彼女のはなし
あぁ、死んだなって思った。
こちらに向かってくるトラックがいやにゆっくり見えて。
危機的状況に陥ると、本当に世界はゆっくり見えるんだな、と他人事のように思った。
トラックがぶつかって、
体が浮いて、
青空が見えて、
最期に思い浮かんだのは、やっぱり君の顔だった。
死んだらどうやら幽霊になれるらしい。
気が付いたら私自身のお葬式を見ていて。
家族も君もいるのに誰も私に気づかない。
鏡に映らないのを確認して、幽霊だと確信した。
お葬式で見た君の顔が、あまりにも白かったから、死んでしまいそうだったから、
私は成仏出来なかったんだと思う。
それからも君の近くにずっといて、君の様子を見ていた。
大学にも行かない。
碌にご飯も食べない。
心配してかけてくれた友達の電話にもLINEにも出ない。
まるで日々を屍のように生きている君に、
だんだん腹が立ってきた。
君は優しい人だった。
私が待ち合わせに遅れても、コーヒーをいれてと我儘をいっても、
笑って、いいよ、大丈夫だよ、って言ってくれる人だった。
君は優しすぎるんだよ、もっと怒ったほうがいいよ、私を甘やかしすぎだよ、って言っても
別にそういうわけじゃないんだけどなぁ、とちょっと困ったように笑う人だった。
暖かい人で、素敵な人だった。
ずっと横にいたいと、いれると思ってた人だった。
だけど、私の時計はもう止まってしまったから。
それでも君の時計はまだ動いているから。
君はまだ、ちゃんと生きていかないといけない人だから。
まだ、生きていて欲しい人だから。
午前2時。丑三つ時。満月の日。
君にちゃんと伝えにいくよ。
私がどれだけ君が好きだったか。
どれだけ大好きだったか。
君は思い知ればいい。
吐き出した私の思いに、君はやっぱりちょっと困ったように笑って。
「大丈夫だよ。ちゃんと生きていくよ」
うん、ちゃんと生きてくれればそれでいい。
新しい出会いをして、新しい関係を築いて、幸せになってくれればそれでいい。
そして、
願わくは、
ずっとずっと先の未来、
たくさんの幸せな記憶を抱えて君が死んでいく
その瞬間にでも、
一瞬でも、私のことを思い出してくれることを。
-END-
お久しぶりです。はちです。
一番最初に投稿した、「僕のはなし」という短編の対になるお話です。
「僕のはなし」を投稿した時から対になる構想はあったのですが、こんなに遅くなりました…
さらに言うなら、このお話は最初、もっと文量多めのしっかりした短編になるはずだったんですが、「せっかく対にするなら量も同じくらいがよくね?」と私の中の悪魔が言ったのでこうなりました。
短編とは名ばかりです、すみません。
どうか、彼らが幸せになりますように。
それでは。
読んでくださった皆様に、最大級の感謝を込めて。
はち