6.森での出会い
「うーん、日差しが気持ちいい~~」
木漏れ日が森の闇を照らし、木陰からやさしい風が吹いてくる。
時折、木の上から聞こえてくる小鳥の囁きが心地よい。
このまま草の上に寝転んだら、どんなに気持ちいいことだろうか。
今回の目的地は、私のよく知っている場所だった。
昔、よくミラと遊びに来たあの花畑だ。
「とうちゃーく!」
目の前には、一面に広がる真っ白い花畑。
あの花輪を作っていた白い花が薬草だったとは。
当時、それを知らなかった私たちは付いていた葉っぱを邪魔なものと思って捨てていた。
薬屋の娘としては、ちょっと恥ずかしい黒歴史だ。
お母さんの手記から、薬草のページを見ながら見比べる。
名称:ホワイトアベル
効能:鎮痛、止血作用
採取:花が咲く前の葉っぱのみを採取する。
全ての葉っぱを取らないように気を付ける。(節ごとに1枚づつ取る)
他にも色々載っているみたいだけど、採取に必要な情報はこのくらいだ。
早速、薬草を集めてしまおう。
花の付いているものが多く、目的の量を確保するのに少し時間が掛かってしまった。
日が少し傾きかけている。
比較的安全であるとはいえ、やはり暗がりを歩くのは危険である。少し急ごう。
もと来た道を帰ろうとした時、視界の中に違和感を感じた。
薬草の花とは違う、一回り以上に大きい真っ白で丸い生き物。兎だろう。
違和感を感じたのは大きさではなく、それに付着している赤いもの――血だ。
ふと、昔の嫌な記憶が頭の中を過る。
花畑の近くに倒れ込む白い兎。
そして、ここを目指すように這ってきたであろう、血の跡。
痙攣するように僅かに動くそれは、緊急を要する事態なのは子供にも分かる事だった。
「大変!この子、血がいっぱい出てる!」
「私たちだけじゃ、どうしようもできないよ~」
「うち、薬屋さんだからお母さんに言えば何とかなるかも!急いでいってくる!」
大人にとってはさほど大きいとは言えない森でも、体の小さな子供にとってはそれなりの大きさがある。大人たちを連れて戻ってきた時は、すでに手遅れだった。
「どうして!さっきまで動いたのに!」
「残念だったけど、リアちゃんは悪くないよ」
「大きな獣にでも、やられたんだろうな」
「だとしたら、明日から少し警備を多くしないとな」
大人たちは、私のことを悪くないと言う。
でも、助けられなかった事が悔しくて、悲しくて一晩中泣いた。
自分たちがいた場所が、薬草の群生地であることを知ったのはそれからしばらく後のことだった。
冷汗が背中に伝い、ふと我に返る。
すぐに手当してあげないと!
兎は、近寄っても逃げる様子もない。
手遅れの可能性ものあるが、助けられるなら助けてあげたいと思う。
それが自己満足であったとしても。
両手を伸ばしそれを抱きかかえる。
ほんのりと温かく、わずかに呼吸がある。
傷はあまり深くないが、出血量からすると衰弱死するのは目に見えている。
「よかった、まだ生きてる」
幸い、さっき摘んだばかりの薬草が沢山ある。多少なら問題ないだろう。
持っていたハンカチで薬草を包み、汁が出るようにもみほぐす。
傷のところにその部分が当たるように、縛って固定する。
傷口の応急処置はこれでいい。
後は薬草を食べさせて体力を回復させればいいはずだ。
「ほら、薬草だよ」
そう言って、口元に薬草を持っていく。
においを嗅ぎ、少し齧るも、すぐに戻してしまう。
本能的に『苦いもの=毒』と認識しているのだろう。
ここでも苦さが邪魔をするのか。
しかし、手元に薬草のジャムがあったりはしない。
苦くない薬草、ほんとにあればいいのに。
――あれ?
そういえば、前に花畑で齧った葉っぱは苦くなかった、むしろ甘かったような?
細い細い記憶の糸を辿る。
確か・・・双葉の葉っぱの頂点にある・・・巻いた部分だったような。
すぐに花畑の中を探す。
それはすぐに見つかった。
少し齧ってみると、柔らかく、そして甘かった。
ああ、あの時の味だ!
それを持って、すぐにさっきの生き物に食べさせる。
同じように匂いを嗅ぎ、今度はちゃんと食べてくれた。
「よかった、今度はちゃんと助けられたな・・・」
安心して見上げた空は、オレンジから黒へと変わり始めていた。
「やばっ!ほんとに急がないと!」
片手には薬草の籠を、もう片方には兎を抱えて家路に急いだ。




