126.奇縁な再会
「無理ムリむり~~~っ!!」
私は今、全力で草原を疾走している。
理由は私のすぐ後ろ、ブラッディロアーの群れに追いかけられているからだ。
なぜこうなったかは分からないけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。
『ワゥッワゥッ!!』
「はぁっ、はぁっ・・・あっ!」
ドサッ!
朝露を蓄えた草原の草に足を取られ、前のめりに倒れ込んでしまった。
急いで起き上がろうとするも、足が痛くてうまく立ち上がることが出来ない。
気が付くと空腹の獣たちは一気に距離を詰め、逃げられないように私を囲い込んでいく。
「い・・イヤ、誰か、誰か助けてーーー!!」
近くにいるかもしれない誰かに向かって、私は力の限り叫んだ。
しかし、私の声は空を切って誰にも届かなかった。
周りを見渡しても、冒険者はおろか盗賊の影すら見えず、獣たちがこちらを美味しそうに見つめている姿しか確認できない。
「食べるのは好きだけど、食べられるのはイヤーーー!!」
自分の力だけでは、この状況から逃げ出すことは無理だ。
誰か・・誰か助けてっ!!
そんな僅かの望みも天には届かず、群れの中の一匹が鋭い牙をギラギラと見せつけ、こちらににじり寄ってきた。
「う・・・あっ!」
その獣は私に飛び掛かってきて、仰向けに押し倒してきた。
抵抗しようにも、腕が前足に押さえつけられていて動くことが出来ない。
それは明らかに獣の重さよりも大きな力で、まるで岩を乗せられているみたいだ。
獣は私が動けないのを確認するやいなや、ゆっくりと大きく口を開け、私の頭に狙いを定めた。
「あ、あ・・・いやぁ――――っ!!」
そのまま真っ直ぐ牙を振り下ろされ、私の目の前に―――
「あーーーーっ・・・・・・って、あれ?」
目の前に広がったのは獣の胃の中では無く、真っ逆さまな世界だった。
天井には、白いふわふわしたものが不自然にぶら下がっている。
少し頭と首が痛いけど、血は出ていないようだ。
「ゆ・・・め?」
どうやら私は寝返りを打って、ベッドから落ちてしまったらしい。
天井だと思っていたものは床で、白いふわふわしたものは枕だったようだ。
そういえば、昨日は王宮に泊まるように言われて、ここで寝たんだっけ。
この部屋は遠くから来る来賓のための寝室で、今は誰も使っていないとのことだ。
それと、ちゃんとした来賓がいるときは使用人が付くらしいんだけど、私はそういう人じゃないから関係無いと思う。
「まあ、さっきのを誰かに聞かれていても気恥ずかしいし、良かったかもしれな――」
コンコンコン!
「今叫び声が聞こえたようですが、何かありましたかっ?!」
扉を叩く音と同時に少し慌てた様子の女性の声が聞こえてきて、ビクッとする。
「だ、大丈夫です!ちょっと足をぶつけただけですから!」
「ぶつけ・・・?あの、打ち身をしているようでしたら、氷水と布をお持ちしますよ」
「い、いえ!もう治りましたので大丈夫です!」
「そうですか?では、何かご必要でしたらお呼びくださいね」
「はい、ありがとうございます!」
・・・ビックリした、まだ心臓がバクバクいってる。
まさか人が居るなんて、ちょっと油断してた。
おまけに余計な心配をさせてしまったし、恥ずかしくて出て行きづらい。
うぅ、仕方が無いから落ち着くまで、準備をしながら今日の予定を確認しよう。
ええと、まずは王様の所へ挨拶に行って、それから城下町で身支度をする。
あまり時間は掛けられないから、最低限の食料と薬草を買うだけにしよう。
買い物が終わったらすぐに町の南門に向かって、真っ直ぐ薬草仙人のおじいちゃんがいる丘に向かう予定だ。
確か、丘の名前はエバーグリーンで、おじいちゃんの名前はサイラスって言ってたっけな。
大体の方角は分かるけど、問題は道中で今朝の夢みたいなことが起きないかということだ。
腕のいい冒険者を雇えればいいんだけど、ゆっくり探している時間が無いのが現状だ。
うーん、ダメ元で王様に相談してみようかな?
さて気持ちも落ち着いたし、そろそろ行こうかな。
私は予定通り王様の所へ挨拶に行って、さっきのことを相談してみた。
少し考えた後、許可証を持たせた同行者を南門に向かわせるから、そこで落ち合ってくれと言われた。
誰が来るか分からないけど、何事も言ってみるものだ。
話が終わった後に少しニヤニヤしていたのが見えたけど、どうすることも出来ないから気にしないことにした。
そのまま城下町に向かって買い物を終わらせ、真っ直ぐ南門へと向かう。
門の近くまで来ると、懐かしい顔を見つけたので声を掛けてみた。
「お久しぶりです、ギルさん!」
「お、薬草の嬢ちゃんじゃないか。王都には観光で来たのかい?」
「あー、うー、そのー、訳あってエバーグリーンって丘に行くことになりまして」
「ほう、奇遇だな。俺もそっち側に行く予定だ」
「そうなんですか」
「ああ、それで人を待っているんだ」
「誰かと一緒に行くんですか?」
「うむ。なんでも今朝方足に打ち身をして、直後に驚異的な回復をした女の子らしくてな、その護衛を頼まれたんだ」
「へぇ、足に打ち身を・・・」
んー、んんー?
足に打ち身をってどこかで・・・あ。
それって、もしかしなくてもそうだよね?
「あのぉー、その護衛を頼んだ人って王様だったりしませんかー?」
「ああそうだが、どうして知ってるんだ?」
「ええと・・・多分その女の子って私だと思います」
「そうなのかい?」
そんなおかしな情報の女の子なんて、町中探し回ってもそうそういないと思う。
今朝会った時は何も言ってなかったけど、あの含み笑い、全部知ってたんだ!
むぅー、やっぱ意地が悪いよ、あの王様!
「じゃあ、改めてよろしくな、嬢ちゃん!」
「はい、よろしくお願いします、ギルさん」
何と、王様が送り出した同行者はギルさんだった!
不思議だけど、これも何かの縁なんだろう。
ともあれ、これで道中の魔獣は大丈夫だね!
よーし、薬草仙人のいる丘目指して、出発だー!




