文月二十三日
どこまでも 続く永遠 ただ信じ
入道雲の 大きさに酔う
夏の始まりというのは、どうしていつもこうなのだろう。
それはとても偉大なことのように思えて、一年のたった四分の一しかないはずなのに、どうにも永遠とすら思えてしまうのだ。
この季節に生きているということが、ただそれだけで、素晴らしいことかのようにすら思えてしまう。
暑い季節には気分も熱くなって、若い頃の昂った気持ちが返ってくるような、そんなような感覚なのだろうか。
わからない。わからないけれど、僕は今でもなお、夏の永遠を信じてしまうんだ。
そんなはずがないということを、十分に理解した上で。
もう若くもなく、過ぎ去っていく時間の虚しさや残酷さも、もう理解しているつもりなのに、夏だけはまだ若い気分でいてしまう。
……莫迦みたいに、全てを信じたくなってしまう。
あぁ、本当に、莫迦らしさというものは、自分がだれよりも感じていることであるよ。
熱に侵されてしまっているの、かな?
だってこんなにも頬は火照っていて、こんなにも胸は高鳴っていて、こんなにも世界は大きいのだから。
秋になったらまた、この酔いも冷めてしまうのだとしても、信じてもいいと思えてしまうじゃないか。
だからこそ、そういう考え方も出来るかもしれないけれどね。




