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百曲集  作者: 千賀藤兵衛
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096:鍵の実はたわわに実り

 その男の子が間引かれたのは四つのときだった。稲も麦も不作で食べるものが足りず、父母は子供をすべて養うことができなかったのだ。

 男の子の生まれた村では、そのようなときに子供を捨てるための場所が決まっていた。村の後ろの山に入って険しい道をたっぷり半日歩くと、切り立った岩の壁に囲まれた穴がある。さしわたし三十メートル、深さ二十メートルほどの丸い穴で、落ちたら大人でも這い上がることはできない。そこに子供を投げ落とすのだ。

 父親に連れて来られて穴に突き落とされた男の子だが、たまたま生えていた低い木の上に落ちたので死ななかった。打ち身やすり傷こそこしらえたものの、よくよくついていたと見えて骨の一本すら折らなかった。男の子は泣き出したが、それも痛かったからというよりいきなり穴に落とされて驚いたからだった。父親は逃げるように立ち去った。

 季節は秋だった。一人残された男の子は、食べるものを探して狭い穴の中をうろついた。まだ新しい子供の死体がいくつもころがっていたが、さすがにこれは食べる気がしなかった。あたりに生えている草や苔もとても食べられたものではなかった。なんとか口に入れられるのは、穴の中央にそびえる大きな木についた実だけだった。

 その細長い実は枝に鈴なりになっており、木を揺らすと簡単に落とすことができた。ただ、お世辞にもおいしいとは言えなかった。皮は固く、中身も固く、味はすっぱくて苦くて渋かった。石を食べるよりましという程度のものである。ともかくこれを食べていれば飢えはしなかった。だが、男の子をもっとも強く支えたのはこの木の実の味でも栄養でもなく、形だった。

 細長くてところどころ出っぱったこの木の実の形は、鍵というものを思い出させた。男の子の住んでいた村に金持ちの老人がおり、その屋敷には倉があって、倉の入口に大きな錠前がついていた。男の子は老人が倉を開けるところに通りかかってその様子をながめたことがある。この木の実は、そのとき目にした鍵にたいそうよく似ていた。

 鍵があるなら鍵穴もなければならない。男の子は穴の中を探しまわり、四方をさえぎる岩の壁に小さな穴が一つあいているのを見つけた。ちょうど木の実のおさまる大きさである。ためしにひとつ差し込んで、老人がやっていたように回そうとした。だが回らない。鍵が違うのだ、と男の子は思った。振り返ると、何百とも知れない鍵が木の枝から下がって風に揺れていた。きっとあの中のどれかは鍵穴にぴったり合うにちがいない。そして鍵が回れば扉があくのが道理。岩の壁がひらいて道が現れ、男の子はそこを通って懐かしい家に、父母のもとに帰ることができるだろう。

 男の子は毎日毎日鍵の実を拾っては岩壁の鍵穴に差し込んだ。正しい鍵はいっこうに見つからなかった。合わなかった鍵を食べながら、あしたこそ鍵が回る、きっと回ると男の子は自分に言い聞かせた。

 やがて冬がきた。この土地では寒さはあまり厳しくなく、おかげで男の子もどうにか生き延びることができた。鍵の実は冬になる前にすべて木から落ちたので、拾い集めて次の秋まで食いつなぐことにした。非常に日持ちの良い実で、ほとんど腐ることがなかった。

 一年がたって、鍵の木は枝いっぱいに新たな実をつけた。前の年にたくわえた実がまだ半分以上残っていたので、それは地面に穴を掘って埋めてしまうことにした。埋める前にいちいち鍵穴に合わせたが、回るものはひとつもなかった。新しく取れた鍵の実は、また一年かけて鍵穴に差し込んでは食べ、差し込んでは食べた。やはり鍵が回ることはなかった。男の子はあきらめなかった。今年は正しい鍵がなかったが、きっと来年こそはと思った。そうして何年も過ぎた。


 間引かれる子供はこの男の子だけではなかった。村は貧しく、作物の出来が少し悪ければたちまち飯の食い上げになる。どの家も子供はたくさんいたので、たくわえが乏しくなると一人二人捨てようと考えることになるのはごく自然ななりゆきだった。

 男の子が穴の底で暮らすようになってからも、ときどき上から子供が降ってくることがあった。赤ん坊か、大きくても三つか四つぐらいの年ごろで、男も女もいた。たいていは穴に落ちたときに体を打って死んでしまう。ただひとり、男の子が六つのときに落ちてきた女の子だけが生き残った。

 この女の子は捨てられたとき三つぐらいだったが、もともとなのかそれとも穴に落ちたときに頭でも打ったのか、ひどい知恵足らずで、言葉もろくにしゃべれなかった。それをのぞけばいたって丈夫だった。十年ほどたつと子供が生まれるようになった。子供は毎年のように増え、鍵の実はしだいに不足をきたした。

 鍵の木の実りがことに乏しかったある秋のこと、男は子供を間引くことを決めた。このときには穴の底には男と女と五人の子供が暮らしていた。全員が食っていくのはどう考えても無理だった。

 その夜、女と子供たちが寝静まると、男は子供のうちいちばん体の弱い一人を抱え上げて、穴のすみに運んだ。そして、地面に横たえた子供の頭を大きな石で力いっぱい殴りつけた。子供は声ひとつ上げることなく息絶えた。男は苦労して穴を掘り、子供を埋めた。すべて終わったときには夜が明けかけていた。疲れはてて眠かったが、男はほっとしていた。これで鍵の実をつぎの秋までもたせることができる。

 そのとき地面が揺れた。穴の底があちらへこちらへと傾ぎ、鍵の木が実のついている枝を振りまわす。岩の壁も一カ所崩れ落ちた。このようなことはそれまで起こったことがなかった。男はすっかり肝をつぶし、女と子供のもとへ這い戻った。みなすでに目をさまして泣き叫んでいた。ことに女のうろたえぶりは激しく、揺れがまだおさまりきらないうちからあたりを這いずりまわり、崩れた岩壁に気づくとそちらへ走って行って、何事かわめきながら瓦礫をどけはじめた。男はようやく思い当たった。女は子供を探しているのだ。男が殺して埋めたとは知らないので、岩が崩れて下敷きになったと思っているのだろう。

 好きなだけ探させてやろうと男は思った。いくら瓦礫を掘り返したところで見つかる見込みはないし、そのうちあきらめるはずだ。間引いたことを知られずにすんで、むしろ好都合だとも思えた。

 だが、女の様子を見るともなしに見るうちに、男は急にぞっとした。岩壁の崩れたところは、鍵穴のあったまさにその場所だったのだ。男は飛んで行って、岩肌に目をこらした。いくら見つめたところで、鍵穴は見つからなかった。まるで最初からそんなものはなかったかのように。


 今回イメージしたのは、『ボンバーマン』(ハドソン、1985年)から、

 「メインBGM」(竹間淳作曲)です。


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