文月十五日
火照る頬 隠しもしない 夏の日は
懐かしく舞う 蛍なりけり
もうずっと昔のこと。
私、この老いぼれが、まだ幼かった頃のこと。
夏になれば、毎年たくさん現れていた蛍も、今ではもういない。面影など残っていないというのに、どうしても、この場所を訪れると、懐かしさを感じてしまう。
こんなに変わってしまって、同じところを探す方が、むしろ難しいというくらいだというのに。
ここは何をした場所だとか、そこで何をしただとか。忘れていたような、なんでもないようなことが、鮮明に頭の中に蘇ってくる。
感じてしまう。考えてしまう。
そういえばここで、私は彼女に会った……。
彼女に会ったその日、初めて恋というものを知ったんだ。
名前も知らない。どこから来たのかも、どこへ行ってしまったのかも、何者なのかも知らない。
何も知らないのだけれど、私には彼女が懐かしく思えて、もう何十年も経った今でも、まだ会いたいなどと思ってしまう。
暑いからだよ。お互いにそう言って誤魔化して、火照って紅い頬を隠すこともなかった。
まっすぐに見つめ合って、夏の光の下に、私たちは気持ちを繋げた。
それだけが、全てだった。
あの日、飛び交っていた美しい蛍たちは、僕たちの想いの行方さえも、知っていたのだろうか。
それならどうして。蛍のほんの一匹でさえも、飛ぶことのない暗闇の中で、私を包み込んでしまいそうなほどに、背の高くなった草に包まれて、ふと問いを漏らす。
夏の与えたあの瞬間は、私の幻に過ぎなかったのだろうか。
呟いた更なる問いの虚しさに、やはり切なさは止まることを知らなかった。
胸を締め付けたまま、揺らぐことを知らなかった。
ここに再び、蛍の飛び交う懐かしい景色が戻ったならば、また彼女に会うことはできるようになるのだろうか。
私は不要な夢を見て、希望を抱いて、絶望とともに空を見上げた。
蛍たちはもう消えてしまったのに、嫌味らしくも、星は美しく輝いている。
神はそれぞれの姿を見、知り、努力してきたことも知っている。
信じ運命へと想いを馳せた。
もう一度、戻って来てくれたなら。
若くはなくなってしまった、皺だらけの頬に手を当てて俯いた。




