葉月二十七日
流星が ひらり舞い落つ 夏の夜よ
花びらがひらひらと落ちる春の桜の夜。その美しさというもの、感動的なほどであり、他の季節に再現できるはずもない。
たとえ桜の花が咲いたとしても、散りゆく美しさがそこにあったとしても、春という季節と組み合わせてこそ、その美しさはより美しいと輝くのである。春と合ってからこそ、桜はそんなにも美しく輝いている。
春というものが持つ、季節の儚さと同じようにして、それを持つものがもう一つあることを僕は知れてしまったのだ。夏という季節は力強いのだけれど、だからこそ、とも言えるのだろうか。夏の夜というその瞬間は、そのときは、儚さをこそ持っているのではないかと。
流星が落ちていく……。
夏がこんな儚さというものを持っていたとは。今までの僕は、昼間だけを見て、春ばかりが儚く美しいのだと思っていた。思い込んでしまっていたがために、このように美しいものを知れずにいたというのは、僕の頭の固さの悪いところがまた出ているところと感じた。
また一つ、流星が落ちていく……。
ひらりと落ちていくその姿は、こんなにも哀しくも切なく、辛さを感じさせる美しさを持っているのか。何度も言うものだから、しつこくなってしまうかもしれないけれど、儚いという言葉が実に相応しいのではないか。
夏の夜の流星が、ひらりひらりと舞い落ちて、こんなにも美しいものなのかと。これならば、他の季節にも、こうして美しいものがあるのかもしれない。
僕の心を掴むような。ただ美しいというわけでなくて、失われてしまいそうな、消えてしまいそうな、辛くも悲しい美というものを。一瞬で消えてしまう、ありそうでない、すぐになくなってしまう存在。消えてしまうから美しいわけではないのだけれど、そうではないとしても、どうにもそういったものに僕は惹かれてしまう。
流星が落ちるとともに、だれかの命も消えているのだろうか……。




