卯月十五日
葉桜は 桜の儚さ 繋がる命
少し遅かったようで、花見に訪れてみれば、満開の頃はもう既に過ぎてしまっているようでした。
しかしこうして見てみると、葉桜も悪くないのかな、なんて思えてしまいます。
満開に咲き誇る桜の姿を見られなかったのは、もちろん、残念なことだと思います。けれど、そればかりが全てではないのではと、思えてしまってならないのですよ。
貴方が言うように、私が”お人好し”だからでしょうか。
目の前にあるものを、残念だなんて思えない私は、……”お人好し”ということなのでしょうか?
「もう散ってるじゃないか。花見なんて、今更じゃないか? 半分くらいはもう、葉になってしまってる」
背後から掛かる声に驚き戸惑い、私は振り返りました。
遂に幻聴まで聞こえるようでは、愈々私も重症だと思いましたが、それは決して私の幻聴などではなかったのです。
貴方は、本当にそこにいて下さいました。
「なんて顔しているんだよ。私に会いたかったのだろう? もっと喜んでくれなくっちゃ、私も来た甲斐がないな」
目を見開く私の顎を大きな手で掴み、そのまま今度は両手で私の頬を包み込みました。
温かくて、優しくて、一人で過ごしてきた寂しさが、一気に消えて行くような感覚です。
心を満たすのは幸せだけで、どれほどまでに私が貴方に恋い焦がれていたのかを知りました。
「待たせ過ぎですよ、馬鹿。梅も、桃も、貴方と一緒に見たかったですのに」
突如として貴方は現れたものだから、驚きというスパイスも加えられて、私の喜びは溢れ出てしまっているようです。
気持ちが洪水を起こしているかのように、言葉が、涙が止まらないのでした。
貴方は優しく微笑んで、私の涙を拭ってくれると、そっと抱き締めて下さいます。
「桜もギリギリアウトって感じだな。でもこれからはずっと傍にいられるから、寂しい思いはさせないから、安心してくれて良いよ」
耳元で甘く囁いた声は、私を天上へと誘うようでした。
「ずっと、傍に……?」
「ああ、ずっと傍に。もう遠くへは行かなくて良いようだから、一緒に住めるように、許可をもらっておいたんだ。少し手間取ってしまって、何ヶ月も会いに行けなくて、悪いと思っている」
会いに来て下さらなかったのも、私のためのことであったと知り、拗ねていた自分が恥ずかしく思えます。
焦がれていたのは、私だけでなかったのですね。
待っていたのは、苦しかったのは、求めていたのは、私だけでなかったのですね。
寂しいのはこちらばかりでないのなら、私を残していった貴方は、きっと私よりも苦しんでおられたことでしょう。
あぁ、それはなんと嬉しいことなのでしょうか。
「美しき桜の花が散り、残りし葉桜、格段美しくあらざるけれど、……ああぁなんと素晴らしきことか」
「新しい季節へ進み、命が繋がっていくような、儚さと温かさを感じます。私たちには見えないものを、遥かな未来さえも、見据えているように思えますね」
二人で言葉を交わし、どちらからともなく唇を食みます。
残された数少ない花びらが、私たちを祝福しているように、花吹雪を興しました。
桜の花びらに包まれては、だれも私たちを見られません。
美しい桜色の空間は、私と貴方との二人きりの空間であり、離れていた時間を埋めるものなのだと思いました。
私たちも進みましょう。
命を繋げなくても、二人で新しい季節を歩むことは、きっとできるはずですから。




