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365個の物語  作者: ひなた
卯月 花から葉へと↓
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卯月二十日

  花と散る あの日の記憶 風に飛ぶ


 いつのことだったろうか。

 初めて君に会った春のこと。一目惚れ、としか言いようがないよ。

 こんなことを言ったなら、失礼になるとはわかっているけれど、君は格段、美しい見た目をしていたわけではない。

 少し都会の街を歩いたなら、君より美しい人も、いくらだって見つかることだろう。

 外見に惹かれたわけではない。

 君の体から溢れている、オーラのようなものに、僕は惹かれてしまっていたのだと思う。

「……あ、あの」

 極度の人見知りで、話し掛けることはおろか、話し掛けられたときの返事さえできないくせに、僕は君に声を掛けてしまっていた。

 ヘタレな僕には、そのようなことができるはずもないと思うし、できたにしてもすぐに逃げ出してしまうと思った。

 しかし逃げることもできないほどに、僕は君に惹かれていたらしい。

「どうかなさいましたの?」

 驚きながらも優雅な仕草で振り向き、君はそう訊ねた。

 突然、知らない人から声を掛けられたのだから、そりゃあ驚くことだろう。不思議に思うことだろう。

 それでも微笑みを浮かべていた君は、やはりさすがだよ。

「どうって、どうもしないのですが、そっその! ……もしお暇でしたら、一緒にお食事とかができたなら、嬉しいなぁとか思いまして。あっごめんなさい、もう急に、ごめんなさい。忘れてしまって大丈夫です」

 ここまできたのだから、最後まで行ってみようと、君を食事に誘うとした。

 その行為が、どれほどまでに不審なことか理解して、すぐに逃げ出しそうになってしまったが。

 君に会ったとしても、その時点で逃げて当然な僕だから、ここまで保っただけでも、奇跡のようなものだ。

 十分に頑張ったのだから、もう逃げることも許されるはずだ……っ。

「一緒にお食事、行きましょう。ねえ、どうして誘って下さったのに、忘れてしまわなければなりませんの? どうして謝られますの? お誘い頂いて、わたくし、とても嬉しゅうございますのよ」

 慌てて逃げ出そうとした僕の腕を、君が力強く掴んだ。

 華奢な腕にこんなにも力があるのかと思うと、僕は自分の方の力が、抜けていってしまうようであった。

「ちょうど、これからランチにしようと思っていましたのよ。一人では退屈ですし、是非、ご一緒にいかがですの?」

「本当ですかっ。よろしくお願いしますぅっ!」

 二人が初めて会って、一緒に食事をした、大切なあの日。

 臆病な僕が勇者にでもなれたような気がした。君を一目見たときに、一生をともにするべき、運命の人を見つけたのだと思った。


 幸せと喜びに満ちた、”あの日の記憶”――



 いつのことだったろうか。

 君と想いが重なり、君を喪った春のこと。

 その頃はまだ、僕と君との関係は友達に過ぎなかったけれど、隣にいられるだけで僕は幸せだった。

 初めて会った日から、年が廻って僕も君も歳を増やした。それでもまだ僕は君の隣にいられて、君も少しすら拒絶のところを見せることなく、僕たちは順調に仲を深めていっていた。

 一生をともにするべき人だと、僕は運命にそう感じた。

 だから関係性が友達を越えることがないとしても、一生をともにいられるなら、それでも構わないのではないだろうか?

 そうは思い始めていたけれど、溢れる気持ちは止められなくて、僕は酔った勢いで君に告白をしてしまっていた。

 その日は、僕の部屋で、二人きりの飲み会を開催していたのだ。

 僕の部屋から見える場所に、立派な枝垂桜が咲いていて、花見と称しての飲み会なのである。

 理由が何であろうとも、目的が何であろうとも、僕はどうだっていい。

 花より団子? いいや、そういうわけではない。

 飲み会ができたなら、どこでもいいだとか、そういうわけではなくて、僕にとって重要視されるのは、君と一緒にいられるかどうかという点のみだ。

 その喜びに気が緩んでしまったんだろうね……。

 関係を壊してしまうリスクを負うくらいなら、このまま友達でいたいと思っていたのに、僕の本心はそのようなことを認めてなかったのだろうか。

「僕、君のことが好きなんですよ。最初に君に話し掛けたのも、あれ、ナンパだったんです。ごめんなさい」

 酔いが回ってしまっているせいで、隠していた本心が零れてしまったのだろう。

 それならそれで、もっと馬鹿みたいに、酔っ払いじみた言い方ができたなら、冗談として流してもらえただろうに。

 どうせ告白をするのだったら、どうせふられるのだったら、もっときちんとしたかったなぁ。

「へえ、ナンパでしたの。それにしては、慣れていないような様子でしたけれども、他の人にも話し掛けまして?」

「いいえ、初めての経験でした。初対面の人に話し掛けるなど、そうできることでもありませんが、君のことが好きになってしまったから、臆病でもいられませんでした。運命の人だって、直感が強く告げていたんです」

 意識が朦朧とするくらいに、呂律が回らなくなるくらいに、飲み潰れてしまえば、いっそのこと何も伝わらなくって済むのに。

「ふふっ、初心なナンパ師で、可愛らしいではありませんの。わたくしも、あなたのことが好きですのよ。そうでなかったなら、家にまで飲みに来るようなこと、致しませんわ」

 ふわりと君が微笑めば、風が吹いて、窓の外で桜の木が大きく揺れていた。

 その様子はまるで、僕と君とを祝福しているようで、とても幻想的な光景であった。


 幸せと喜びに満ちた、”あの日の記憶”――



 一方で、その日はいいことばかりではなかった。

 告白してしまったことで、正面から拒絶を受けなければならない。僕を拒絶しないでいてくれた君の、拒絶の言葉を聞いたとして、僕はそれに耐えなければならない。

 覚悟を決めていたときに、耳に心地好い君の声は、信じられない答えを紡いでくれた。

 拒絶ではない、もう一つの答えを。

 その幸せと言えば、言葉で言い表せるようなものではなく、酒を喉に流し込むことで、照れて赤くなる顔を誤魔化した。

 やっと手にした幸せは、死んで骨になってその先までも、君の隣にいるというそういった形で、叶えられ続けるのだろうと思っていた。

 傷付くことすら忘れてしまうくらい、僕の心には幸せと喜びだけが、満ちていたんだ……。

「今日は迎えの車じゃないんですね。危ないかもしれませんから、僕が一緒に行きましょうか? 時間も遅く、外も暗くなってきていますから、女性が一人で出歩くには、危険が寄り添うのではありませんか?」

 いつもは執事さん、ではなくて普通に彼女の母親が、車で迎えに来てくれるのだけれど、今日はそうじゃなかった。

 どうやら両親ともに忙しいらしく、母親も来られないし、代わりに父親がくることもできないようだから、電車とバスとで帰ることになったらしい。

 世間知らずなところがあるし、とても心が温かい人だから、悪い目に遭ったり騙され損をしてしまったりしないかと、不安で心配でならなかった。

 あまりに心配なものだから、僕が彼女の家まで一緒に行ったら、少しは守ってあげられるのではないかと提案する。守るとはいっても、戦闘をして強敵から彼女を守るとかではなくて、彼女が嫌なことを知らなくて済むように、隣で処理をするだけの人なんだけど。

 何にしても、君が心配で仕方がなかったから、僕は強引にでも着いて行こうとしたんだ。

 そんな僕に君は、

「出歩くと言うほど、外を歩きはしませんのよ。また慣れもしないナンパ師の、人見知りナンパを喰らっても困りますけれど、一人で全く問題がありませんわ」

 悪戯っぽく笑うのであった。

 君があまりに自信気にしてるものだから、それを信じて僕は、君を一人で行かせてしまった。

「え、事故ッ?!」

 その後、君が事故に遭ってこの世を去ったということを聞かされたのは、その日の翌日であった。

 帰り道に知らない場所ばかりを通ったため、道に迷ってしまったとのことらしい。そして、せめて元の場所へと戻れたならと、歩いていたところでの事故だとか。

 迷子になってしまったことにショックを受けてか、そもそも彼女の中に、道路が危険という情報が入っていなかったのか。

 上品で高貴な印象を与える彼女は、運命の人だと僕が信じた彼女は、若くしてこの世を去ってしまったのであった……。


 辛さと哀しみに満ちた、”あの日の記憶”――



 僕の人生が変わるような日には、必ず、桜の花が咲いていた。

 家の前の枝垂桜は、公園のソメイヨシノよりは少し遅く、ちょうど、慎重派な僕が動き出してから花を開くんだ。

 だから何年の月日が経とうとも、花が咲いたならば、僕はいろいろなことを、いろいろな”あの日の記憶”を呼び起こしてしまう。

 とても幸せだったころの思い出がほとんどだからこそ、君を喪ってしまったことが、より哀しく苦しく思えるんだ。

 風が吹いてしまったなら、花は吹雪と散っていく。

 桜色のカーテンに包まれて、写真のような静止画が、僕の前をフラッシュバックし続けるこの瞬間からも、逃げられるはず……。

 ”あの日の記憶”も桜の花びらとともに、風に散ってくれるはずだから。


 様々な感情が詰まった、”あの日の記憶”も――

 ここまで読んで下さってありがとうございます。

 短篇集として毎日書かせて頂いておりますが、今回の話には、もう既にいくつかの短篇が入っているようでしたね。そのせいか、いつもよりも文字数がかなり多くなっております。

 最後までしっかりと読んで下さったなら、ありがとうございますと、お疲れ様も送らないといけませんね。

 長くするならば、せめてもっと明るい話にしたなら、読みやすかったかもしれません。なんて。


 文字数が異様に他よりも多くなってしまったので、あとがきでそれを言ってみただけです。

 明日からも変わらずに毎日更新は続きますので、これからも是非、拙作を宜しくお願い致します。

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