神無月十五日
舞い散った 花のような葉 血の色で
儚き定め 示しゆくかな
葉のくせして、どういてこんなにも美しくあるものか。
どうしてこんなにも儚く、散ってしまっても良いものか。
美しいものというのは、儚いものであるのか。儚いからこそ、美しくあるのか。
僕はそれを考えてみたことがある。
もちろん、答えなんて出なかった。
答えなんてないのだろうから、それも当然のことである。
「花は確かに美しい。なのだから、儚く散ってしまうことも、まだ受け入れられるというもの。けれど、お前は花などではないじゃないか。夏にただ、茂らせていればいいだけの、葉がなぜに、そんなにも儚さというものを演出しているのか。僕にはそれが憎くてならないのだよ」
語り掛け、なおも葉を散らす木を睨んでみる。
そのようなことをしたところで、木は所詮木、植物でしかない。
こうして妙なことをしているのだ。自分でも自分をおかしく思うのが、正常なのだろうか。
それとも、正常ではないからこそおかしいのであって、そう考えるのは間違ったことなのだろうか。
もしかしたら、間違えなどはなく、ただ……。
あぁ、そういうわけなのだろうな。
「本当に僕はお前が憎いよ。なぜそんなにも美しくあれるんだい? なぜ、そんなに、笑っていられるんだい? お前は、何者なんだ、僕には不思議だ。それがなんだか、憎く思えてならないのだよ」




