒や穂の大きいものだけを選んで育てたのがゴルド麦ということだ」
「そっか、たくさん収穫できるものだけを選んだからこんなに大きさが違うんだ」
「そうだ。そしてここでは新しい麦の研究をしている」
「新しいって、まだ何かするの?」
「ジルバ麦の中には味の良いものがあってな、それをゴルド麦に掛け合わせてプラチ麦という新しい品種を作り出そうとしている」
「おぉ~~っ!」
すっごーい、今よりも美味しくてたくさん取れる麦だって!
これは美味しい予感しかしない!
「ね、ね、師匠!それっていつ出来るんですか!?」
「ふむ・・・早ければ来年か再来年くらいか」
「ふんふん、来年か再来年に出来るんですね!」
「もっと先になるのか、最悪失敗するかもしれん」
「そんなぁ~~~っ!」
「耳元で大声を出すんじゃない!植物の合成というのはな、薬の合成のようには出来んのだ。それに植物の成長はワシらが思っているよりもゆっくりで、結果が出るのにも時間が掛かる。もしワシが生きている間に出来れば、幸運というくらいのものだ」
「うーん、そっかぁ」
どうやら美味しい夢は、一時の幻になりそうだ。
昨日蒔いた種が明日に収穫できるのなら、誰も苦労なんてしないもんね。
「まあもしもだが、植物の成長を早める薬が作れるのだとしたら話は変わるのだがな」
「そうですねー」
本当に、そんな都合のいい話があったらいいのにねぇ。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・あった、アレがあるじゃない!
あー、でもどうしよう?
アレは色んな意味で危ない薬だからって、領主様に止められてるからなぁ。
でも、美味しいものも食べたいしー・・・
「う~ん」
「何だ、急に呻って?小便ならそこら辺の物影で済ませてこい」
「いや、しょうべ・・・って、乙女に何言わせるんですか、師匠!」
「違うのか?」
「違います!さっきの話何とかなりそうだけど、色々問題があるからどうしようって悩んでただけです!」
「ほほぅ、それは少々興味があるな。参考にしたいから聞かせてくれ」
「でーすーかーらー、問題があるから悩んでるって言ってるじゃないですかー!」
「リア、世の中の発展には大なり小なり問題というのが付きまとうとものだ。ましてや未知の領域となると、多少の危険を顧みないくらいでないと事を成すことは出来ん」
師匠の興味は私の話の方に完全に向いてしまっていて、問題を問題として見てない気がする。
男の子は大きくなっても子供っぽいところがあるって言うけど、師匠も例外ではないらしい。
まあでも、作れない理由を説明すればちゃんと聞いてくれるかもしれないから、言うだけ言ってみようか。
「はぁ、分かりました。でも言うだけですよ?」
「うむ、早く教えておくれ」
うーん、本当に分かってるのかなぁ?
「ええとですね、単純に言うと植物を急激に大きく育てる薬なんです」
「ふむ、成長剤という訳か!で、それはどのくらい早く育てることが出来る?」
「えーっと・・・確かあの時は10日くらいで普通の10倍くらいの大きさの薬草が出来てたなぁ」
「ふむふむ、普通の薬草は種を蒔いてから30日くらいで収穫できるから・・・ほほう、単純計算でも30倍の効果がある薬剤ということか、それは面白い!」
「先に言っておきますけど、私は作りませ・・」
「よし、すぐにその薬を作ってくれ!」
私が言いかけた言葉を、師匠の興味がぶち破ってきた。
このままの勢いで押されたら、また牢獄行きなんてことになりかねない!
「だから、作りませんって!」
「もし特別な機材や材料が必要なら、王に言って用意させるぞ!」
ひ、人の話聞いてないし!
しかもさりげなく、王様を使い走りにしようとしてるし。
もー、研究者って冷静なんだか熱いんだか、よく分かんない!
「そもそも、特別な機材も材料も必要ないから要りませんってば!」
「そうなのか?じゃあ、すぐに作れるんだな」
「だーかーらー!領主様に止められてるから作れないんだってばー!!」
「領主様?ああ、あのフロリアの所の鼻垂れ小僧か。なら問題無かろう」
「えぇぇー・・・」
そりゃ師匠から見たらほどんどの人が小僧か小娘でしょうけど、仮にも領主様だよ?
しかもそんな偉い人の言葉を問題無いなんて、師匠って何者なんだろう。
「そう言えば、フロリアの所に居た赤子は大きくなってたか?」
「え、領主様って兄弟がいるんですか?」
「いや、そうでは無い。確か、誰かから預かった子供だと言ってたな」
「誰かって、誰なんですか?」
「詳しくは知らん。だが、大切な友人の娘たちだと言っていた」
「たちってことは、一人じゃなかったの?」
「ああ、フロリアの両腕にはそれぞれ一人づつ抱かれていたよ」
「そうなんだ」
メディシア様の両腕に抱かれていた赤ちゃんが誰かは気になるところだけど、師匠も知らないんだったら、誰に聞いても分からないかもしれない。
あ、でももしかしたら領主様なら何か知ってるのかも。
今度会った時にでも聞いてみようかな。
「では早速、必要な材料を集めて作るとしよう。ほれ、もたもたしてないで行くぞリア」
「あ、ちょっと待ってよ師匠ー!」
「ふふ、久しぶりに楽しくなりそうだ」
私と師匠の出会いは突然で、始まりもまた突然だった。
私は多分、今後もこの自由な師匠に振り回されることになるんだろう。
そんなことに不安を感じている反面、新しいものへ挑戦することにワクワクしている自分もいるのが少し不思議な気がする。
・・・それにしてもまたアレを作ることになるなんて、これも運命なのかなぁ。
まあ心配してても仕方ないし、やってみるしかないよねっ!
いざ、美味しい野望の為にっ!




