葉月十九日
さよならを 包む大きな 花火かな
「久しぶり、だね」
「うん、久しぶりだね。それじゃ、行こうか。花火がとってもきれいに見えるところがあるんだ」
浴衣で行こうとは言っていたから、浴衣で来るのはわかっていたことでございます。そういう約束でしたから、私もそうしておりますし。
なのですけれど、実際にその姿を見てしまいますと、なんと言っていいものでしょうか。
あまりに、美しいのでございます……。
自然に話せていたはず。少なくとも友だちとしては、親友と呼べるほどに仲が良かったはず。ですのに、口籠ってしまいまして、目も逸らしてしまいまして、挨拶で精一杯なのでした。
もしかしたら、久しぶりだねと、その言葉さえ自然ではなかったかもしれません。
そのような気持ちでいる私のことを、どこまでわかっていらっしゃるのでしょうか。
そっと手を差し出しまして、そのまま私の手を掴みますと、笑顔で歩き出したのでございますよ。
ただ、純粋に花火を見ようとして、そのためにより良い場所へと案内して下さろうとしている、本当にただそれだけのことなのです。
ですのに私ときたら、胸が高鳴って爆発せんばかりで、もう、もはや辛いの域にまで達しているのでございます。
あぁ。思わず口から洩れてしまいそうだった、私の声も、どうにか心の中に押し留めます。
「ここだよ、ここ! ほら見て、とってもよく見えるでしょう。花火だけじゃなくって、街の景色だって、何もかも見えるの。見渡せるの、きれいで……きれいだから、哀しいわ」
最初のうちは私に話し掛けて下さっているようでございましたが、途中からは声が小さくなっていき、それは呟きへと変わっていき、明るさというものが遠くへ行ってしまうようでございました。
そのまま、遠くへと流れて行って、どんどんと哀しみに侵食されてしまっているように、私には見えたのです。
儚げな横顔が、哀しげな横顔が、どうにも忘れられませんでした。
「二学期が始まったら、みんなわかることだとは思うんだけど、君にだけは先に伝えておくね。あたしの父の自由さというか、勝手さは君はもう知ってのことでしょ? それでね、また……またあたし、引っ越すことになっちゃったんだ。もちろん、学校も……」
哀しみの理由を聞こうとしておりましたら、その前に、ぽつりぽつりと語り出して下さいました。
この地に生まれ、幼い頃はこの地で過ごしていたのだと、以前にお教え頂いたことがありました。それから父親の都合で、何度も何度も引っ越しや転校を繰り返していたのだということも伺いました。けれどこの地に戻ったということは、もうそれも終わりなのだろうと、そのときに仰っておりましたよね。
そうではなかった、ということですか。私たちの重なる時間は、そう与えられてはいないということですか。
せめて私がこの地に住んでいたのなら、幼い頃に出会っていて、運命の再開というようなことになりましたのに。それでしたら、神とてこの運命を叶えさせて下さろうとしていたかもしれませんのに。
所詮、私は遠くからこの地の学校に通っているのだと、それだけであり、この地に住んだことは一度もありません。
それでは、何処の神も私たちを見守っては下さらないとはいうわけですよ。
「君のこととっても好きだったよ。ううん、今でも、とてもとってもとーっても大好き。だから言わせて、あたしが戻って来るまで、待っててって……そう言わせて、信じていて」
ハッピーエンドかバッドエンドが。告白するつもりでしたから、この花火大会により、この恋の結末はわかるものと思っておりました。
ですけれど、この場合はどのように考えたら良いものでしょうかね。予想だにしていなかったこの恋の末路、私は返事に困りました。
気持ちは嬉しいのに、素直に喜ぶことなど、できようはずもありませんでした。
「わかったよ。私、待ってる。戻って来てくれるまで、ずっと、待ってるから。いつかお願い訪れてね、花火大会の日、この場所に」
私の言葉に涙を一筋流して、ふわりと花のように微笑まれました。
その後、何かを仰ったご様子でしたが、それは始まった花火大会の、その音に隠されて何とも聞き取れは致しませんでした。
そう、ですから私たちの間にはなかったのです。
『さよなら』なんて言葉は……――
これは何年前に交わした約束だったでしょうか。
電車に揺られ、そう近い距離でもありませんのに、私は毎年この花火大会を訪れております。そして一人で見るにはあまりに寂しい、そして一人では大きすぎるその花を、過去の私たちと一緒に見ているのです。
八月の第三土曜日。欠かすことなく、私は毎年、この日を待ち望み苦しみました。
ですが遂に奇跡は訪れました。真面目な人ですから、嘘を吐くような方でもありませんし、叶わない約束をするような方でもございませんでした。ですから信じていなかったわけではないのですが、諦めというものは私の心に生まれておりました。
それならば来なければ良いものを、毎年期待してしまうのは、こちらから彼女を探す手立てが一つもないせいでしょう。
「……あっ」
後ろから声が聞こえ、この場所に人が来るのは珍しいと、私は慌てて涙を拭い振り向きました。
そしてそこに立っている女性の姿を見たのです。あぁ、歳は取ったけれども、間違いございません、見間違うはずがございません、それは……彼女だったのです。
偶然でしょうか。今年の花火大会は、あの日と同じ、八月十九日。
「ただいま」
感動で声も出なくなっている私に、彼女は笑顔で仰います。
その声が届いたかと思えば、ドーンと花火大会の始まる、最初の花火が打ち上がりました。宵闇に包まれ、花火に照らされるシルエットでは、涙などは見えるはずもなく、
「おかえり」
笑顔であろう表情で、数年ぶりの言葉を交わす私たちがいるだけでした。




