文月二十八日
夏の日の 短きことを 知る頃を
七月の終わりが近付いて来ると、どうにも切ない気持ちになってしまうものだ。
夏休みはまだまだあるというのに、こうやって八月もすぐに終わってしまうんだって、そう思えてしまって哀しくて。
六月の一月というのは、あんなにも長く感じられたものなのに、七月の後半から八月という夏休みの時間は、四十日にも届くのに、短く感じられてならないのだ。
これは何度も夏休みを経験してしまったからこそ、その短さを知っているからこその感覚なのだろう。
初めての夏休みならば、また、二三度目程度の夏休みならば、いまだ先の長さを信じていられるかもしれない。
小学の間には、気が付けないかもしれないね。
夏休みの存在自体が、もう残り僅かとなってきてからこそ、更に感じるものもあろうし。
ずっと休みが良いなどとは、決して望みはしないけれど、一年の休みを上手く分布させてはくれないものだろうか。
連休は嬉しいものだけれど、疲れを癒すにはそれが良いとは思えない。
夏休みと冬休みを、盆と正月以外は削ってしまって、代わりに学生は水曜日を休みにした週休三日などどうだろう。
あぁ、夏休み、沈まぬ陽に、より日を長く感じることができたなら。




