水無月十九日
曇り空 日は陰りれど 雨はなく
神に授かり こともあらずに
陽の光は、神様の笑顔により与えられる、素晴らしい力だと思う。
晴れの日は植物を元気にし、作物を実らせてくれる、まさに神様からの授かりものと呼べるような魅力がある。
雨の水は、神様の豊かな心による、温かい涙による与えられる、ありがたい力だと思う。
雨の日は飢えたり乾涸びたりしそうな、辛く苦しむこの体に、水分という恵みの力を存分に与えてくれる。まさに神様からの授かりものと呼べるような魅力だ。
しかしこのところ続いているのは、曇りの日ばかりである。
日光も与えられず、雨水も与えられず、神様から見放されたとしか思えない。
どうしてこのようなことになってしまったのか、思い当たることが何もない。
湿気が高くて、気温も高くて、暑さでやられてしまいそうだ。陰気な臭いが立ち込めて、神様に願いを掛けるけれど、それが届かないのは本当に大変なことであり。
見捨てられてしまったのならば、もう生きる道はないのかと、僕は意識を手放すほかなかった。
それに、僕の栄養を得て、植物が育つかもしれない。
もしかしたら、僕を見つけた人が、僕を食べて命を繋げてくれるかもしれない。
そのことにより、神様が再び恵みを与えて下さるまで、少しでも多くの人が生き残れたなら……。




