生物観察記(三十と一夜の短篇第31回)
酸化水素が表面の面積の七割近くを占め、その上に窒素・酸素等の大気が存在する惑星がある。その惑星には様々な生物が繁殖しており、私は一番多く繁殖に成功している種の中から一種類を選択し、その生態を観察している。
この惑星の自転軸は斜めであるので、公転周期によって日照時間や気温が変化する。この惑星の知的生命体が気温が下がる時期を「冬」と呼び、冬が過ぎ気温が上がりはじめると「春」、気温が一番高くなる時期を「夏」、また気温が下がりはじめる頃を「秋」と呼び、また「冬」と呼ばれる期間が訪れる。気温が乱高下し、酸化水素が液体から個体へと変化し生物の行動を抑制しているようだが、液体状の酸化水素を生存の必要条件とするこの惑星の生物は環境に適合した生態系を作り上げていると言える。
「冬」が終わり、気温が上がり、水温もぬるみはじめると代謝を極端に下げていた生物は活動を活発にしはじめる。私が観察している生物も動き出した。食物を得る、住まう場所が住みやすいかなど、移動、攻撃、守備、生存の為の工夫や戦いがある。この種は自身の体躯よりも大きな生物を倒して食物にする。その獰猛さには感心する。
暖かさが増してくると、生物は繁殖を試みる。私の観察する種は概して男より女の方が体躯が大きい。
交尾をすると女は子孫を産み育てるのに良い場所を選ぶ。それは常に活動する水中ではなく、水中から顔を出している水草や木の上だ。産卵をしては男が登って来るのを待ち、何度か交尾をする。交尾の度に女は産卵する。産卵を終えると、女は去っていく。
乾燥しきってしまうと、卵が死んでしまうので、その場に残された男が卵の面倒を見る。一日に何度か水中に潜っては水を吸い、卵に水を吹きかける、卵に近付くほかの生物があれば威嚇する。強力な力を持っているので、威嚇だけ相手は去る。
しかし、男が水に潜っている隙に、同種の女が水草に飛んできて、卵を破壊しはじめた。戻ってきた男は卵を守ろうと奮闘するが、体が小さい為に女には敵わない。遙かに大きい鮒や蛙、時には蛇をも餌食にし、時に共食いさえするのに、同種の女を撃退できないのは不思議である。
男の卵を破壊し尽くした女は、男に自分が産卵を控えている身だと、自分の体を示した。
男は誘惑に乗り、その女と交尾をした。特段驚くほどのことではない。女の胎内で子を一定期間育成し、出産後女から分泌する体液で子を育てる生物では全く逆の出来事がある。
女は男との交尾の結果である卵を産み、ほかの女と同じように、卵の世話を男に任せて去っていった。
また、男は慎重に卵の世話をしはじめる。
今回は卵を破壊する女が現れず、惑星の自転が十回繰り返されると、孵化がはじまった。卵の殻を破った幼生たちは次々と水中へと身を落としていく。男の役目は終わった。男の子孫がこれからも生命を繋いでいくのであろう。
ちなみに、私が観察している生物を、この地域に生息している知的生命体は「タガメ」と呼んでいる。大きな前脚で獲物を捕らえ、口吻で刺して消化液を注入、体外で消化された内容物を吸収する。「タガメ」は、知的生命体から魚を食べる害虫と嫌われながら、現在は数が激減したので絶滅を危惧されている。
参考
『小学館の図鑑NEO昆虫』
『もっとウソを!』 日高敏隆 竹内久美子 文藝春秋社