少年イザークと謎の少女
ざわざわとして落ち着かない。
どうして自分なんかがこんなところに。
イザークは主であるマリアに連れられて、とあるオークション会場に来ていた。齢十五のイザークは、貴族であるマリアの家の庭師見習いであり、主に同行する身分ではない。しかし、当のマリアがイザークを大層気に入っており、外出するとなれば必ずと言っていいほどイザークを連れまわすのである。
マリアの席の後ろに立ち、目立たないように辺りを見回してみる。
何か違和感を感じる。想像通り、ご立派な貴族たちが参加していることは分かったが、なぜか顔を隠している者が多い。嫌な予感がする。
「ちょっとイザーク。あんまり怖い顔をしないでちょうだい。せっかくのかわいい顔が台無しよ?」
かわいいと言われ、顔をしかめかけたが、慣れたものですっと冷静になった。
「オークションの会場って大体みんなこんな感じなんですか?」
「庭師見習いのくせにわたくしに質問しないで。」
イザークはマリアのこういうところが気に食わなかった。
「でも今日は機嫌がいいから教えてあげてもいいわ。このオークションはね、特別なのよ。なんたって…」
その時、突然会場の明かりが消えた。そして、舞台の中央には燕尾服の男がスポットライトを浴びて立っている。その男は白い仮面をつけていた。
「紳士淑女の皆様。今宵は我がオークションに参加していただき至極光栄でございます。さて、此度も皆様に楽しんでいただける品々を持ってまいりました。興奮のあまり気を失われませんよう。では、早速一つ目の商品をご覧いただきましょう。」
男がそう言い終わるや否や深紅の緞帳がゆっくりと上がり始めた。下から少しずつ姿を現した重々しい鉄の檻。その中に何かがいる。
「今は亡き天才人形技師エリオット・ジョンの最高傑作、『銀の髪の暗殺者』。彼の極秘の別荘で発見されました。発見された時、彼女は突然動き出し、捜索隊の一人を殺めてしまった。そのため拘束し、この檻に入れたのです。」
イザークは男の言葉など耳に入ってはこなかった。目の前にいる『暗殺者』に目を奪われていた。
名にある銀の髪は人のそれより美しく、拘束された足や腕は白く滑らかでとても人形とは思えない。このオークションはなぜだか好くない臭いがする。
「ほしいわ。」
そう小さく呟いたマリアの声で、イザークは我に返った。そして、会場から漂う狂気を肌で感じた。
次々と常識外れの金額が飛び交い、瞬く間に高額になっていく。少し間を置いて、マリアがそれまでの額を突き放すような金額を提示した。次の声はない。マリアは貴族の誇りを保とうとしているのか冷静さを装っているが、口元が緩んでいる。ついに落ちたと誰もが思ったその時。
「その二倍、出します。」
マリアの表情は一変した。会場がどよめいている。最後にとどめを刺したのは、帽子で顔はよく見えないが、イザークと似た年頃の少女だった。
さすがのマリアのその金額以上は出せないらしい。怒りと悔しさで震えているのをイザークは後ろで感じていた。
「もう出す人はおられませんか。おられませんね。では、落札。」
カンッと落札の合図がなり、早々に次の品物へと話が進んでいった。
「もう一秒だってこんなところにいたくない。帰るわよ、イザーク。」
がばっと席を立ち、マリアはすたすたと歩いていく。イザークもその後を追う。