96.孤児院での朝
「わーーい!」
「レラー、遅いよー!」
「リラちゃ~ん、待ってぇ~!」
「みーな、まうぇ~~!」
「ちょ、ちょっとみんな~、騒いじゃだめだよぉ~」
「んぅ~・・・」
「ほら、ミイス。しっかり起きて歩かないと危ないぞ」
私を眠りから引き戻したのは、子供たちの賑やかな声だった。
薄っすらと目を開けると、辺りは明るい。
そういえば、昨日は宿屋に行けなかったから、孤児院に泊まったんだっけ。
何だか、村にいた時みたいな雰囲気だなぁ。
「あ、おはよう、リア~」
「おはよう、ミラ」
「まだ朝食の準備中だから、もう少し寝ててもいいよ~」
「ううん。2度寝すると起きられなくなりそうだから起きるよ」
「そう。じゃあ、お隣さんはお願いしちゃっていいかな~?」
「お隣?」
さっきまで被っていた毛布の方を見ると、誰かが入っているような膨らみが見える。
毛布の端をつまんでチラリとめくると、気持ちよさそうに寝ているリースさんの姿があった。
おおぅ・・一緒に寝ていたの、全然気が付かなかった。
改めて見ると、リースさんって小動物みたいで何だか可愛い。
この愛らしい寝姿を見てると、昨夜起こったことが全部嘘みたいに感じてしまう。
あ・・でも、リースさんって自分よりも年上だったっけ。
こんなこと考えてると、ちょっと失礼かも。
「んー・・・んにゅ?」
「あ、ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」
「ん~と、何でリアちゃんが私の布団の中にー?」
「えーと・・・お借りしてます、かなー?」
どうやら、昨日借りた布団はリースさんのものだったらしい。
孤児院ってお客さんを泊めるための場所じゃないから、誰かのだとは思っていたけど。
「まあいいやー。もうちょっとおやすみー」
「あ、待って!もうすぐ朝食みたいですよ」
「じゃあリアちゃん、代わりに食べておいてー」
「代わりにって・・・食べられなくは無いけど、それじゃリースさんのお腹が膨れないじゃないですか」
「それもそっかー。あふぅ・・・仕方ない、起きるかー」
リースさんは布団の中で軽く伸びをした後、もぞもぞと這い出てきた。
ジーっと見ていると、何だか無性に頭を撫で回したくなる衝動に駆られてしまう。
そんな衝動を押さえつつ、寝起きでまだぼーっとしているリースさんの手を取り、みんなの所へ連れて行く。
「おはよー」
『おはよぉー』
「おはよ~、今ちょうど呼びに行こうと思ってたところだよ~」
テーブルの上には美味しそうな朝食が並んでいて、子供たちが『早く早く!』と急かしている。
料理は個別に盛られているようだけど、よく見るとそれぞれ微妙に大きさが違うのが見て取れた。
どうやら、子供たちに合わせて食べやすいように調理しているらしい。
テレジアさんらしい丁寧な気配りだけど、毎食これをやっているのかと想像したら、倒れてしまうんじゃないかと心配にもなる。
「リア、俺たちはこっちだ」
「あ、はーい!」
少し離れた場所に、木の箱で作られた簡易のテーブルと椅子が並べられていた。
ブロウさんとギーダさんもその一つに座って待っている。
私たちは、あっちの席らしい。
「ミラ、私たちはあっちの・・・」
「ミラお姉ちゃん、一緒に座ろー!」
「いいの~?」
「うん!」
「でも、二人で座るにはちょっと狭いかな~?」
「うーん・・・じゃあ、お姉ちゃん先に座ってー」
「ん~?じゃあ、先に座るよ~。で、どうするの~?」
「んしょっと!」
先に座ったミラの膝の上に、エルダちゃんがちょこんと乗っかる。
これ、何も知らない人が見たら、ただの仲良し姉妹にしか見えない。
「あ、エルダ!そんなところに座ったら、ミラさんにご迷惑ですよ!」
「でも、お姉ちゃんと一緒がいいー!」
「私は構わないよ~。ね~?」
「ほらね!」
「もう・・・ほんとにすみません。いつもはこんなことする子じゃないんですけど」
孤児院の中では一番上のお姉ちゃんでも、やっぱりまだまだ甘えたい歳なんだなぁ。
無理に連れて行くのも悪いし、私だけ向こうに行こう。
「ミラ、私は向こうに行くね」
「うん。後でお話聞かせてね~」
「うん。じゃあ、また後で」
みんなと話をしているうちに、リースさんもすっかり目が覚めたみたいだ。
ミラを連れて行くのは諦め、ブロウさんたちの方に向かう。
「おはようございます」
「おはよう」
「よお」
「はよー」
「昨日は助かったよ。報告は食べながらでいいから教えてくれ」
私たちは、昨日のあの後の話をリースさんから教えて貰った。
追跡の途中、黒フードたちの一部は散り散りになって足取りを掴めなくなったが、例の黒傘の女性については居場所を突き止めることが出来たらしい。
女性とバイゼンさんが接触しているのを確認することができたようだ。
そしてその時、いくつか気になる言葉を使っていたらしい。
話の中で、特に気になった言葉が二つあった。
それは、『実験は十分だ』『近く、我々は国に帰る』という話だ。
「・・・やっぱり、あの女とバイゼンは繋がっていたか」
「しかし、直接会って話をしたとしても認めないだろうな」
「うん。出来れば、みんなに分かるような証拠が欲しいね」
「リース、何か他に無かったか?」
「うーん・・バイゼンの家の中を詳しく漁れば何かありそうだけど、常に誰かいて無理そうだったよー」
「そうか。・・・参ったな、手詰まりか」
いつも冷静に振舞っているブロウさんもこの状況に少し苛立っているのか、何度も膝を指でトントン叩いている。
空気が重たい、何か話を切り替えた方が良さそうに感じる。
「そういえば、昨日のってリースさん・・・なんだよね?」
「ん?そうだよー」
「普段とは違った感じがしていたけど、仕事中っていつもあんな感じなんですか?」
「いつも、では無いな」
「すごかったけど、あれってリースさんの・・」
「・・・おい、あまり他人のことに首を突っ込むな」
「あ、すみません。聞いちゃいけない事でしたか?」
「それは、リース本人に聞くことだと思うが?」
「そうですね。リースさん、どうですか?」
「んー・・・まぁ、リアっちならいいかなー。でも、あんまり引かないでね?」
「はい、多分大丈夫だと思います」
私も、精霊王とか元魔物とか、普通の人が関わったことのない人たちとの交流がある。
余程のことが無い限り、そうそう驚くようなことなんてないと思う。
「アタシはね、『神憑き』なんだよ」
「神?!」
神様って言えば、この世界を作ったすごい人だ!
正確には、人の形を模した別の何かとか言われているんだけど、誰も会ったことが無いから本当の姿がどんなのかは誰にも分からない。
あ・・・そう言えば、メディシア様って本当は領主様のお母さんだけど、一般的には女神様って言われているんだよね。
ある意味、知り合いに神様がいると言えなくもない・・・のかなぁ?
もしかして私、変わった人が寄ってくる体質なんじゃ・・・。
「んー・・・ちょっとは驚いたみたいだけど、それほどでは無かったねー?」
「ええまあ、何と言うか・・・慣れ?みたいな」
「やっぱ、リアっちって変わってるねー」
「そうか?こいつは最初から変わった奴だったろ」
「む!そんなこと言ったらギーダさんだって、ちゃんと話をしてくれなかったでしょ!」
「・・・俺は必要以上の馴れ合いをしないだけだ」
「それ、ただのへりく・・」
「はいはい、二人ともそこまでだ」
「むぅ~」
「・・・チッ」
あーあ、またギーダさん黙り込んじゃった。
こうなったら、何があっても口を利いてくれなさそうだから、さっきの話の続きをしよう。
「で、その『神憑き』って何なんですか?」
「んーと・・・視界がバシューン!ってなってー、体中に力がモリモリー!って湧いてー、でも頭はシャキーン!みたいな?」
「あー、うー、えー、んー・・・」
だめだ、リースさんのザックリ過ぎる説明に、頭が全く付いていかない。
ミラなら分かるかもしれないけど、これと同じ説明が出来る気が全くしない。
頭の中がハテナハテナになっている私を見かねたブロウさんはため息を一つつき、代わりに説明をしてくれた。
要約すると、五感が研ぎ澄まされて見えない場所の物が見えるようになったり、身体能力が上がったり、冷静に行動できるようになるっていうことみたいだ。
って、あれ?
それだと、あの時の冷たい感じのリースさんが素の姿ってこと・・・?
「もしかして気になってるかもしれないが、あの時リースが言っていた言葉は、師匠の教えだ」
「あ、そうだったんですか」
なるほど、これで全部スッキリした。
それにしても、ブロウさんたちのお師匠さんってどんな人だったのか、ちょっと気になる!
「ねぇ、みんなのお師匠さんってどんな人だったんですか?」
「ああ、それはだな・・・」
話の途中でギーダさんが立ち去ろうとする。
「あれ、どこか行くの?」
「・・・」
「ちょっとぉー!話の途中で居なくなるなんて・・・」
立ち上がろうとする私の腕をブロウさんが掴んで制止し、首を横に振る。
「アイツは師匠が苦手なだけだから、気にしないでくれ」
「そうなんですか?」
ギーダさんにも苦手な人っているんだ。
「師匠って、ギーダには結構キツかったよねー」
「そうだな。アレはちょっとしたトラウマになるレベルの修行だったからな」
二人がこんなこと言うなんて、ほんとにどんな師匠だったんだろう・・・。
気にはなるけど、会うのはちょっと怖いなぁ。
「でも、アタシには優しかったよーな?」
「それは、リースの境遇を知っていたからじゃないのか?」
「そーなのかなー?」
「リースさんの境遇って?」
「・・・リアは、『神憑き』の子供たちが、どういう扱いをされているか知っているか?」
「うーん・・・”神”って言われるくらいだから、みんなに祀り上げられるとか?」
「本当にそう思うか?」
「違うんですか?」
「逆だ。人間離れした能力を持って生まれてきた子供たちは、ほぼ例外無く周りから疎まれ、最後は親からも見捨てられ、孤児や盗賊に身を落とす」
「じゃあ、リースさんの両親も・・・」
「ううん。アタシの両親はアタシを最後まで愛して守ってくれたよ」
「リースは運が良かった。あの戦争があるまでは、な」
「戦争・・・」
「15年前の戦争でね、アタシの両親は二人とも死んじゃったんだ。そしてアタシは社会から孤立した」
「!」
私はやっぱり馬鹿だ。
戦争の時の記憶なんて、楽しいものじゃないのは分かってるのに。
興味本位で聞くことじゃなかった!
「そう悲しい顔をするな。リースだけじゃない、俺もギーダもテレジアも、あの戦争の生き残りだ」
「そうそう。それに、アタシたちは割と早くに師匠に拾われたんだし」
「あの、みんなのお師匠さまってどんな人なんですか?」
「俺たちの師匠は、三武神の一人だったんだよ。今は引退しているみたいだけどな」
「三武神?」
「平たく言えば、武術の強い人ってことだな。その3人のうちの一人って話だ」
「はぁ、随分すごい人がお師匠さまなんですね」
「そうだな。でも、とても優しい人でもある」
「そうですね。それは皆さんを見ていたらよく分かります」
「じゃあじゃあ、リアっちも稽古つけてもらったらー!」
「え、えと・・・それはまた今度にでも。あはは・・・」
「そーお?」
さっきの話を聞く限りでは、そのお師匠さまとの修行は血を見そうな予感がするので遠慮したい。
強くなるって言っても、命懸けになりそうなのはちょっとねぇ・・・。
コンコン。
入り口の扉を誰かが叩いている音がする。
もしかして、私たちがここにいるのを知って、押しかけてきた?!
会話を中断し、私は息を潜めて様子を伺う。
いつものように、テレジアさんがドアの向こうにいる主と会話をする。
「どちら様でしょうか?」
「・・私よ、クリミナよ」
「え?!クリミナさん!」
「やっぱりここに居たのね」
「あの、入れて大丈夫な方でしょうか?」
「うん、大丈夫。今は協力者だから」
「そうですか」
ギギィと音を立てゆっくりと扉が開き、クリミナさんの姿が現れる。
しかし、その表情はどこか冷たい。
重大な決心をし、何かを成そうと覚悟を決めた、そういう顔だ。
きっとこれから、何かが大きく動き出す―――そんな気がした。




