95.月下に蠢く黒い思惑
「う~ん。ミラなら大丈夫だと思うけど、やっぱり心配だなぁ・・・」
私たちは町南の裏通りに来ていた。
場所は言わずと知れた、私が襲撃された場所の近くだ。
ただ、辺りを見回しても青い屋根の家はどこにも見当たらない。
やはり、あの時の人に案内してもらう必要がありそうだ。
今回は、囮を使って取引場所に案内してもらう作戦だ。
ブロウさんたちはもちろん、私の顔も相手にバレている。
消去法で、囮役はミラが担当することになった。
ミラは『大丈夫だよ~』と言っていたけど、やっぱり心配になってしまう。
ブロウさんは向こうの建物の陰に、私とギーダさんはこっちの物陰に身を隠している。
リースさんはというと、途中まで一緒に居たはずなんだけど、いつの間にかいなくなっていた。
逃げて・・・は、いないと思うけど、不安になるほど気配がしない。
普段の賑やかな感じからは、とても考えられないくらい静かだ。
「おい、あんまり声を立てるな。相手に見つかったら、どうなるか知らんぞ」
「わ、分かってるよ~。でも、やっぱり心配だよぅ」
「ん・・・誰か来たぞ」
通りの向こう側から、ミラに向かって迫ってくる黒い人影がある。
こんなに暗い時間なのに、その人は真っ黒い傘を差していた。
「あの時の人!」
「なるほど、確かに不自然だな」
本当は、すぐにでも行って捕まえたい気分だけど、今回は相手を掴まえるのが目的じゃない。
取引先を探すために、わざと泳がせるのが今回の作戦だ。
私たちは、じっと二人のやり取りを見守る。
「こんなところで、どうしました?」
「実は、お店を探してまして」
「そうですか。ここは町の中でも裕福な人たちが住んでいる住宅街ですから、お店はありませんよ」
「おかしいですね?ここに来れば、取引が出来ると聞いたんですが」
「・・・それは、誰からかしら?」
黒傘の女性はミラの言葉に、急に目を鋭く尖らせた。
ここまでは、あの時と同じだ。
取引場所への案内人は、この人で間違いない。
「偶々山で会った、冒険者の方です」
「・・・そうですか。でも、あなたのような人が魔物を狩れるとは思えませんが?」
「人を見た目で判断するのは良くないと思いますよ?ほら、これが証拠です」
袋の中からカリンカリンをチラリと見せる。
あれは、この作戦のために下山途中で狩ったものだ。
相手に怪しまれないようにするための小道具で、本当に売る気は無い。
「確かに、物はあるみたいね。・・・いいわ、付いてきなさい」
そう言って、黒傘の女性はさっき出てきた暗闇の方へ歩き出した。
ミラもその後に付いて歩き始める。
私たちは二人を見失わないように、物陰に隠れながら付いて行く。
道なりに沿って暫く進むと、少し広い広場に到着した。
「着きましたよ」
「えーと、どの建物ですか?」
ここが問題の場所なら青い屋根の家があるはずなのに、周りにそれらしき建物は見当たらない。
・・・何だろう、嫌な予感がする。
「着いたのは、あなたたちの人生の終点ですよ。もしかして、気が付いていないとでも思いましたか?クスクスクス」
「!」
周囲の暗闇の中から、真っ黒いものがズルリと這い出てくる。
それは人の形を取り、あっという間にミラは黒フードの集団に囲まれてしまった。
それぞれの手には、月明りに照らされて白銀に輝く得物が握られている。
しまった!
どうやら、相手を罠に嵌めたつもりで、嵌められたのは私たちの方だったみたいだ。
「こいつら、結構な手練れだ。気を付けろ!」
「う~ん、これはちょっとマズイかも~」
「おい、こっちもヤバいみたいだな」
「えっ?!」
ギーダさんの声に反応して後ろを振り返ると、私たちが来た暗闇の方から、同じような黒フードの集団が現れる。
囲まれた?!
これじゃあミラを助けに行けないよ!
「ミラ!逃げて!!」
「もう遅いっ!」
「きゃぁっ!!」
「くそっ、間に合わない!」
黒フードの手から、いくつもの銀閃がミラに向かって伸びていく。
だめ、もう間に合わない!
ヒュヒュッ!
キン!カキーン!!
風を切るような音がした後、銀閃はミラに届くことなく地面へと落ちていった。
黒フードたちは、自分が放った得物が相手に届かなかったことに動揺を隠しきれないでいる。
「何っ?!」
黒傘の女性からは、さっきまでの余裕のある口調は消えていた。
周囲を見ても、私たち以外の気配はしない。
よく見ると、落ちた得物の近くの地面に矢が刺さっている。
もしかして、これってリースさんが・・・?
「くっ、ふざけた真似を!どこにい・・・」
ヒュッ!
パサッ。
再び風を切る音がして、今度は女性の持つ黒傘が地に落ちる。
そして、整った女性の顔が月光に照らし出され、その白い肌の上に赤い線が走った。
一瞬、自分に何が起きたのか理解が出来たかったのか、茫然と立ち尽くしていたが、すぐにハッとして暗闇の方に向き直る。
自分の顔を傷つけられた怒りと、相手の見えない恐怖からか、女性の顔が醜く歪んだ。
「無礼者め、姿を見せよっ!!」
「・・・悪人に名乗る名前は無し、見せる姿もこれ然り。我、獲物と定めしものをただ狩るのみ」
どこからか声がしてきたが、やはり姿は見えない。
この声・・・やっぱり、リースさんだ。
でも、どこか冷たい感じがする。
「この、薄汚いネズミどもめ!・・・うっ、何?!」
ガクリと地面に膝を突く黒傘の女性。
顔からは血の気が引き、大量の汗が流れ落ちている。
これ、毒草の症状だ!
でも、普通の毒草にこんな強力な症状は無いはず。
・・・もしかして、複数の毒を混ぜてる?!
「くっ・・ここは一旦引くとしましょう。でも、我々の邪魔をしたことを、必ず後悔させてあげますよ!」
次の瞬間、黒い影が女性を連れ去り、同時に私たちの周りから黒いローブの人影もいなくなっていた。
どうやら全員逃げてしまったらしい。
そうだ、ミラは大丈夫?!
私はミラに向かって一直線に駆け寄った。
「ミラ!大丈夫?!」
「うん、私は何ともないよ~」
「よ、良かった~~」
「でも、残念だったね~」
「何が?」
「せっかく証拠を押さえられると思ったのに、逃げられちゃったんだもん」
「え・・・あーーーっ!そうだったーーー!!」
「やはりバカだな」
「はは。まあ、命が助かっただけいいとしよう」
「あれ?そういえば、リースさんは?」
「リースか?それなら多分、もういないと思うぞ」
「そうなの?」
「まあ、明日の朝には戻ってくるとは思うがな」
「そうだな」
「うーん。まあ、みんなが大丈夫って言うんなら、心配してても仕方ないよね。じゃあ、これからどうしようか?」
「明日の朝まですることは無いからな、ゆっくり休むのがいいんじゃないか?」
「そうだね~。疲れたし、今日はゆっくり休みたいよ~」
「うん。でも、宿屋に泊まるにはちょっと危険じゃないかな?」
「だよね~」
「なら、一緒に孤児院に来るか?」
「私たち、お邪魔じゃないですか?」
「問題無い。そのかわり、雑魚寝になるがな」
「岩の布団じゃなければいいです」
「なんだそれは?新手の冗談か?」
「えーっとまあ、色々あって・・・」
「なら、決まりだね~」
「うん。じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
こうして今夜、私たちは孤児院にお世話になることになった。
連日の疲れからか、毛布に包まった後の記憶が無い。
今はただ昏々と眠り、明日への活力を蓄えるのみだ。
そして、夜が明ける。




