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365個の物語  作者: ひなた
文月 懐かしい日
196/365

文月十五日

  火照る頬 隠しもしない 夏の日は

     懐かしく舞う 蛍なりけり


 もうずっと昔のこと。

 私、この老いぼれが、まだ幼かった頃のこと。

 夏になれば、毎年たくさん現れていた蛍も、今ではもういない。面影など残っていないというのに、どうしても、この場所を訪れると、懐かしさを感じてしまう。

 こんなに変わってしまって、同じところを探す方が、むしろ難しいというくらいだというのに。

 ここは何をした場所だとか、そこで何をしただとか。忘れていたような、なんでもないようなことが、鮮明に頭の中に蘇ってくる。

 感じてしまう。考えてしまう。

 そういえばここで、私は彼女に会った……。

 彼女に会ったその日、初めて恋というものを知ったんだ。

 名前も知らない。どこから来たのかも、どこへ行ってしまったのかも、何者なのかも知らない。

 何も知らないのだけれど、私には彼女が懐かしく思えて、もう何十年も経った今でも、まだ会いたいなどと思ってしまう。

 暑いからだよ。お互いにそう言って誤魔化して、火照って紅い頬を隠すこともなかった。

 まっすぐに見つめ合って、夏の光の下に、私たちは気持ちを繋げた。

 それだけが、全てだった。

 あの日、飛び交っていた美しい蛍たちは、僕たちの想いの行方さえも、知っていたのだろうか。

 それならどうして。蛍のほんの一匹でさえも、飛ぶことのない暗闇の中で、私を包み込んでしまいそうなほどに、背の高くなった草に包まれて、ふと問いを漏らす。

 夏の与えたあの瞬間は、私の幻に過ぎなかったのだろうか。

 呟いた更なる問いの虚しさに、やはり切なさは止まることを知らなかった。

 胸を締め付けたまま、揺らぐことを知らなかった。

 ここに再び、蛍の飛び交う懐かしい景色が戻ったならば、また彼女に会うことはできるようになるのだろうか。

 私は不要な夢を見て、希望を抱いて、絶望とともに空を見上げた。

 蛍たちはもう消えてしまったのに、嫌味らしくも、星は美しく輝いている。

 神はそれぞれの姿を見、知り、努力してきたことも知っている。

 信じ運命へと想いを馳せた。

 もう一度、戻って来てくれたなら。

 若くはなくなってしまった、皺だらけの頬に手を当てて俯いた。

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