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365個の物語  作者: ひなた
弥生 春が近付く想いは膨らむ
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弥生七日

  約束は 幼き僕らの 恋景色


 あなたはまだ覚えていますか。

 僕とあなたとで結んだ、懐かしい約束を。

 小学校の卒業を控えた頃でしたね。僕が引っ越して、中学では遠く離れてしまうことを知ったあなたは、とても悲しんで下さいました。

 僕としてみれば、それだけでも、十分に嬉しかったですよ。

 だってあの頃からずっと、僕はあなただけが好きなのですから。

 そんなあなたに別れを悲しんで貰えたなら、嬉しいに決まっています。

 約束を交わしたあのときのこと、今でも、昨日のことのように思い出すことができますよ。

 この胸の痛みも、あの日のままです。

「あたし、ゆきくんのこと……好きなの。ゆきくんが引っ越しちゃうっていうから、最後に、これだけ伝えておこうと思って」

 卒業式が終わったなら、僕はすぐに家へ帰ってしまい、そのまま家を発ってしまう予定でした。

 どこから聞いたのか、あなたはそれもご存じだった様子で、卒業式の前日に、話があるからと言って僕を呼び出しましたね。何の話かと思って、臆病な僕はびくびくしていたのですが、まさかの告白で驚いてしまいましたよ。

 片思いだと思っておりましたから。

 片思いでしかない、両思いなわけがないと、思い込ませておりましたから。

 呼び出されてもよもや告白などだとは思えないほどに、期待する自分を騙せていたのです。

 そうしたならば、傷付かなくて済みますもの。

「返事は、大丈夫だから。大人になったら、きっとあたしは、ゆきくんのところに行く。そうしたら、そのときに、返事は返して。だから今は、返事をしてくれなくても良いの」

 僕から告白をする勇気なんて、あるはずもありませんでした。

 けれどもあなたから僕を好きだと仰って下さいましたから、僕も好きだと返そうと思いましたら、あなたはそのように仰いましたね。

 僕だけが両思いを知って、あなたは知らないままに。そんなのって、僕だけが切ないようではありませんか?

 あなたはいつも一方的で、僕の話なんて、聞こうとなさいません。

 そうした気の強いところも含めて、好きになってしまったのですから、仕様のないことではありますが……。

「絶対に、ゆきくんが惚れちゃうくらい、素敵な女性になるからね。そしたら、そうしたら、答えを聞かせてよ?」

 そう微笑わらうあなたは、そのときから、素敵な女性でありました。

 今の僕からしてみれば、やはり子どもではありますが、あなたを超えるものはないというくらいに、素敵な女性でありましたよ。

 あなたに会ったそのときから、僕はあなたに惚れていました。

 ですのにあなたはそう言い残して、走り去っていってしまいましたね。

 それからそのまま、話をする機会などなくて、十二歳の僕たちは自立なんてできていなくて、引き裂かれて行ってしまいました。

 僕もあなたも子どもでした。

 せめて卒業式が、小学ではなくて高校だったならば、僕とあなたは結ばれることも叶ったかもしれません。

 しかしまだ恋も知らず、社会も知らず、何に対しても初心な、幼い僕たちでした。

 親という絶対的な法に、逆らうことのできない、幼い僕たちでした。

 今もう一度会えたなら、あなたを離したりなどしませんのに、どこにいらっしゃるのですか?

 どうしたら、また会えるのですか?

 大人になったら、僕のところへ来て下さるのではなかったのですか?

「ねえ、いくつになったら、大人なんですか? 僕はまだ、あなたはまだ、大人ではないのですか? いつになったら、来て下さるのですか? 告白の答えは、いつまで僕の中に、留めておかなければならないのですか?」

 懐かしい小学校を訪れて、卒業式の日と同じ、大きな桜の木を見上げていると、涙と疑問が溢れてくるのでした。

 どちらも止めることができなくて、これじゃあ僕は子どもだ、そう思ってしまいました。

「やっぱり、二十六歳になったら大人ね。だからゆきくんはもう大人。そしてあたしも、今日から大人。だから、会いに来たのよ。告白の答えを、聞かせて頂戴」

 後ろから聞こえてきた声は、僕の口から溢れる疑問の、一つ一つに答えを返していました。

 驚いて振り返ると、そこに立っていたのは、目を奪われるほどの絶世の美女です。

 あなたなのだと、一目見てわかりました。そうとわかったらわかったで、涙が溢れてしまって、仕方がありませんでした。

「ゆきくんったら、泣き虫ね。まだ子どもだったかしら?」

「そうかもしれませんね。だってあなたが会いに来て下さるのを待てず、僕の方から、ここに戻ってきてしまいましたから」

 再会して早々、あなたが意地悪を言うものだから、僕もちょっと意地悪に返してやります。

 そうしたらあなたは意外そうな顔で、僕を見ましたね。そうして、二人で笑い合いました。

 幼い頃に結んだ約束、それは固く心に鍵を掛けて、進む時間を拒み続けました。けれどもそれが果たされたことにより、僕の時間はまた進み始めたのでしょう。十二歳の頃の約束を、十四年ものときを掛けて、僕たちは果たしてみせたのです。

「それじゃあ、告白の答えを聞かせて」

 わかりきったことを聞くあなたに、僕は答えました。

「あなたのことが、ずっとずっと好きでした」

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