113.孤児院に眠る宝 その3
「ただいま」
教会で話が終わった後、速やかに解散という流れになった。
リースさんは冒険者ギルドに用事があるからと途中で別れたので、一緒では無い。
孤児院へ帰ってくる道中、私たちは喪に服したように、一度も言葉を交わすことは無かった。
それでも、無言で孤児院の扉を開けるのは憚られたので、自然に出てきた一言がそれだった。
「お帰りなさい。ちょうど今、みんなを寝かしつけたところです」
「そうか。なら、みんなを起こさないように、向こうで話をするとしよう」
「では、すぐにお茶の準備を・・・」
「いや、いい。あっちで貰ってきたばかりだ」
「そうなんですか?」
「ああ。それと、チビ共にはあまり聞かせたく無い話なんだ」
「・・分かりました。では、すぐに始めましょう」
子供たちの声がしない静かな食卓に、私たちは適当に座る。
全員が着席したのを確認して、教会であったことをテレジアさんに話し始めた。
テレジアさんは終始、私たちの話を静かに、時々軽く頷きながら聞いていた。
その表情にはいつものような優しさがあったのだけど、どこか寂しそうな影を含んでいるように感じられた。
そのまま何事無く話は終わったが、私たちが入る余地はどこにも無いのだと、改めて確認させられることになった。
今の私に出来ることはただ、私たち以外のみんなが納得できる結末に辿り着けるのを祈ることぐらいだ。
「・・・そうですか。状況は大体分かりました」
「すまない。だが、俺たちもやれることはやろうと思っている」
「そうですね。私も後任の神父様が来たら、支援を続けてもらえるように説得してみたいと思います」
「ああ。これからも一緒に、みんなで頑張っていこう」
ほっ。
何とか話は纏まったみたいだし、私たちの出番もなさそうだ。
このまま私たちは・・・。
「・・・いや、それじゃあ何も解決してないのと同じだぞ?」
「ちょ、ちょっと、ギーダさん?!」
いやいや!
今ので終わり、って流れだったよね?!
それなのに、何で話を戻すようなこと言ってるの!!
「ギーダがそう言うってことは、何か不満があるってことだよな?」
「ああ」
「今まで以上にみんなで頑張っていくのでは、駄目なんですか?」
「駄目だ」
ムッ!
話にちゃんと参加しないのに、不満があるとか駄目だとか、好き放題言ってあったまきた~~~!
一言物申してやるっ!
「そんなこと言うなら、ギーダさんは何か考えがあるってことですよね?!」
「勿論だ、阿呆め」
「むっか~~っ!じゃあ、言ってみなさいよ!」
「まず、現状のことが見えていない。それから、今後の事がノープランだ。このままだと近いうちに、孤児院のチビ共々飢え死にすることになるだろうな」
「そ、そんなことは、これからやってみないと分からないでしょ?!」
「分かってるから言ってるんだ。お前みたいに精神論で何でも何とか出来ると思ってる方がおかしい」
「だって!」
「・・・まずは、この孤児院の建て直し。これが一番優先だ」
「え?」
「お前も色々見ているから分かると思うが、ここはいつ倒壊してもおかしくない状況だ。そんな場所にチビ共を置いておくのがいいと思うのか?」
「それは思わないけど・・」
「そうなると問題が発生する」
「問題?」
「建て直しをするということは、その間はここに住めないということだ」
「うん、そうだね。・・・あ、代わりに住む所が必要なのか!」
「気が付いたか、阿呆め」
「阿呆は余計だよ!」
「ふむ、そうなると金が全然足りないな」
「冒険者ギルドって、色んな依頼があるんだよね?稼ぎのいい依頼とかって無いのかな?」
「その事なんだが、この町のギルドに来る依頼の数は多く無いんだ」
「え、そうなの?」
「ああ。ギルドに来る依頼のほとんどは護衛や討伐なんだが、この辺りは割と穏やかだからそういう依頼自体が少ないんだ。それに、そういう依頼は競争率が高くてなかなか回ってこないんだよ」
「あ、だからあの時二人に留守番お願いしてたんだ!」
「そういうことだ」
「じゃあ今は?」
「依頼は全く無い。どこかの誰かさんが助けた連中が、全部持っていったからな」
「う・・」
どうやら良かれと思ってやったことが、裏目に出てしまっているみたいだ。
自分のやったことに後悔はしてないはずなんだけど、どこか申し訳ないようなモヤモヤした気持ちが拭いきれない。
「ギーダさん、そんな言い方は良くありません。リアさんも決して悪気があってやったわけではありませんし、むしろ町の為に頑張ってくれたことに感謝するべきだと思います。違いますか?」
「テレジアさん・・」
いつもと違う、凛とした態度のテレジアさん。
その姿は、まるで聖母の生き写しのように見えた。
そんなテレジアさんを見てると、私の心の中にあったモヤモヤした気持ちは、全部吹っ飛んでしまった。
よくある『人を憎まず罪を憎み、愛を持って罰を下す』っていう聖母像なんてただの絵空事かと思っていたけど、本当に聖母みたいな人っているんだね。
うちのお母さんだったら、愛という名の鉄拳が飛んできそうな場面だと思うけど、たぶん普通・・・だよね?
「・・・すまん、言い過ぎた」
「え?今何て言ったの?」
「何でもない」
「よく聞こえなかったから、もう一度言ってー?」
「・・・阿呆め」
「むぅ~~っ」
「・・・」
あーあ、また黙っちゃった。
でもさっき、ギーダさん謝ってたよね?
教会に行ってから、ギーダさんの様子がちょっと変な気がする。
まあ、あんまり素直過ぎるのもかえって気持ち悪いし、少し毒があるくらいの方が丁度いいのかも。
「すみません。これでも彼なりに反省していると思うので、リアさんも許してあげてください」
「あ、はい」
「しかし、孤児院の建て直しか。確かにチビ共の安全を考えると、すぐにでもギルドに依頼しに行く方がいいな」
「ギルド?」
「ああ。この町で家の建て直す時は、商人ギルドに依頼を出すんだよ」
「へー、そうなんだ。うちの村にはギルドが無いから知らなかった」
「じゃあ、今までどうやってたんだ?」
「んー、確か・・・村の人たちだけでやってたような気がしたなぁ」
「ということは、村に職人でもいるのか?」
「ううん。みんな普段は別の仕事をしている普通の人たちだよ」
「そうなのか?」
「そうだよね?ミラ」
「うん。私たちのお父さんも手伝いに行ったりしてたことあるよね~」
「リアの村は凄いんだな。機会があったら、ぜひ一度訪問してみたいものだ」
「うんうん、いつでも来て―!」
「その際はぜひ、うちの宿に泊まっていってね~」
「ああ、その時はよろしくな」
自分の住んでる村に知り合いが来るって思うと、ちょっとワクワクするね!
あ、いっそのこと、この先で知り合った人にうちの村を勧めてみようかな?
知名度が上がれば、村にも活気が出ていい感じになるかもしれないし!
よーし、夢は大きく目指せ一万人だ!
「ということで、俺たちは商人ギルドに行ってくる。またテレジアには留守をお願いするが、頼めるか?」
「はい、大丈夫です」
「ギーダも来るか?」
「いや、俺はリースの方を見てくる」
「そうか。なら、俺たち3人だけだな」
「あれ?私たちも数に入ってる?」
「みたいだね~」
「リアはまだ、ギルドに薬草代を払ってないだろ?」
「え、そうなのミラ?」
「うん。人の財布の中身を勝手に持ち出すのは、ドロボウさんだからね~」
「っていうことは、行先は同じってことかー」
「そういうことだ」
「仕方ない。テレジアさん、私たちも行ってきますね」
「はい、お気を付けて」
「じゃあ、れっつご~!」
かくして、ブロウさんは孤児院の建て直しを依頼するために、私は未払いの薬草代を払いにギルドに向かうことになった。