葉月九日
目を閉じて 遥かあなたを 偲ぶ日を
僕が初めて人間を愛してしまったのは千年と少し前のこと。
まだ若かった僕は、信じてしまっていた。何もかもを、馬鹿みたいに。ずっと一緒にいられるだなんて、ありえないことさえも、疑うことさえなく信じてしまっていたのだ。
人間の寿命というものが、いかに短いものかも知らなかった。
僕も彼女も生まれた頃は変わらなかったのだ。僕ばかりが、千年も長く生きてしまうとは思わないじゃないか。
あれからいろいろとあった、乱世と呼ばれる、恐ろしい時代も訪れた。
彼女とのことがあったから、決して人間を愛してしまうようなことはなく、そう気を付けながらも、人間たちのすぐ近くで生きてきた。
不老不死というわけではなく、時間が経てば、僕も朽ちて死ぬことが許される。生という孤独から解放される。
そのときがもうすぐなのであると、気付いたのはどれほど前だったろうか。あれから、もう百年近くも経ってしまうのだろう。
今となれば、もう本当に、もうすぐのところまで死は迫っているのであるが。
過去のことをこんなにも思い出すのは、走馬燈にも近いものなのであろうか。
自ら死というものを感じ始めた頃、僕はあなたに出会った。
今度は一緒に連れ添える。生きてきた道の最後を飾る、素敵な恋を用意してもらえたのだと、憎み続けた神を初めてありがたいと感じたものだ。
それなのに、やはり神など信じるものではなかった。
幸せを望むことは、許されてはいなかったのだ。幸せになることなど、許されるはずもなかったのだ。
僕の自惚れが招いた事態だったのだと、そう言われてしまったなら、それで終わりであるのだけれど。運命の非情さは、それでも変わらないものだ。
戦争が始まって、四百年前のことを思い出して、僕は勝手に大丈夫だって思ってしまった。
あれほどひどくはならないだろうって、そう思ったから。
僕が思っていたとおり、あの頃ほどは、長くは続かなかったね。それよりもずっと惨く、ひどいことは多く行われたわけであるけれど。
僕が抱き締めていれば、弓矢から剣から、鉄砲からだって守れる。僕ならあなたを守れる。
そう思っていた僕を上回るほどに、人間の技術というのは進化していたものらしい。
「はぁ」
もうこれ以上は、思い出したくもないものだ。詳しくは、鮮明には、思い出したくないものだ。
あんなものがあったのなら、一緒に僕だって殺してしまえただろうに。どうしてまたも僕だけが生き残ってしまったのか。
どうして僕だけが、生き残ってしまったものだろうか。
悍ましい記憶から目を背けて、今日はただ、家の中で黙祷を捧げる。光に包まれて、消えてしまったあなたへ。




