葉月十八日
上がりゆく 打ち上げ花火 緊張や
共に高鳴り 落ちゆくのかな
それぞれどの季節にも、儚く哀しいものということは、必ずございましょう。季節が移り替わるというのは、時が流れていくというのは、そういうものなのでございます。
ですが夏というものは、それ自体が儚さや哀しさというものを、燃えるその心の中に含んでいるように思えてならないのです。
どこまで桜が儚くあろうとも、それが春というものの儚さには繋がりませんでしょう?
そういうものでありますし、そういうものであるべきなのですよ。それと異なっているのは、夏のみなのではないかと、私個人と致しましてはそう思うのです。
物事の一つ一つの儚ささえも、その時間、空間の儚さと伝わってしまいますのは……――
まあ、私の語りなんてものは、これくらいで良いことでしょう。この内容といいますものを、みなさまにはお楽しみ頂きたいと思います。
それは片想いを致しております女性と行く、どうにか約束できました、花火大会でのことなのです。
と、ここで明日へ続きます。
どうしてかといいましては、それは花火大会が明日だからということが理由となりますね。今の私には、その結末というものがわからないのです。
ですけれども、だからこそ、時間の過ぎ去るのの早さを感じるというものですよ。
きっと明日にはそれさえも感じられなくなっているに違いありませんから。




