師走十三日
水無月の 頬を濡らした 雨さえも
今となりては 枯れし乾けし
不思議なものだ。
降り積もる雨の、趣深さを語る季節が去っていくことを、惜しんだ日はまだ昨日のように、すぐ隣に残っているのである。
それならどうして、空からひらひら降って来るものは、白く美しいのだろうか。
いつの間にか、梅雨の終わりを嘆いた日さえも、遠くなってしまっていたのか。
寂しげが故の、趣深さを想った雨。
反して雪は、これでは少し美しすぎるよ……。
不思議なものだ。
雨ばかりでうんざりしていた。変わらない景色に飽きていた。
それなのに、半年が経って、こんなにも雨が恋しくなるだなんて。
冬の乾燥なんて、もううんざりだ。
不思議なものだ。
クリスマスだなんてものが、この日本に、馴染んでしまっているだなんてね。
相変わらず、真似っ子ばかりの国だわ。
住んでいる場所も、人間も、全然違っているんだから、真似なんかしたって仕方ないだろうに。
だのに、ここまで馴染んでしまうとはね。
妙に日本流にしているところが、どうにも憎いわ。
不思議なものだ。
自然を楽しみ雨の音を聴いた僕の耳が、クリスマスソングなんかで、心が打たれてしまうとは。
ジングルベルに、心揺らすとは……。
不思議なものだ。
自然が織り成すハーモニーの美しさを、僕はいつでも夢想していた。
それを極限の美と考えていた。
しかし人々が街を美しく飾り出す、十二月となってみて、なんと美しいものかと思う。
外のイルミネーション。歌われる歌。
それぞれが生きる、クリスマスの聖夜を待って。
不思議なものだ。
何もないからと、六月の間、ずっと僕は雨の音に耳を傾け、雨を見る人々の心を描いた。
それなのに、どうしてなのだろう。
祝日こそ多いわけではないが、言うべきことのたくさんあるはずの十二月に、こうしてその六月の話をすることになるとは、六月には想像もしなかったろう。
予告も、半年先まではできなかったかな。
不思議なものだ。
結局は可愛くて、叱れなかったとはいえ、傘を放って遊び出した雨の日。私はちゃんと怒らなきゃって思いはしたの。
だけど雪っていうと、そういう気持ちにもならない。
どちらかといえば、雪の方が、冷えちゃって良くないはずなのに、存分に遊んで欲しいくらいに思えるのだから。
不思議なものだ。
隣にあったはずの春と夏とを遠ざけて、それを遮断していた梅雨の頃。
ジメジメとして、とても快適とは言いがたい梅雨の頃。
半年も前だと思うと、恋しくなって来る……。
不思議なものだ。
季節の狭間のせいか、矛盾に捕らわれた六月。
今は、間違えなく、はっきりと冬と言える十二月。だれも、迷うことなどないのだろう。
けれどこの綺麗な冬の日には、曖昧さというものも欲しくなってしまう。
白く綺麗なこの世界は、目を逸らしたくなってしまうよ。
不思議なものだ。
雨に時を重ねた僕が、今は雪に鐘の音を尋ねている。
耳で数えた時間が、目に見えた途端に、聞こえなくなってしまったようだ。
遠ざかったのか、近付いたのかはわからないけれど。
不思議なものだ。
私が見上げる空は、いつも穏やかに笑っていてなどくれない。
空はいつでも優しいのに、私が見上げたそのときにだけ、急激に厳しくなるのではないかと思えるほどであった。
それも、選ばれた私がゆえのことなのだろうか。
それとも、天からの授けものは平等で、特別という考え自体が、自惚れだということなのだろうか。
ならば、自惚れというのならば、それはそれで構わないけれど。
天下泰平。私の心にはその言葉が映ったまま。
不思議なものだ。
神様の恵みを求めて、そのために、生贄となることさえ厭わなかった。
そのくせ今の今まで生きて来て、けれど神様は、僕の覚悟を買ってくれたのだろうか。
投げやりで、逃げ出そうとしただけとも言える僕の覚悟。
けれど神様は、微笑んでくれた。
ほら、綺麗な雪、神様からのプレゼントだ。
不思議なものだ。
夏を満喫し、「夏は嫌い」と言っていた君。
本当に退屈そうに、寒さを過ごしているように見える。
けれど君は「冬は好きよ」と、また儚く笑った。
いつも元気だのに、楽しそうにしているのに、こういうときばかり、どうしてそんな表情をするんだ。
好きだから悔しいよ。
不思議なものだ。
雨が多くて、梅雨には出歩けないと思ったわ。
その後に、夏がやってきたら、暑くて外へは行けないと思ったわ。
それで今はって、もうわかってるでしょ?
寒くて外を出歩くなんてとてもできないわ。
家にいれば恋人と二人きりで時間を共有できるのだもの。
私にとってはそれが大事で、季節なんて関係ないのかもね? なんちゃって。
不思議なものだ。
祝日というのは、ちゃんと祝日が用意されている月でも、変わらずにほしくなるものだ。
そりゃそうだよね。そうなんだけどさ。
というわけで、毎月、四日以上の連休を儲けるべきだ。
不思議なものだ。
綺麗な星空を君と眺めたあの日、一人で雪を見上げる夜を想像出来たろうか。
僅かに蒸し暑く、夏の訪れを感じ始めていたあの日に、寒い夜を想像出来たろうか。
それが出来ていたなら、きっと夢は見なかった。
きっと、夢は見なかった。夢なんか見なかった……。
不思議なものだ。
モノクロの世界。色のない、寂しくも理想の世界。
僕の部屋には色がなかった。
けれど季節に合わせて、その雰囲気に合わせて、僕の部屋の色は変わっていった。
外を見ても真っ白な、純白の世界。銀世界。
不思議なものだ。
クリスマスは楽しげで、影なんて少しも見られなくて。
光り輝く街並みを歩きつ、休みたいとカフェに入ったなら、クリスマスローズが飾られていた。
クリスマスローズというのは、いろいろと、ギャップのある花なのだそうだ。
花言葉もそうだし、それに……。
あなたと見た紫陽花の方が、僕にはずっと毒々しく見えた。
不思議なものだ。
雨は降っていないわ。だけど、雪が降っている。
この状態で、私が動きたいなどと思えるはずがないわ。
カタツムリは、今の時期にいないし、じゃあだれと勝負したらいいかしら。
勝てそうな相手がいたらいいんだけど。
不思議なものだ。
有難いということは、やはりありがたく思えるのだ。
寒い日々が続いているから、少しでも暖かい日が来ると、感謝の想いが膨らんで行くのだ。
ありがとう。そう言いたくなるのだ。
距離を取ってみて、初めて大切に気が付く。それも、こういうことなのだろうか。
僕は想いを馳せる。寒空の太陽へ。
不思議なものだ。
何も嫌いになれないのだから。
ううん、嫌いになれないというよりも、好きになってしまうということかしら。
ドキドキする展開は、どんなシチュエーションでも輝くんだから。
だから不思議なのよ。
嫌いな雨も、相合傘で好きになっちゃったみたいに、嫌いな寒さも、好きになっちゃったみたいなのよ。
一緒のマフラー、冷える手を包む大きくて温かい手。
ドキドキしちゃうわ。
不思議なものだ。
艶やかな薔薇の花、雨さえも密と見て、僕は惹かれてしまっていた。
今はといえば、雪に儚さと愛らしさを覚えている。
いけなさも、艶やかさも、少しも感じられない。
どちらかといえば、幼気で可愛らしい雪の色に、僕は惹かれていた。
不思議なものだ。
哀しみは変わらないままなのに、景色は、季節は変わって行ってしまう。
僕を置いていってしまう。
まだ、忘れることも、覚えていることも、できていないまま。
雨の音は哀しみを増幅させた。
けれど音もなく降り積もる雪は、哀しみを表しているかのようであった。
不思議なものだ。
冬の香りって、どういうものなのだろうか。
春や夏は感じるのだけれど、冬の香りって言われると、何も思い付かないような気がする。
香りって言うより、乾燥するから、まずマスクしよう。
不思議なものだ。
梅雨になると、あの人のことを思い出してしまっていた。
なのに最近は特にひどい。
充実していた仕事が、一段落してしまったせいもあるのだろうか。
それとも、異常気象の多さから、神様の気分も荒れていると思えたからだろうか。
梅雨でなくても、あの人のことを忘れられないの。
思い出すのではなくて、忘れられなくなってしまっているの。
切ないわ。切ないものだわ。
不思議なものだ。
季節が変わったなら、街はこんなに明るく見えるものか。
傘で俯いて見えた、暗い季節とは違う。
傘は梅雨の雨の日と、なんら変わりはしないだろうに、俯いているようには見えないのだからすごい。
明るく見えるのだから、すごいもの。
不思議なものだ。
雨。雨。雨。雨。一人ぼっちで、寂しくなった雨の日。
僕は一人が得意な方だし、一人でいるからと言って、寂しく思いはしなかった。
それなのに、雨のせいで寂しくなった日を僕は憶えている。
胸を締め付けるような、哀しげな雨音のハーモニーは、もうここにはない。明るい音楽が鳴り響いているばかり。
どうしてだろうか?
正反対にも思えるそれは、同じように、僕の胸を寂しく悲しく締め付ける。
憧れなんて、抱くはずもないというのに。




