表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
365個の物語  作者: ひなた
卯月 花から葉へと↓
105/365

卯月十五日

  葉桜は 桜の儚さ 繋がる命


 少し遅かったようで、花見に訪れてみれば、満開の頃はもう既に過ぎてしまっているようでした。

 しかしこうして見てみると、葉桜も悪くないのかな、なんて思えてしまいます。

 満開に咲き誇る桜の姿を見られなかったのは、もちろん、残念なことだと思います。けれど、そればかりが全てではないのではと、思えてしまってならないのですよ。

 貴方が言うように、私が”お人好し”だからでしょうか。

 目の前にあるものを、残念だなんて思えない私は、……”お人好し”ということなのでしょうか?

「もう散ってるじゃないか。花見なんて、今更じゃないか? 半分くらいはもう、葉になってしまってる」

 背後から掛かる声に驚き戸惑い、私は振り返りました。

 遂に幻聴まで聞こえるようでは、愈々私も重症だと思いましたが、それは決して私の幻聴などではなかったのです。

 貴方は、本当にそこにいて下さいました。

「なんて顔しているんだよ。私に会いたかったのだろう? もっと喜んでくれなくっちゃ、私も来た甲斐がないな」

 目を見開く私の顎を大きな手で掴み、そのまま今度は両手で私の頬を包み込みました。

 温かくて、優しくて、一人で過ごしてきた寂しさが、一気に消えて行くような感覚です。

 心を満たすのは幸せだけで、どれほどまでに私が貴方に恋い焦がれていたのかを知りました。

「待たせ過ぎですよ、馬鹿。梅も、桃も、貴方と一緒に見たかったですのに」

 突如として貴方は現れたものだから、驚きというスパイスも加えられて、私の喜びは溢れ出てしまっているようです。

 気持ちが洪水を起こしているかのように、言葉が、涙が止まらないのでした。

 貴方は優しく微笑んで、私の涙を拭ってくれると、そっと抱き締めて下さいます。

「桜もギリギリアウトって感じだな。でもこれからはずっと傍にいられるから、寂しい思いはさせないから、安心してくれて良いよ」

 耳元で甘く囁いた声は、私を天上へと誘うようでした。

「ずっと、傍に……?」

「ああ、ずっと傍に。もう遠くへは行かなくて良いようだから、一緒に住めるように、許可をもらっておいたんだ。少し手間取ってしまって、何ヶ月も会いに行けなくて、悪いと思っている」

 会いに来て下さらなかったのも、私のためのことであったと知り、拗ねていた自分が恥ずかしく思えます。

 焦がれていたのは、私だけでなかったのですね。

 待っていたのは、苦しかったのは、求めていたのは、私だけでなかったのですね。

 寂しいのはこちらばかりでないのなら、私を残していった貴方は、きっと私よりも苦しんでおられたことでしょう。

 あぁ、それはなんと嬉しいことなのでしょうか。

「美しき桜の花が散り、残りし葉桜、格段美しくあらざるけれど、……ああぁなんと素晴らしきことか」

「新しい季節へ進み、命が繋がっていくような、儚さと温かさを感じます。私たちには見えないものを、遥かな未来さえも、見据えているように思えますね」

 二人で言葉を交わし、どちらからともなく唇を食みます。

 残された数少ない花びらが、私たちを祝福しているように、花吹雪を興しました。

 桜の花びらに包まれては、だれも私たちを見られません。

 美しい桜色の空間は、私と貴方との二人きりの空間であり、離れていた時間を埋めるものなのだと思いました。

 私たちも進みましょう。

 命を繋げなくても、二人で新しい季節を歩むことは、きっとできるはずですから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ